そんな感じで見つめていました

 ユニバンス王国・王都王城内国王政務室



「あはは~です~」

「笑い事では無いぞ?」

「それでもです~」


 少女のような容姿を持つ王妃がソファーの上に転がりジタバタと足を動かす。

 本人としては笑い転がっているつもりなのだろう。どう見ても起き上がれず必死に藻掻いているようにしか見えないが。


「おにーちゃんはとても優しい人です~」

「だからって西部の大国と戦争をすることを選ぶか?」

「まだ決まっていないです~」


 あくまでその可能性があると言うだけだ。


「何よりおにーちゃんの決意はシュニット様の机の上にあるです~」

「……これで納得しろと?」


 掴んだ紙を国王はピラピラと振って見せる。


「もし万が一ドラグナイト家の者が戻らない時はその資産の全てを王家に譲渡する」

「国庫が潤うです~」

「代わりに我が国は2人のドラゴンスレイヤーを失うぞ?」

「それでもあのブンブンと振り回すおねーちゃんが残るです~」

「そうであっても戦力の低下は否めん」

「です~」


 足を振るのを止めた王妃は体勢を入れ替え、ソファーのひじ掛けに顎を乗せて国王を見つめる。


「でも2人がいつまでも健康でこの国に居る訳ではないです~。人は必ず老いるです~」

「……備えろと?」

「です~」


 国家運営で最も重要な『次代』を考えている王妃らしい言葉ではある。

 最近はドラグナイト家の知恵袋が口走った政策に触発されて真面目に政務を執り行っている。

 ただ王妃が本気になると文官たちの仕事量が格段に跳ね上がるため、彼女の本気は年に数度が丁度良い。丁度良いのだが、国王としては望ましいことでもある。


 国が豊かになるのであれば多少の無理は仕方ないと……シュニットはそう考える国王だ。


「それでキャミリーよ。お前はどう思う?」

「ん~」


 目を閉じて少し思案し、王妃は瞼を開いた。


「今更です~。おにーちゃんが知ってしまった以上、もう止められないです~」

「そう思うか?」

「です~」


 よっと可愛らしい声を出し王妃は起き上がる。

 コホンと小さく咳払いをし、王妃キャミリーは床の上に立ち自分の夫たる相手に軽く首を垂れた。


「何度も言いますが彼は優しすぎる人です。人としては信用も信頼も出来ます。何より忠臣であり野心もない。臣下としては最高の逸材でしょう。多少問題も起こしますがそれに有り余る成果を必ずあげます」

「続けよ」

「はい。ですが彼は優しすぎます。支配者としては務まらない人材です」

「分かっている」


 国王は妻の言葉に苦笑した。

 それを怪しんでいる部下が多いことをシュニットも理解している。


「だがお前が言っているであろう? あれには野心の無い忠臣であると」

「はい。ですがそれをどれほどの者が信じていますか?」

「……確かにな」


 そうでなくとも弟は問題児だ。

 国内で敵対していない上級貴族は数えるほど。大半が敵対している。


 故に敵対勢力は弟たちの“独立”を怪しみ訴え出て来るのだ。

『このまま野放しにしていれば必ずユニバンスの災いとなる』と。


「陛下のお心はお察しできます」

「ならお前が対応してくれるか?」

「それは酷いお言葉です」


 可愛らしく拗ねる王妃はチラリと国王を見た。


「ご自分たちで『ドラグナイト家』の名を使い上級貴族たちの勢力を削いで来たというのに、その後始末を私に押し付けるのですか?」

「一番暗躍していたのはお前だと思うが?」

「それは気のせいです。もし報告が来ているのなら誤記載です。担当者の氏名を教えてくだされば、そちらの方は私が対処しますが?」

「……恐ろしいことを言うな」


 愛らしい容姿で騙されるが、目の前に居る人物が『化け物』の類であることをシュニットは理解している。ただ本人もそれを自覚しているから普段は馬鹿を演じている。

 演じているはずだ。本人が言うには馬鹿の方が素であると言い張っているが。


 だからこそ恐怖はある。

 普段隠している彼女の闇がどれほどのものなのか……それを知る者は居ない。

 本気になれば弟の元に居る暗殺者と同等程度に完璧な『犯罪』を起こせるだろう。秘密裏に部下を使えることを考えればより完璧に犯行を行える。


「シュニット様? 私を見つめて難しい顔はダメですよ?」

「そんな顔をしていたか?」

「ええ」


 クスリと王妃は可憐な笑みを浮かべる。


「まるで私のことを殺人鬼のような……そんな感じで見つめていました」

「そうか。それは気を付けよう」

「はい」


 軽く咳払いをし王妃は笑みを浮かべ続ける。


「だってこんなに愛らしい王妃様が罪なんて犯すわけが無いんです~」

「そうか」

「です~」


 薄い胸を叩いてキャミリーはそう言い切った。

 この話はこれまでと判断し、シュニットは話を元に戻す。


「それでアルグスタはどうする?」

「そんなの決まっているです~」


 スススと机に近づいてきた王妃は、その上に乗っている紙を掴んでピリピリと破きだした。


「兄であるなら、姉であるなら、弟夫婦の無事を信じて待つことが正しいはずです~」

「……だがこれ幸いと悪巧みをする者が出て来るぞ?」

「です~」


 細かく千切った紙をゴミ箱に叩き込みキャミリーその薄い胸を張った。


「適材適所です~」

「つまりハーフレンに丸投げすると?」

「適材適所です~」

「……」

「です~」


 強引に丸投げを押してくる王妃に国王は折れた。


「分かった。ならお前が手配せよ」

「は~いです~」


 丸投げするなら抵抗なく働く妻にシュニットは呆れながらため息を吐いた。


 コンコンッ


「失礼します」

「おうっ」


 返事を待たずに踏みこんで来たメイドと妻の様子に……シュニットはこれから起きることを見ないこととした。妻が救いを求める前に静かに目を閉じたのだ。


「シュニット様~」

「王妃様? ちょっと自室まで」

「違うです~。あれは違うんです~」


 慌てふためく王妃にメイドの声が無慈悲に響く。


「ええそうでしょう。王妃様ももうお子様を孕めますしね」

「孕むという言葉はあれです~。良くないです~」

「ですよね? で、ベッドの下に隠してあったあれは?」

「……気のせいです~。寝汗です~」

「ほう。臭いを嗅ぐ限り、」

「王妃の威厳を守るです~!」

「そんな威厳などトイレの中に小便と一緒に流してください」

「言ったです~!言ってはならないことを言ったです~!」


 何やらゴソゴソと音が響いて……静かになった。


「王妃です~! 私は王妃です~!」

「おねしょを隠す人物に地位など関係ありません」

「はっきり言ったです~! シュニット様の前で~!」

「知りません。前に約束しましたよね? 今度したらご自分で洗濯すると。だから前回のことは内密にしたと言うのに……今回はダメです。許しません」

「違うです~! あれは水をこぼしただけです~! お漏らしじゃないです~!」

「なら何故隠したのですか?」

「……気の迷いです~」

「はい。駄目です。言い訳が街のゴロツキです。もっとちゃんとした言い訳をしてください」

「ふなぁ~です~」


 問答無用で連行されたらしい王妃が……静かになったのを確認しシュニットは目を開いた。


「陛下。申し訳ありません」


 入れ替わりで入室していたのであろう部屋付きのメイドが頭を下げていた。


「構わん。レイザには多少の無礼を許している」


 そうでなければあの王妃の専属奴隷……専属メイドなど誰も引き受けない。


 自由気ままで好き勝手に生きる王妃だ。

 誰もがそう信じ、王妃も常にそう振る舞っている。


『誰があれを恐ろしい“化け物”と思うであろうな』


 苦笑しシュニットはメイドに視線を向けた。


「アルグスタは?」

「はい。今日は郊外の待機所に寄ってから登城すると報告が届いています」

「そうか」


 当事者よりも周りの者の方が苦労をする現状にシュニットとしても思うところはあるが、それを飲み込み我慢した。


「登城したら来るように伝えよ」

「はい」




~あとがき~


 キャミリーは自分が普通とは違うと自覚しているので暴走はしません。

 ただ彼女の琴線を震わせれば…何が起きてもおかしくないですけどね。


 で、お馬鹿な方が素です。何度も言いますがこっちの方が素です。

 真面目な方は王妃教育で身に着けた仮面です…と何度も夫に言ってますが信じてもらえずですw



 今日、明日、明後日と実家の都合で出かけます。

 反応が出来ないと思いますが戻り次第対応します。


 それと月曜日は投稿が遅れるかも?

 出先で書き上げるので投稿はするはずです。事故らなければw




© 2022 甲斐八雲

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