折角の脂肪が減ってしまいそうですよ

 神聖国・アブラミの街



 まだ雨期が来ていないこの街では、今日も十分に仕事をした太陽が西の空へと沈んでいく。

 街の西……長く広く広がる荒野に向かい沈んでいく太陽は、今日に限って大変美しく、そして恐ろしいほどに赤い色を発していた。


 だが街に住まう者たちはその色を視界の隅ら捕らえるぐらいで気にもしない。

 今まで仕事をしていた者は家路を急いだり、仲間を募り酒場に向かったりと忙しい。

 これから仕事の者たちもまた準備に追われたりなどしている。


 普段と何も変わらない景色……それはこのまま長く続くと信じられていた。




 アブラミの街・領主屋敷



「これはこれは」


 物々しい足音を響かせ廊下を進んできた者たちを屋敷の主人、ハウレムは出迎えた。

 普段とは違い動きやすい服装をしているが、彼を良く知らない者が見ればその違いなど気づかない。


「中央の使者様がこのような時間に何の、」

「煩いぞ」

「……」


 出迎えの口上を怒鳴り声でかき消され、ハウレムは少しだけ眉を寄せた。


 どうも今の中央は酷い状況らしい。

 確かにこの国には一定の周期で、国の中枢が腐敗する時がある。けれど自浄力を発揮し、腐敗を駆逐して国を立て直す。それを何度も繰り返してきたのだ。


「それでお使者殿。どんなご用件で?」

「決まっていよう。ユニバンスとか言う国から来た者たちの首を差し出せ」


 迷うことなくそんな阿呆なことを告げて来る馬鹿に、ハウレムは露骨にため息を吐いて見せた。


「それはこの国が大陸全ての国に対し宣戦布告をするのと同じ意味だと知っての言葉ですかな?」

「何を馬鹿なことを言っている」


 だが馬鹿はやはり馬鹿だ。

 何も考えていないのか、それとも手柄欲しさに何も考えずに仕事を受けたのか……どちらにしろ目の前に居る馬鹿者はこの国に相応しくない人材だとハウレムは判断した。


「たかが小国の使者の首1つだ! 無礼を働いた使者の首を刎ねて何が悪い!」

「彼らは無礼など働いていません。むしろ無礼なのは我々の方です」

「我の何が無礼かっ!」


 唾を飛ばし顔を真っ赤にして使者は吠える。


 どうやら目の前の馬鹿は三つ目の可能性を秘めた人材だと判断できる。

 馬鹿すぎて1つのことにしか頭のまわらない……そして一番厄介なのは、自分の判断を越えた瞬間に癇癪を起して暴れるタイプだ。


「小国とはいえ同盟関係もない国の使者を一方的に呼び出し、こちらの都合で態度も保留。神聖国とは外交の基礎も無いのかと市井に紛れている他国の諜報員たちは嘲り笑っているでしょうな」

「そのようなことは気にする必要はない」


 何故か使者は笑い胸を張る。


「我らが攻め込み亡ぼす国だ。同盟? 属国? それが何だと言うのだ!」

「……」


 素晴らしいまでの馬鹿さ加減にハウレムはもう苦笑するしかない。


 目の前の馬鹿は自分の言葉がどれ程恐ろしいモノか理解などしていないのだ。

 それこそこの大陸の国々に対する宣戦布告だ。


「どうやら会話は無意味なようですな」

「うむ。では、」

「ですのでこの屋敷の主として」


 ハウレムは馬鹿とその部下らしき者たちを見た。


「貴方たち“侵入者”を排除することとしましょう」

「何、をっ!」


 馬鹿が横移動して窓と“扉”の間に挟まった。

 恐ろしいまでの一撃だ。何より迷いのない攻撃だ。


「おほほ。大変ですわアナタ。扉が壊れてしまったわ」

「壊れた物は仕方ないね。うん」


 壊した張本人は笑いながら姿を現す。

 その姿に主人を失い棒立ちしていた部下たちがギョッとした。


「この姿も久しぶりで……似合うかしら?」

「ああ。よく似合っているとも」


 姿を現した伴侶に対し、ハウレムは両手を広げて喜びを表現した。

 全裸の上から股間にまわしを巻いたキキリ夫人は……夫の言葉に喜びを表現するかのように全身を揺らして廊下へと移動して来た。


「ならキキリ。ここは任せても」

「あら? 私の雄姿は見ないの?」

「ああ。君の雄姿は過去に何度も見ているしね」


 現役最強だった妻の強さに惚れて求婚し続けたハウレムからすれば、彼女の雄姿など瞼を閉じればいつでも思い返すことができる。


「何より玄関から入って来ない侵入者も多い様なのでね」

「それは大変ね」


 パンと柏手……手を叩いて夫人はまだ棒立ちしている男たちを見た。


「ならこの馬鹿たちを片付けたら私も掃除を手伝うわ」

「ああ。頼むよ」


 告げてハウレムは妻に背を向け走り出す。


 ポヨンポヨンと……その体型から弾むゴムボールのような動きにも見えなくはないが、それでも彼は走り続ける。

 時折屋敷の隅々に隠してある武器の所在を確認しながら。


「今夜は本当に忙しい夜になりそうですね」


 扉を蹴破り、ついでに壁に立てかけてあったボウガンを掴んで室内に矢を放つ。

“客室”となっていた場所には暗殺者の類が集まっていた。


「これでは折角の脂肪が減ってしまいそうですよ」




~あとがき~


シリアス「どうやら私の出番のようだ!」

作者さん「君は馬鹿かね? そう思って何度裏切られてきた?」

シリアス「馬鹿な…この展開で私の出番が無いなんてことはない!」

作者さん「違うよ。出番はある。ただ短いだけだ」

シリアス「お前の血は何色だ~!」




© 2022 甲斐八雲

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