忘れさせてよ~!

「ただいま」


 魔眼の中枢と呼ばれている場所のほぼ真ん中で腰かけていた褐色の少女が立ち上がった。

 胸には大きすぎる脂肪……豊かな双丘を支えるには不安の残る布で覆った女性だ。


 名はリグという。


 いつも何処か眠そうで、若干猫背気味に構えているのは胸のせいだとも言われている。

 そんなリグは大きく背伸びをしてバルンバルンと自分の胸を揺らした。


「あれで良かったの? セシリーン?」

「こほっ」


 魔眼の中枢で暮らすようになった歌姫は壁に背を預け座ったままだ。

 盲目の彼女は普段からあまり活動的ではない。必要があれば歩きもするが、最近はずっと座ったままである。

 だから代わりにリグが歩み寄り、歌姫の足を枕にした。


「ならお休み」


 もうさっさと寝ようと横になったリグの視界に運悪くそれが映った。映ってしまった。

 昔からの知り合いである古めかしいメイド服を身に纏った魔法使い……シュシュが頭を抱えてジタバタと暴れていた。


 普段なら無視をするリグだが相手が悪い。シュシュは本当に昔からの知り合いなのだ。故にあんな姿を見せられてしまうと無視も難しい。話を聞くぐらいの気持ちは沸き起こる。

 そして聞いてどうでも良ければ寝ても良いはずだ。


「どうかしたのシュシュ?」

「……」

「シュシュ?」


 普段ならどうせどうでも良い理由を口走るはずの……そうなると思っていたのにそうならない。

 落ち着いて耳をすませばシュシュは泣いていた。


「シュシュ?」


 自分が外に出ている隙に何かあったのか? まさかまたマニカが中枢に?


 色々と考えながらリグは起き上がった。伸びて来た歌姫の手が『行くな』と言っているようにも思えたが、それを振り払いリグはシュシュの元へと向かった。


「大丈夫?」

「……」

「なに?」


 相手の肩に手をかけシュシュの体を、蹲っている体を起き上がらそうとしたリグは、自身の視界がグルっと回る錯覚を覚えた。


「しゅしゅ?」


 急の挙動に目を回しながらリグはやっとの思いで口を開く。

 気づけば自身の体が相手によって拘束されていた。それも相手が得意とする魔法では無く、馬乗りされて両肩にはシュシュの手が置かれている。


「大丈夫?」

「……」

「これはダメなヤツか」


 シュシュの表情を見てリグは悟った。


 相手は悲しい出来事でもあったのか、自分が外に出ている間に不幸のどん底に落ちていた。落ち切っていた。むしろ底だと思っていた場所が上げ底だったのか、さらにその下まで転げ落ちたような様子すら感じる。


「リグ」

「なに?」


 無表情で唇の動きと言うか横線が微かに動いたような感じで、馬乗りしているシュシュが話してきた。


「リグだってあるよね? あるはずよね? 分かっているから認めてよ!」

「何が? それに口調が変」

「口調なんてどうでも良いのよ~!」


 内心リグは思った。『自分のアイデンティティをかなぐり捨ててしまうのはどうか?』と。

 でもシュシュは止まらない。気づけば無表情だった顔にはある一つの感情が浮かび上がり、その目からはボロボロと涙を溢れさせていた。


「リグだってあるでしょ~!」

「だから何が?」

「1人でムラッとする時が~!」


 顔を涙と唾で汚されたリグは相手に冷め過ぎた視線を向けた。


「無いよ」

「嘘よ~! 彼としたことを思い出し、」

「無いよ」

「何でよ~!」


 怒るシュシュから視線を動かし、リグは助けを求めるように歌姫を見た。

 何故か彼女は頬を少し赤くして顔を背ける。

 その様子からリグは悟った。あれもしていると。


「別にしたいのなら外に出てすれば良い」

「だってだってムラってするのはいつもじゃないし!」


 まあ確かにその通りだ。


「でも外に出れば彼が居るよ」

「でも魔力の使い過ぎは怒られるし」

「シュシュは普段から無意味に魔法を使い過ぎ」

「それを我慢したら私じゃない」

「なら諦めて……それでしたんだ」

「うわ~ん」


 冷静過ぎる言葉にシュシュは子供のように泣き出した。

 そのままリグの胸に顔を埋める。


「揉まないで。舐めないで」

「……リグだってこうされればムラッと」

「しないから」

「何でよ~!」


 そう言われてもリグには返す言葉が無い。しいて言うのであればムラッとなんかしない。ただ彼が相手で少しずつその気にさせてくれればその気にはなる。その程度だ。


「たぶん医者だから? 全て頭の中で理由づけして納得してしまう?」

「そんな真面目な話なんて聞きたくなかったよ~!」

「だから口調」

「うわ~ん」


 泣きじゃくりながら胸の谷間に顔を押し付け激しく頭を振るシュシュに呆れながら、リグはどうにか抜け出した右手で相手の頭を撫でてやる。


「良し良し。別に1人でしていたのが、」


 と、ようやくそこでリグは気づいた。シュシュが1人の行為をここまで後悔するのは……。


「誰に知られたの?」

「うっわ~ん!」


 倍ほど泣き出した。もう涙が止まらない様子だ。


「そっか……それは……何とも……」


 救いの言葉をリグは見つけられない。

 相手が気の毒というか、どうしてそんな事実を“彼”に知られてしまったのか。

 たぶんあの魔眼の中を徘徊していると言う伝説の魔女が主な原因だろうが。


「……シュシュ?」


 泣き止んだシュシュが全身を震わせていた。

 その様子に言いようのない不安を感じたリグは脱出を図るが相手がそれを許さない。


「そうだ。そうだよ。そうなんだ」

「シュシュ。ボクはそろそろ眠いから」

「大丈夫。寝ている隙に済ませるから」

「……何を?」

「決まってる!」


 胸の谷間から顔を上げたシュシュは、涙で顔を濡らしたままでその目が座って居た。


「リグの恥ずかしい姿を旦那君に見せつけて私のことを忘れさせる!」

「……それはただ彼が喜ぶだけだよ。そしてきっと忘れない」

「忘れさせてよ~!」


 何かが壊れたシュシュはそのまましばらく泣き続け、リグは結局しばらく眠れなかった。




~あとがき~


 リアルが多忙過ぎて不眠症気味な作者さんです。

 最近どうしたら寝れるのか眠り方を忘れました。どうしたら寝れるの?


 そんな訳で魔眼の中です。シュシュが色々と崩壊していますw

 リグが至って普通に対応する様子が…リグも色々と大変そうですね




© 2022 甲斐八雲

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