日焼けです
神聖国・大荒野
「ふ~ん。君たちも大変だったんだね」
感想がめっちゃ軽いぞ?
「まあ大変なのはあの人だけだけど」
「哀れんだ目で見ないでください!」
アテナさんが僕らの視線に耐えきれず岩陰に逃げ込んで身を丸くして泣き出した。
失禁に脱糞と……年頃の娘としたら死にたくなることのオンパレードを体験した人物だ。そっとしておこう。
ただ医者であるリグが言うにはその辺のことは仕方ないらしい。
何よりよく見る光景なのでリグ的には何一つとして感情が動かないそうだが。
僕はこれまでのいきさつをリグに……と言うか中枢に居る人たちに向けて簡単に語った。
喉を潰されたセシリーンは声を失っていて、マニカに襲われて腰抜けになったレニーラは、中枢に来たリグたちを見るや『ちょっと修行して来る!』との言葉を残し逃げ出したらしい。
シュシュもそれに続いて逃げ出そうとしたが、中枢を守護するために強制的に残ったとか何とかだ。
それで唯一無傷だったリグが情報収集のために外に派遣させられたらしい。
両腕を失ったはずのアイルローゼと腹を踏み潰されたクルーシュは現在死体だとか。
何をどうしたら怪我人が死体になるのか気になるが、リグが言うには『人は感謝の気持ちを忘れちゃダメだよ』とのことだった。
たぶん助けて貰ったのに先生が礼を逸する言動でも吐き出したか?
「つまりシュシュはこの話を聞いていると?」
「ん?」
僕の問いにリグが小さく首を傾げた。
「シュシュさんや」
リグの反応は気にせずそっと唇を彼女の耳に近づける。
「1人でするのは別に良いけど……僕のジュニアを魔法で再現するのはどうかと思うぞ?」
増々リグが首を傾げるが、きっとシュシュには伝わったはずだ。
天才的な封印魔法をあんな風に使うのは流石に何と言うか能力の無駄遣いな気がする訳です。
何よりして欲しいなら出てくれば良いのに……変なところでシュシュってば恥ずかしがりだからな。
「そうそうリグ」
「ん?」
半分寝落ちしかけているリグの肩を軽く揺すぶる。
薄く目を開いて彼女は僕を見た。
「寝たい」
「起きなさい」
「寝る」
「ほほう」
あくまで睡眠を選びますか?
「なら寝ている隙にその体を弄ぶ」
「……これはノイエの体だから」
「でも今はリグでしょ?」
ノイエの体で合っても今はリグである。
「寝ている隙にあんな場所とかこんな場所とか悪戯してやる」
良いのかね? 僕はすると言ったらやる男だよ?
「目が覚めたら今まで違和感の無かった場所が……ここから先は恐ろしくて言えません。それとも興味があるならそのまま寝ても良いよ?」
「……君は本当に酷い男だ」
両目を開いてリグが起き上がった。
その様子はプリプリと怒っている。
「それで何? つまらない理由で起こしたのなら怒る」
「ん~。ちょっとノイエのことで相談?」
「ノイエのこと?」
怒っていたリグの表情が元通りになった。
「それで?」
「うん」
聞き違いだと思いたいんだけどね。
「ノイエが最近ドラゴン退治をしていないんだ」
「どうしてっ!」
慌てた様子でリグが僕の服を掴んで来た。
「この国にはドラゴンが居ないんだよ」
「そんなはずはない。昔ノイエが……」
押し黙ったリグが何やら考え込む。
しばらくして彼女は口を開いた。
「数か月程度なら大丈夫なはずだよ」
「リグさん。『昔ノイエが……』の続きは?」
「それはあれだよ。昔の知識だからね」
リグが言うにはノイエにあのドラゴンの知識を与えたのはホリーらしい。
『お姉ちゃんご本読んで』とドラゴンの生態が書かれた分厚い百科事典のような本を抱えてホリーの元に通うノイエに対し、ホリーも荒んでいた頃だったのか『最後まで聴くなら読んであげる』という条件でノイエに読み聞かせたとか。
最後は何かしらの拒絶反応で痙攣しているノイエに向かいそれでも読み聞かせていたというのだからホリーも大概だが。
「その本の知識はずっと前の物。医術だって数年も経てば現行の治療法が間違っているなんてこともある」
「つまりノイエの知識が古すぎた?」
「それか神聖国に居るはずのドラゴンが何かしらの方法で駆逐されているのか」
そんな巨人を相手するあの人たちのようなことを言い出さないでよ。
「アテナさーん」
「何ですか? どうせ私は汚れ切った」
「知ってるからこっち来て」
「ひどっ!」
軽く叫んでから彼女はうな垂れつつもこっちに来てくれた。
「何ですか? それよりも今のノイエ様は何なんですか?」
「日焼けしました」
「髪の色はっ!」
「日焼けです」
「そんなことが、」
「「日焼けです」」
僕とリグとでタイミングを合わせてアテナさんに畳みかける。
説明するのが面倒臭いのだよ。察しろよ。
「……それで何ですか?」
察してくれたわけでは無くて諦めた様子で彼女は僕らにそう聞いて来る。
「神聖国ってドラゴン居ないの?」
「居ますよ」
ですよね~。
「ですが国内のドラゴンは中央の宰相様方の尽力で全て駆逐しました。今居るのは国外にのみです」
「……」
「疑っていますか?」
自分の国のことだからかアテナさんが誇らしげに胸を張って来る。
中々に薄い胸だ。アイルローゼよりかは大きいが。
「中央……都のある中央にお住まいになる宰相様たちはそれぞれ優れた騎士を雇っています。その御二人はドラゴンを倒すことの出来る我が国が誇る『ドラゴンスレイヤー』なのです」
「へ~」
大陸西部の大国だ。そりゃ居るだろう。
「何ですか? 一国に2人もドラゴンスレイヤーが居ることを疑っているのですか?」
そう言えばこの世界だと、大国ですら1人居れば羨ましがられるのがドラゴンスレイヤーと言う存在でしたね。
「ウチの国だと便宜上4人居るんで」
「……冗談ですよね?」
「本当です」
胸を張っていたアテナさんの肩身が一気に狭くなった。
「おかしくないですか? だって普通1人居ればって存在ですよ?」
「でも居ます」
ノイエにオーガさんに変態に僕だ。
ただオーガさんの扱いが大変微妙になっている。本人はキシャーラのオッサンの部下だと言い張っているし、現状オッサンの元で将軍職を務めている。
けれどウチの馬鹿貴族たちは彼女のことをあくまでオッサンに預けていると主張しているのだ。
とある夫婦用対策で確保しておきたいのだろう。
オーガさんがノイエに負けているという事実を知らんのかね?
それとは別に変態に関しては裏の工作が実って晴れて我が国のドラゴンスレイヤーである。
裏工作の内容としては、夫となったアーネス君との間に子供が生まれたらその子らは全てサツキ村の住人となるってヤツだ。
息子であれ娘であれその全てをあの村に引き渡す。ついでに魔法の才能がある場合は我が国の学校でちゃんと育て、成人を迎えてからサツキ村に引き渡すこととなっている。
人が物のようだけど、あの夫婦はこの提案を飲んだ。
変態は元々実家の命令に逆らう気持ちなど微塵も持ち合わせていないし、アーネス君も出身が平民だから上の意向で決定したことに逆らう気概は無い。
フレアさんとの婚約破棄を最終的に受け入れたのはこの辺の関係が実は大きい。平民出身者は貴族や王家に逆らうっていう遺伝子が無いのかもしれない。
色々と話が脱線したが、事実我が国にはドラゴンスレイヤーが一応4人居るのです。
「叔母様ならドラゴンぐらい倒せそうな気がするけどね」
「せんせいでも『やいばがとおらないいきものは』といってました」
弟子のポーラさんが恐ろしいことを言い出しました。
つまりドラゴンの皮膚を破れれば退治できるというのですか? 本当にあの人って人類なの?
「にいさま」
「はい?」
「おっぱ……るってさんは?」
今おっぱいと言い掛けましたね? 君もあれがこう身長のおっぱいと認識しているのでしょう?
恥ずかしがることはありません。僕の認識も同じです。
「あれは魔道具を使用しているからね。あの特注の弓矢を使わないと小型は倒せないでしょ?」
「こがた?」
何故かポーラが首を傾げた。
「にいさま」
「長文の質問なら舌足らずを今後辞めなさい」
「……」
不満げに頬を膨らませたポーラが軽く息を吐いた。
「今、小型と言ってましたけど? ドラゴンスレイヤーはどうすれば名乗れるのですか?」
「知らないの?」
意外や意外だ。ポーラが知らないとは思わなかった。
「兄さまと姉さまが傍に居るので気にしていませんでした」
「あっそう」
ポーラの言葉に驚いた様子でアテナさんがこっちを見ている。
そう言えば僕らがドラゴンスレイヤーだって……別に自己紹介するモノでも無いしね。
「ノイエは正真正銘のドラゴンスレイヤーだよ。西部の方だと『白のドラゴンスレイヤー』とか呼ばれているって聞いたけど?」
「えぇっ!」
目を剥いてアテナさんが驚いた。
~あとがき~
説明するのが面倒臭いからって、日焼けってw
そんな訳で少しドラゴンスレイヤーについておさらいを兼ねた説明回が続きます。
連載開始の前からちゃんと設定されていたのに発表する機会が無かったので。
と言うか、こんなに長く続くとは思わなかったんや…
© 2022 甲斐八雲
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