この下着姿の僕の部下で十分だ

 大陸西部・サツキ村



「なん……で?」


 僕の重力魔法を腰に食らったマニカが地面の上にしゃがんだままでジタバタと暴れている。


 実は僕なりにマニカ対策を考えてみた。答えは簡単だ。ノイエは僕を絶対に傷つけない。なら相手を徹底的に怒らせれば良い。そう。怒らせてマニカを娼婦にしなければ良いのだ。はっきり言おう。ベッドの上の僕は決して強くないが、ノイエが相手なら実は負けない。何故ならば相手は僕を傷つけられないからだ~!


「その答えを教えてやろう」


 腕を組み相手の前に立って、これでもかと見下ろす。


 どうですか? 今の僕は高圧的ですか? 高圧なんて地球に居た頃は洗浄機ぐらいでしか見た記憶が無いんですけどね。でもこっちに来てからたくさん見てます。異世界ってSっ気の人が多くないですか?


 胸を張ってできるだけ相手を見下すのです。


「お前が弱いんだよ。ば~か」

「あん?」


 ガラッと口調を変えてマニカが睨んで来る。

 あん? 凄んでも怖くないもんね~。


「弱い犬ほど良く吠えるとは素晴らしい言葉だな~。僕は圧倒的に猫派なんですけどね」

「……」


 おおう。無言の睨みが怖いです。

 でもここは武闘派の変態で有名なサツキ村。ほ~らご覧。きっとマニカに挑みたがっている猛者たちが……視線を向ければ全員が遠巻きにしてこっちを見ているよ?


 逃げ出した悪魔までもがその列に並んでいた。あの裏切り者め……絶対に許さん。今度何かしらのお詫びの品を要求しよう。決めた。先生の録画映像だな。まだ僕の知らない先生の痴態が見たい。それ以外の姉たちの痴態も見たい。大忙しだぜ!


 で、みんなしてどうしてそんなに残念そうな表情を? どうした野次馬たちよ? まるで何かのコントのように『そっちそっち』と指さすなって。気づいているよ。現実を直視させるな。


 覚悟を決めて視線を戻すと、僕の前でしゃがみ込んでいたマニカが立ち上がっていた。

 まだ魔法の効果は消えていないのに立ち上がっている。その根性は何ですか? 僕に対しての怒りですか? 怖いわ~。


「はん。立ち上がったぐらいでこの僕に勝てるとでも?」

「……」


 うおっ……相手の睨みで背筋に冷たいモノが。

 マニカの背後に回り込んだ悪魔がこっちに対してカンペを見せて来た。『よっ! 勇者!』ってそれは誉め言葉ですか? 褒めてないな。だって笑っているから。


「殺してやる……」

「無駄無駄無駄無駄無駄~」


 わざとらしく笑ってやってから手を伸ばしてチョンと相手を押してみる。


「きゃんっ」


 可愛らしい声を出しながらまたストンとその場に座り込んだマニカが睨んで来る。

 あはははは~。今の僕は最強です。負けません。絶頂です。


 だから悪魔よ? そのカンペを下げろ。『調子に乗ってる?』って見て分かるだろう? 調子に乗っているんじゃない。自分を鼓舞しているんです。そうしないと相手はノイエの姉たちだ。どんな裏技を使ってくるか分かったもんじゃない。


「さあさっさと諦めて帰ると良い。今なら特別に許してあげよう」

「……」


 ほほほほほ。睨みたければ睨めば良い。


「負け犬は犬小屋に帰って丸まるものだよ」

「……殺す」


 底冷えするような声が響いて、何故か僕の全身からブワっと汗が出る。

 これが冷や汗か? ところでどうして? それは……マニカが何かしらの魔法を口ずさんでいた。


「悪あがきをっ!」

「殺す!」


 スルスルとマニカの金髪が彼女の体に下半身に纏わりつく。

 何か髪の毛が伸びて……犯人はアホ毛かっ! ノイエ以外にアホ毛を使えるとか聞いてないんですけど!


「髪の毛を巻きつかせたぐらいで何ができる!」


 怯えつつ声を上げたら悪魔のカンペが。

『負ける前の中ボスに見える』だと? 絶対に許さん! 今回は複数の姉たちの痴態を見せてもらうからな!


「はい?」


 現実逃避をしたがる僕の視界にそれが映る。

 足に髪の毛を巻きつかせたマニカが立ち上がった。

 ゆっくりと顔を上げて薄っすらと相手が笑う。正直恐怖だ。ホラーだ。


「絶対に殺す」

「ふっ……笑止」


 お腹の奥の方がズーンと重たいんですけど?

 だが気づいた。この場には頼れる人物がいた。遠巻きで僕らを見ているのは母親を逃がした変態娘ことモミジさんだ。何故か唯一1人だけ興奮しながら見つめている。

 もう嫌だ~あの変態。でも今はあの変態が役に立つ。


「モミジさん! ダッシュで来い!」

「ほへ?」


 自分が呼ばれるとは思っていなかった変態娘が間抜けな顔を。

 ええい。急いで来い。

 マニカが感覚を確かめながら歩き出そうとしているのが見て分からんか?


「後で折檻してやるから、」

「本当ですね!」


 ダッシュで目の前に来た。驚きの速度だ。そしてどうしてそんなに目を輝かせられるの?


「旦那が居る身だろう?」

「それはそれ。これはこれです」


 分けないで。


「彼はイジメには良いんですけど……」


 だからそんなチラチラとこっちを見ないで。

 僕はSではない。Sではないが仕方ない。


「ならば丁度良い」

「はいっ!」


 これからの展開が分からないのにどうしてそんな艶のある声で返事が出来るの?


 近くに居る彼女の首根っこを掴んでマニカの前に突き出す。

 アルグスタは変態の盾を手に入れた。


「お前の相手など、この下着姿の僕の部下で十分だ」

「あん?」


 歩き方を理解したらしいマニカがゆっくりと迫って来る。

 怖いわ~。何この恐怖?


「あふん……私どうなってしまうんですか!」


 知るか~!

 掴んでいる盾に心の中でセルフツッコミを入れる。


 迫って来たマニカが腕を動かしモミジさんの首を掴もうとする。

 と、スルスルとマニカから色が抜けて……ノイエに戻った。


「助かった……のか?」


 理由は分からんがマニカが去ったのか?


「放置ですか! ここまで盛り上がらせておきながら放置ですが! だったら替わりにアルグスタ様がっ!」

「手加減無しのヤクザキック」

「ありがとうございます!」


 変態語を操る変態の尻に蹴りを入れたら……顔から地面に倒れ込んで全身を震わせる。


 もう嫌だ。僕もうお家に帰る。




「……どうして?」


 魔眼の中枢で意識を取り戻したマニカは自分の両手を見つめる。ちゃんと動く。

 ゆっくりと立ち上がると……立てた。


 キッと眼前の景色を睨みつける。

 どうやら目の前の様子は可愛い妹の視界らしい。


 ジッと自称夫を名乗る相手を見つめていた。


「答えなさい。歌姫」

「あら? いつもと違って怖い声ね?」


 相手の言葉にマニカは振り返り、床に座り込んでいる相手を見る。そして迷わず歩みを進めると、歌姫の前に立って彼女の首に手を掛けた。


「拒否すればこの首を折る」

「うふふ……手を使うのね」

「煩い」


 余裕が無かった。魔力が切れて魔法も使えない。

 何より自分が何もできずにここまで子ども扱いされたのは初めてだ。


 少なくとも前回戦った最強の存在カミーラにも一矢は報いている。

 それなのに今回は……ギリッと奥歯を噛みマニカは軽く歌姫の首に力を籠める。『うっ』とセシリーンは軽く唸った。


「あれは何?」

「……ノイエの夫よ」

「本当に?」

「ええ」


 認めながらセシリーンは念じ続けた。床に伏している舞姫に立ち上がってマニカを討ってくれと……だが頼みの綱である相手は無反応だ。否、反応はしている。

 ただマニカの手管で狂わされた感覚によって全身を震わせて悶えているのだ。使えない。


 また首を掴んでいる手に力がこもり、歌姫は軽く咳き込んだ。


「なら彼のあの強さは?」

「……彼は強いのよ」


 軽く咳き込みながらもセシリーンは答える。

 その様子にマニカは言いようのない不安といら立ちを覚えた。


 戦う力の無い相手が笑っているのが許せない。

 まるで自分が弱いと言われているようで……いら立ちが止まらない。


 セシリーンとしてはそんな気は無かった。

 笑っているように見えるのは彼女の特徴だ。常に目を閉じているから、その表情が全体的に微笑んでいるように見えるのだ。


「強いですって?」

「ええ」


 だから自分の表情など理解せず、セシリーンは口を開いた。


「貴女じゃ彼には勝てないわ、」


 ゴリッ


 鈍い音が響いて歌姫は沈黙した。


「そんな訳はない。私が勝てないなんて……」


 呟きながらマニカは中枢を出た。




~あとがき~


 実はある間違いが発見されて修正しました。

 村長の名前は『ジュウベイ』が正しいです。『ハチベイ』はアルグスタのボケっぽく見せてからの~やられっぱなしで消えた叔父さんの名前と言うオチのはずが、何故か村長が『ハチベイ』になっていてビックリです。なので修正してあります。



 魔眼内で魔力を使い過ぎていたマニカは強制的に帰還です。

 流石に髪の毛を使って強制的に自分の体を動かすのは…何よりアホ毛の方にも魔力を取られましたしね。


 そしてアルグスタという存在を知った暗殺者は、本気で恐怖しています




© 2022 甲斐八雲

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