くひひひひひひひ~
「現状としてボクたちは荷物を抱え攻撃力も失った」
「だぞ~」
フワるシュシュとタプタプと胸を鳴らすリグは“荷物”を引きずり歩いていた。
わざわざ運んでいると言うのに何かと騒がしい荷物なので、荷物の口には荷物の服を割いて作った猿ぐつわを噛ませてある。
おかげでズルズルと荷物を引きずる音と時折生々しい血肉が削れる音が響くのみだ。
「マニカの~一強~状態~だぞ~」
「そうだね」
リグは素直にそれを認めた。
もうこちらの戦力では、あの暗殺者に勝つ方法が無い。
「アイルローゼは~?」
「無い胸が削れてる。クルーシュは?」
「こっちも~だぞ~」
2人は肩越しに自分の背後を見る。
削れて出来た血肉の道の材料……術式の魔女アイルローゼと雷鳴のクルーシュは2人揃って尻を晒していた。
ずっと仰向けで運んでいたら『お尻が削れるのよ!』と騒ぐので、黙らせてからうつ伏せで運び出したら、少ない何かを削ることになった。
下手を死んでいるかもしれないが、2人揃って戦力外だから死んでいても問題無い。
「静かだぞ~」
「そうだね」
確認を終え、2人と荷物2つはズルズルと運び運ばれて行く。
「マニカ~退治は~猫~頼み~だぞ~」
「そうだね」
「あの~猫は~勝てる~かな~」
「どうだろうね」
戦いに関しては素人のリグとして結果などまったくもって見当もつかない。
「まあボクとしては猫に勝って欲しいよ」
「だね~。ってリグ?」
掴んでいた魔女の足を床に落としたリグは、小さく欠伸をすると……クルっと反転して床の上で伸びている魔女の尻に目を向けた。
「枕」
「お~い。だぞ~」
聞く耳も持たない様子でリグは飛び込むように魔女の尻に顔を埋めた。
「寝る」
「寝るな~だぞ~」
「お休み」
「起きろ~だぞ~」
「Zzzz」
「本当に~寝たぞ~」
迷うことなく寝てしまったリグにシュシュは驚きながらフワる。
まあ今の自分たちが頑張った所であのマニカを倒すのは不可能だ。
「ん~。良し~」
シュシュも掴んでいた足を床に落とし、来た道を数歩戻る。
目の前にはクルーシュの再生を終えた綺麗なお尻が。
「実験だぞ~」
横になって枕にしてみる。
位置が高いが悪くない。程よい硬さに人肌が良い。
眠気を誘う温度だけれど、ずっとくっ付けていたら汗ばみそうだ。
「ま~。い~か~」
迷うことなくシュシュは目を閉じた。
「……あふっ」
しばらく眠りを目を覚ましたシュシュは小さく欠伸を零す。
軽く背伸びをしながら瞼を開けば、『ひぅ』と思わず喉に張り付く悲鳴が出た。
前髪とフードで表情を隠すが、三日月のような口元に笑みを浮かべた猫が居た。
はっきり言えば自分の死を予感する光景だ。
猫の背後で軽く手を振っている殺人鬼の態度が腹立たしくなる。
『助けて』と全力で叫びたくなる。
「くひひ……マニカ、は?」
「ごめん。逃がした」
恐怖の余りに、シュシュからいつもの間延びした口調が消え失せる。
はっきり言って恐怖しか感じない。目の前の猫が怖くてシュシュは震えを止められない。
「あはは……どっちに、逃げたの?」
「ごめん。向こうのはずだけどそっちから来たんなら他の道に向かったかも」
「分かった。くひひひひひひひ~」
おどろおどろしい笑い声を残し猫は適当に歩きだす。
全身をブルブルと恐怖で震わせたシュシュは、ともに歩き出したホリーの足にタックルした。
「あれは何? 今までに見たことないほど怖いんだけど!」
「貴女も今までに見たことないほど我を失っているわよ」
呆れながらため息を吐くホリーは、自分の大きな胸を両腕で支えるように抱きしめる。
「マニカが猫の母親を殺したのよ」
「歌姫を?」
「ええ。その死体を見た猫が……まあまだ癇癪を起していないだけマシね」
塊にした不可視の魔法を壁に叩きつけ、猫が不満を発散している。
それで済むのだからまだ猫には理性が残ってるのだろう。
理性と呼んで良いのか、正直よく分からないが。
「だから貴女たちはこのまま中枢に向かって守りを固めなさい」
「いいの?」
「ええ。どうせ戦えないのでしょう?」
荷物と化している2人に視線を向け、ホリーは息を吐いた。
「後はあの猫が死んでもマニカを狩るから平気よ」
「狩れるの?」
立ち止まり肩越しでこっちを見ている風の猫は、殺人鬼に対し『早く来い』と言っている様子にも見えた。
「狩るわよ」
ため息交じりでホリーは歩き出す。
「あの猫の恨みは想像を絶しているから」
~あとがき~
マニカに敗れた魔女とリグたちはズルズルと移動中です。
ってアイルの怪我が増えてるんですけど? つか寝ないで?
目覚めれば母親を殺され、精神的に逝っちゃってる猫と遭遇です
© 2022 甲斐八雲
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