きっとあの日なんだよ
神聖国・大荒野
「白のドラゴンスレイヤーって……あの?」
「はいちょっと待て。その『あの?』の部分を詳しく聞こうか?」
何となくだが嫌な予感がした。
間違いない。絶対に良からぬ気配だ。
「えっと……私も噂話で聞いたのですが」
困り顔をしながら、ちゃんとそう保険の前置きをしてアテナさんは語りだした。
大陸の東部にはそれはそれは大層恐ろしい大女が居て、その大女はドラゴンを捕まえては引き千切り貪り食らうらしい。機嫌が悪ければ直ぐに暴れ、ドラゴンを拳で殴り飛ばしたり、地面に叩きつけたりと酷いらしい。好きな食べ物はドラゴンの生き血と人の子供だという。
ぶっちゃけ化け物だ。ただ長々とアテナさんの話を聞いていて僕の中でその謎は解けていた。
「……そんな感じです」
「良く分かった」
「……怒っていますか?」
「全然」
怒るとしたら別方向だ。むしろ原因は僕にあるのではないか?
「アテナさんが聞いたっていう噂話なんだけどね……実際はここ数年?」
「はい。去年くらいからよく耳にするようになって」
「だろうね」
完璧に謎が解けた。僕の理論は完璧さ!
「それって実は2人のドラゴンスレイヤーの話が混ざっているんだよね」
「2人ですか?」
「そ」
簡単に言えばオーガさんとノイエの話が雑じっているのだ。
東のとある場所でドラゴンと殴り合いをしていたとか……いつだったかオーガさんにお願いしてユニバンスの王都で化け物と殴り合って貰った話が元だろうしね。
「なら大半が創作ですか?」
「一応事実を元にしているとは思うけどね。人って面白話を誇張する癖があるからさ」
特に娯楽の少ないこの世界だとその傾向は強いと思う。
「ですよね」
ホッとした様子でアテナさんは僕の足を枕にしてうとうとしているリグを見た。
もう完全に寝ている。脱線し続けている隙に……本当に酷い悪戯をしてやろうか?
「こんな優しそうなノイエ様が、ドラゴンを捕まえては地面に叩きつけ、挙句に口から引き裂いてなんて、」
「あっそれ事実だわ」
「……」
微笑みが凍り付く瞬間を僕は目撃した。
ギギギと錆びついた効果音が似合いそうな動きでアテナさんがこっちに顔を向けて来る。
顔面蒼白だ。血の気はどこかに失せている。
「事実なのですか?」
「うん。地震になるから周りは止めてと言ってるんだけどね。ノイエはどうもドラゴン退治をする時はそれをしないと満足しないのよ」
「……」
「それとドラゴンを口から裂くのは理由があってね。あれって皮膚が硬いから解体するのに時間が掛かるんだよね。だからその手間を減らそうとして裂いてんだ」
ノイエの優しさなんだけどそれが評価されない実例でもある。
僕は彼女の優しさを知っているから問題無い。ノイエは本当に優しいからね。
「つまりノイエ様はドラゴンを裂けると?」
「出来るね」
「……そうですか」
若干アテナさんが逃げ腰になった。
「それで兄さま」
「はいはい?」
ヤバい。話が飛んでポーラの質問を忘れていたよ。
「小型を倒せればドラゴンスレイヤーを名乗れるのですか?」
「そうだよ」
確か国際的に……この大陸に存在する国々の決まりと言うか、ルール的にはそうなっている。
「ただ倒すにしても色々と制限があるけどね」
「制限とは?」
「えっと確か……」
まず単独でドラゴンを倒せること。ただし軍勢を用いて弱らせてからの討伐はそれに値しない。
あくまで元気な状態のドラゴン戦をソロでクリアーしないといけない。
次に一回ではダメです。偶然と言う可能性もあるので、ソロプレイを複数回行います。
「それ以外だと中型や大型を一回でも1人で倒したら名乗れるけどね」
これは例外だ。普通小型ですら手を焼くドラゴンの上位種をあっさり屠れる人物は居ない。
あっ僕が居たか。
「つまり兄さまですね」
「あはは」
笑って誤魔化そうとしたがアテナさんがズリズリと遠ざかった。
「ノイエも大型まで倒せるよ?」
「そうでした」
ポーラもその事実を認め、そして今度はアテナさんの方を向いた。
「神聖国も同じ考えですか?」
「はい。概は」
「そうですか」
静かに頷いたポーラは、とても穏やかな表情を浮かべた。
「ちょっとあっちで話し合いをしてきます」
「いってら~」
女性の……特にユニバンスの女性があの手の表情を浮かべている時は無駄口を叩かない方が良い。あれは絶対にキレている。
その証拠にポーラの足取りが何処か狂暴だ。転がっている石を踏み抜いているしね。
普通踏み抜くか?
「あの~アルグスタ様?」
「ほいほい?」
恐る恐る声をかけて来たアテナさんがポーラの背中をジッと見つめている。
「ポーラ様はどうしてあんなにお怒りに?」
「あ~。うん」
説明するとなると色々と面倒臭いから簡単に告げよう。
「きっとあの日なんだよ」
「……」
熟れたトマトよりも顔を真っ赤にしてアテナさんが俯いた。
君も女性だから分かるでしょう? きっとポーラも色々とイライラが重なったんだよ。
その証拠に物陰へと姿を消した彼女が居るであろう場所に大きな氷山が。
ポーラさん。お腹が空くだろうからそれぐらいにしておきなさいよ。
優しげな眼を僕は岩陰に向け続けた。
「こほっ」
軽く咳き込みながら歌姫はそれをジッと見ていた。
中枢の端には運ばれてきた2人分の死体が転がっている。
魔女と雷鳴だ。
それは良い。それとは別にもう1人転がっている。
こっちは別に死んではいない。ただ苦悩に頭を抱えて悶えている。
シュシュだ。
「こほっ(シュシュ?)」
慰めようにも歌姫の声は出ない。治り掛けが一番辛いものだ。
何より相手の呟きが痛々しい。
「……嘘よ嘘よ嘘よ……」
いつもの口調を忘れてシュシュは死んでいた。精神的に。
自分の痴態を最愛の人に知られたことへの嘆きと魔法を使っての……同情の余地が無かった。
「こほっ」
軽く咳き込んで歌姫は目を閉じた。
色んな意味でいたたまれないからだ。
~あとがき~
ポーラがお怒りなのは師匠に騙されていたからです。
小型までなら倒せるポーラですが、ドラゴンスレイヤーを名乗るのは中型を倒してからと言われ…それをずっと信じていました。
で、今更になってシュシュが大ダメージですw
© 2022 甲斐八雲
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