アルグ様がしたそう?

「くははははは~」

「シュシュ」

「あ~。面倒~なんだぞ~」


 魔眼の深部に来ると厄介な人物が湧いて出て来る。

 両腕を開いて全裸で走って来る相手を見つけたリグは、黙って横に居たフワフワに丸投げした。

 それを受け取ったシュシュは魔法で上半身を拘束し……そのまま丸投げした。


 前を行く2人が左右に退いてクルーシュは全力で走って来る人物を見つめた。


 あれだ。あの人だ。名前がちょっと出て来ない。

 何故ならいつも自己紹介する前に服を脱いで抱き着いて来るからだ。

 相手が悪い。間違いなく相手が悪い。


「人肌が恋しいのよ~!」


 人肌云々言う前にまず服を着るべきだと思う。

 全裸で居るから寒いのだ。


 仕方なくクルーシュは歩みを止めて軽く腰を下ろす。


 基本は大地に根付く木だ。

 自分が一本の木になったと……そう思い足の裏と大地を繋ぎとめる。


「私を抱きしめて~!」


 距離を詰める必要が無いのは楽だ。相手が迷うことなく接近して来るのだから。


 軽く息を吐いて全身に力を巡らせる。

 力は足の裏から吸い上げて使用する。魔眼の中だと力を得るのが簡単だが加減が難しくなる。

腰だめに握った拳に力を集め、迷うことなく前に向かって繰り出す。


「だきっ!」


 パンッと相手の上半身が弾けて消えた。


「うわ~」

「だぞ~」


 左右に退いて逃げていた2人の非難染みた声が飛んで来る。


「加減が難しいんだよね」

「だからって~これは~だぞ~」


 崩れ落ちてピクピクしている下半身を見つめてシュシュは視線を退かす。

 直視しても動じないのはリグぐらいだ。逆に近づいて確認すらしている。


「即死だね」

「上半身を無くして生きている方が驚きだと思うけど?」

「うん。でも下半身だけにした人がそれを言う?」

「だから加減が難しいんだよね」


 大きくため息を吐いてクルーシュは脱力する。

 使った技の反動だ。


 彼女が扱うのは自分の体を触媒とし、集めた力を放つ特殊な技だ。

 魔法ではない。魔力を必要とはしない。


 代わりに色々と条件が厳しい。


 まずために時間が掛かる。そして放てる距離が短い。

 故にマニカと1対1をクルーシュは避ける。

 郊外で……相手に接近された時点で負けが確定なのでやはり勝てない。


 今回はシュシュの魔法がカギだ。

 最悪リグを餌にしてシュシュの魔法が決まれば一撃でマニカを屠る威力はある。


 ただ連打も難しいので一撃で仕留められないとこっちが辛くなる。

 その時はシュシュの魔法を信じるしかない。


「マニカって厄介だね」

「何を~今更~だぞ~」


 フワフワしながらシュシュは疲労困憊なクルーシュに肩を貸す。

 リグは検死を終えて立ち上がる。倒れている下半身の足を掴んで何かを確認している様子だった。


 どう見ても即死だ。何を確認する必要がある?

 シュシュが質問する前にリグが口を開いた。


「マニカと出会ってない」

「その~心は~だぞ~?」

「股間が」

「ちょっとリグ」


 クルーシュが顔を赤くして医者の言葉を止めた。


「もう。女の子が股間とか言わないの」

「「……」」


 頬を赤くして叱るクルーシュにリグは待った。

 待って相手の言葉が終わってから改めて口を開いた。


「クルーシュ」

「なに?」

「もうボクは女の子じゃない」

「……」


 相手の言葉を理解できずにクルーシュは肩を貸してくれるシュシュを見た。

 だがシュシュも頬を真っ赤にして視線を背けている。恥ずかしがっているようだが、それはどう見てもリグの発言に対してでは無さそうだ。


「シュシュ?」

「あは~。まあ~だぞ~」


 自分の知らない間に2人の仲間が大人の階段を上っていたらしい。


「相手は誰? シューグリット?」

「誰が~あんな~残念~魔法使いを~だぞ~」

「それだと誰よ? この魔眼の中には独身男性は少ないでしょ? まさか誰かの相手を奪ったの?」


 そんな命知らずな……とクルーシュは思う。


 相手のいる男性に手を出さないのは、魔眼内で取り決められた暗黙のルールだ。

 それを破る者は万死に値する。集団で報復行為を実行しても得に咎められない。こんな時だけは一致団結を思い出す者も多い。


「あは~」


 誤魔化そうとするシュシュとは違いリグは素直だ。


「ノイエの旦那さん」

「はい?」


 目を剥くクルーシュにリグは改めて口を開く。


「だからノイエの旦那さん」

「……」


 何を言っているのか理解ができずクルーシュは助けを求めてシュシュを見る。

 こっちもまた顔を真っ赤にしていた。さっきよりも色が濃い。


「シュシュも?」

「あ、あは~」


 誤魔化せなくとも言葉が続かない。シュシュは増々顔を赤くする。


「だってそれだとノイエの旦那さまを寝取ったって……不倫?」


 倫理観を思い出したクルーシュはリグを見る。

 胸が大きいだけの良く寝る子だと思っていたが、実際はそんなことができる悪い子だとは思わなかった。人は見た目とは違うという実例だ。


「違う」

「何が!」


 否定して来る根性も凄い。

 普通に考えればあのノイエの夫を寝取った、


「ノイエと一緒にしたこともある」

「はいっ?」


 我が耳を疑った。

 クルーシュは一度深呼吸をし、小指で耳の穴を軽く掘って……リグを見つめ直した。


「もう一度良い?」

「うん。だからノイエと一緒に」

「誰が何をっ!」

「ノイエと一緒に彼に……ご奉仕?」


 ちょっと恥ずかしくなってリグは言葉を選んだ。


「シュシュ! リグが……シュシュ? まさか?」

「あはははは~」


 笑ってシュシュは誤魔化す。

 まさかの状況にクルーシュは増々目を見開く。


「ノイエは何を考えているのよ~!」


 もう叫ばずにはいられなかった。




 ユニバンス王国・王都内街道



 どんなに高級な馬車でも走れば揺れる。

 スプリング的な何かがあれば揺れが抑えられるんだろうけど、僕にはそんな技術は無い。

 下手な知識は事故の元なので特に何も言ってない。


 でもあれだ。跳び箱とかで使っていたロイター板だっけ? あれに似た物で板バネとか呼ばれる物があった気がする。あれなら作れそうな気がするな……無理か?


 窓の外を見ながら考え事をしていると、ノイエが抱き着いて来て増々甘えて来る。


 どうしたお嫁さんよ? その姿は本当に可愛いが、そのまま野獣化しないでね。今日の僕は大人しく甘えて来るノイエが一番だと思っています。


 今この馬車の中は僕らだけだから始めても問題は無いんだけどね。


 ポーラとコロネは御者席に居る。

 コロネの練習にポーラが付き合っている感じだ。練習なのに実践なのがハルムント流の教えなのだろうか? 本当にスパルタすぎて恐ろしい。


「アルグ様」

「はい?」


 スリスリと甘えて来るノイエがこっちを見つめている。


 無表情だけど綺麗な顔をしている。人によっては『人形みたい』と悪口を言う人も居るが、ノイエが人形じゃないことを僕は知っている。生々しすぎるほど人間だ。最近は色んな欲にまみれ過ぎている気がするほどに人間です。


「今夜もする」

「何がどうしたらその言葉が出た?」

「……お姉ちゃんが良い?」

「そんな訳ではないが」


 ノイエの姉たちとするのは嫌いでは無い。

 嫌いでは無いがそう真っ直ぐに言われると考えてしまう。


 ノイエを蔑ろにしているわけではない。僕の自慢のお嫁さんだ。すること自体は嫌いでは無い。ただ最近内容がハードで僕の体へのダメージが大きすぎるだけだ。


「アルグ様」

「ほい?」


 ちょっと考えていたらノイエが僕の目を覗き込んでいた。


「お姉ちゃんと一緒が良い?」

「だからどうしてそんな質問が出て来た?」

「……アルグ様がしたそう?」


 ちょっとノイエさん。そこに正座して貰えますか?


 何故僕の足の上に座る? 確かに器用に正座しているけどそれはお説教を聞く姿じゃないよね?

 ってお説教と知ったら顔を背けない。アホ毛で両耳を塞がない。器用過ぎてアホ毛がリボンのように見えるぞ?


「ノイエ?」

「むう」


 何故か膨れた目の前のノイエが余りにも愛らしいので、膨らんでいる頬にキスしてみる。

 フルッとアホ毛を揺らして……やっぱりノイエは可愛いな。




~あとがき~


 ちょっとクルーシュが実力発揮です。

 おっとり系のドジっ子ですが、その実力は折り紙付き。

 本気で拳を振るえば人体破壊なんて簡単に行えます。制限付きですけどね。


 そして一緒に居る2人が大人の階段を上っている事実を知ってビックリです。

 相手は……ノイエと一緒にと聞いて増々驚きです。


 落ち着いて考えると……ノイエってスゲーなw




© 2022 甲斐八雲

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