わたしもメイドになりたいのですが?

 大陸西部・サツキ村



「大変申し訳ございません……アルグスタ様?」


 ごめん。そっとしておいて。


 暴走していたアゲハさんが改めてお詫びをしたいからと村長宅の応接室へと僕らは移動して来た。

 サツキ村に滞在している僕らは空き家を1つ借り受けてはいるけれど、その家のカマドに難があって……つまり壊れていて食事は村長宅でいただいている。

 それもあって僕らがこっちに伺う回数は多い。多いからついでに謝罪を受けることになったのだが、その前にちょっとした問題が発生した。


「どうかなさいましたか? もしかしてまだお怒りでしょうか? それでしたら平に謝るしか……もしそれ以上の謝罪が必要と言うなら、この私を煮るなり焼くなり剥くなり抱くなりご自由にして貰っても」

「……」


 変態さんの変態語はどうでも良いんです。


「何かご不満でも? 多少齢は言ってますが、それでも現役で男性を魅了できる魅力が私にはあります。疑っていますか? でしたら脱いでその証拠を」


 ゴソゴソと衣擦れの音がするが僕の視界はなんちゃって畳を見つめたままだ。


 精神的に何かあった時にこの畳の目を数えて紛らすのが昔から好きだった。

 無心に数え続けたら悟りを開けそうな気がして……気がするだけなんだけどね。


「この私の体に何のご不満が?」

「失礼します。ウチの兄は同年代か年下にしか食指が反応しないので」


 気づけばポーラの声がして来た。

 舌足らずな喋りじゃないからきっと悪魔だろう。


 と、背中に小さな手が置かれた。


「兄さま。姉さまですが……ダメです。完全に怒っています」

「何故だ~!」


 畳を叩いて僕は顔を上げるとポーラを見る。

『私にそんなことを聞かれても』と言いたげに肩を竦めているメイド姿の妹様にイラっとした。


「八つ当たりするぞ~!」

「いやん」


 コロンと後ろに倒れた悪魔がM字な開脚をして見せる。

 ただし下着を見せない絶妙なスカート位置が芸術的だ。これがチラリズムか?


「優しくしてくださいね」

「誰が妹に手を出す~!」


 僕にはノイエというお嫁さんが、お嫁さんが居るんだよ~!


 泣きそうになりながらM字になっている悪魔の膝に手を置いてグイグイと前後に振るう。


「何でノイエがあんなに怒っているの? ねぇ?」

「私に聞かれても……つか畳に擦れて背中が痛い」


 冷静に苦情を言うな! 泣くぞ? マジで泣くぞ?


「たぶんあの暗殺者に向かって言った暴言が姉さまの耳に届いてたんじゃないの?」

「今までそんなことなかったやん!」

「姉さまですし」


 納得しかけた僕が悪いのか? 一瞬『そうかも』とか本気で思ったよ!


「だって相手はあのマニカだよ? 野放しにしたらみんな殺すよ?」

「ま~ね~」


 僕の手を払いのけ、悪魔は身を起こすとちょこんと座った。

 スカートの位置を直して……片目を閉じたままで開いている左目が僕を見た。


「でもそんな暗殺者でも姉さまからすれば姉なんでしょ?」

「……」


 ふぅとため息を吐いて悪魔は僕から視線を逸らすと外を見た。


「妹ってね、家族ってね、どんなに馬鹿な姉でも味方をする……そんな人だって居るのよ。特にお姉さまは誰よりも家族を愛しているから、たとえ兄さまの言葉でも許せないのよ」

「だってそうするとノイエが人殺しになるよ?」

「それでもよ」


 何度もため息を吐いてから悪魔がこっちを見る。


「大虐殺の片棒を担ぐことになろうとも協力してしまう。それが自己判断が特に不得意な妹だとしたらあり得る話だと思わないの?」

「……」

「結果として心を壊しておかしくなることもあり得るから、お兄さまの行動が間違いとも言い切れないんだけどね」


 もうこの話は終わりと言いたげに悪魔は立ち上がった。


「とりあえずスズネちゃんにお願いしている焼き肉の追加でも抱えて様子を見に行ってあげるわよ。もちろん貴方からのお詫びだと伝えるわよ」

「なら僕が」


 立ち上がりかける僕を悪魔が制する。


「顔も見たくないって言われたんでしょ? 私の言葉その時のことを思い出して突っ伏さないでくれる?」


 また畳とお友達さ。


 悪魔の言葉でも言われた瞬間のことを思い出してしまったのです。

 無表情で、でもアホ毛を怒らせて……『アルグ様の馬鹿。顔も見たくない』と。


「今はまだ顔を見せない方が良いの。一度考え直す時間をあげなきゃ」

「でも」

「それにお姉さまならしばらくすれば怒っていたことも忘れるわよ。だから今はご飯を与えて満足させれば良いの。相手が簡単な相手で良かったわね?」

「簡単とか言うな! 全力で剥くぞ!」

「いやん。お兄様に犯される」


 顔を上げたら悪魔が腰を振って、スカートを摘まむとチラッと下着を晒して逃げ出して行く。

 まったく……あの悪魔は真面目なのか不真面目のなのか。ただ長生きしているだけあってその言葉には説得力みたいなものがあるけどさ。


「で、アゲハさん」

「はいっ!」


 結果無視し続けた感じになっていたアゲハさんが元気に返事をして来た。


「何で全裸なの?」


 この村には変態しか居ないのか?




「手伝って貰ってありがとう」

「いいえ」


 2人で大皿を持ちポーラと村長宅で給仕をしている少女……スズネは、アルグスタたちが借りている家へとたどり着いた。

 両手が塞がっていることもあり、玄関から室内に入ることを諦め庭へと回って縁側から……するとユニバンス王国で最強の称号を保持している姉が膝を抱えて横倒しに座って居たる


「姉さま?」

「……」


 返事はない。まだ拗ねているようだ。


 軽く笑いまず運んで来た大皿を姉の前に置く。後はフォークを差し出すと、姉のアホ毛が伸びて来てフォークを奪っていった。


「兄さまからごめんなさいって」

「……」


 少女にも一緒に座るように促し、悪魔こと刻印の魔女も縁側に座る。

 プラプラと両足を震わせながら、軽く上半身を反らして姉を見る。


 器用にアホ毛を動かし掴んでいるフォークで運んで来た肉を食べていた。

 無駄な魔力を消費しては回復させている感じだ。アホ毛を動かすのにも魔力を使うと言うのにこの姉の横着っぷりは半端ない。


「兄さまはただ姉さまのことを心配して悪口を言っただけよ」

「……」

「姉さまが姉たちのことを大事にしているのは知ってる。でもそれで姉さまが傷つくのを兄さまは見たくないの。それぐらいは分かってあげなさい」


 自分の隣に座る少女に手を伸ばし魔女はその頭を撫でてやる。


 この村に来てから弟子の働きっぷりに感銘を受け、『ユニバンス式メイド道』を学ぼうと頑張っている奇特な少女だ。きっとマゾなのだろう。そうでなければあんなストロングスタイルのメイド道を究めたいと思わない。


 その容姿はまだ幼い。

 ただおかっぱ頭の日本人形のような愛らしい少女だ。まだ6歳だと聞いている。


「いつまでも膨れてないで兄さまにごめんなさいをしてきなさい。そろそろ神聖国に向かうんだし、喧嘩したままは良くないわよ」


 何故か頭を撫でているスズネが驚いた様子で振り返って来た。

 前々から伝えていたはずだが……どうも理解していなかったようだ。それか弟子が説明を後回しにしていたかのどちらかだろう。


「それとも姉さまは兄さまが嫌いになったの? なら私が貰っちゃうけど?」

「ダメ」

「ならさっさと謝りなさい」


 縁側から立ち上がり魔女はまだ横になって膝を抱えている姉を見る。

 黙々とお肉を口に運んでいた。


「今日はお風呂を借りたら私はスズネちゃんの部屋に泊めてもらうから……これ以上の説明は必要?」

「平気」

「なら謝って仲直りしなさい。良いわね?」

「……はい」


 ようやく怒りが収まったらしい姉に……明日が兄の命日にならなければ良いと思いながら魔女は給仕の少女を連れてその場を離れる。


「あの……ポーラさま」

「なに?」


 歩いていると少女が声をかけて来た。


「わたしもメイドになりたいのですが?」

「なら村長の許可を得てから」

「得ています」

「あら?」


 足を止め魔女は振り返る。

 薄く右瞼を開いて囁くように魔法を使う。


「……悪くないわね。良いわよ」

「ほんとうですか?」

「ええ。でも貴女はドラグナイト家で、私の元で修行する。それが条件……どう?」

「喜んで」


 花が咲いたような笑みを浮かべて少女は喜ぶ。

 そして魔女は片方の口角を上げて悪役のようにニヤッと笑った。




~あとがき~


 実はノイエは姉たちに体を貸している時は…まあこの辺は後々本編で。

 今回はマニカに対する暴言に怒っている感じです。お姉ちゃんのことを悪く言われるのは気分が良くないです。でも……。


 刻印さんは新しい玩具…弟子の弟子をゲットしました。

 実はこの子は元々ユニバンスに行く予定でした。普通枠のメイドが欲しかったんや!




© 2022 甲斐八雲

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