小さくない人は?
「ごめ……ゆるして……魔女さま……」
壁際に追い詰められた少女は必死に後退を続ける。
背中が傷つくほど壁に押し付けているがもうそれ以上下がれない。
相手よりも逃げ足には自信があった。ただ相手には地の利があった。
威嚇の魔法だけであっさりと袋小路に追い込まれてしまった。
もう逃げ場はない。そして迫って来るのは笑う魔女……アイルローゼだ。
「大丈夫よポルナ。ここでは死なないから」
「ひみっ」
悲鳴が喉に張り付いて変な声になった。けれど逃れられない。
魔女の脇を抜けて逃げられれば逃げ切ることは可能だ。ただ相手は魔女だ。自分とは違い多くの魔法を支配する本当の魔法使いだ。
「いや……たすけて……ノイエ……」
「くふふ。大丈夫。これが成功すればノイエも喜んでくれるわ」
「……」
相手の言葉が嘘だと分かった。絶対に嘘だと分かった。
仮に本当だったらどうして魔女はあんなにも返り血を浴びているのだろう?
この魔眼の中で浴びた血は約一日もあれば消え去る。
それが残っているというのは一日以内に血を浴びたことになる。
「なにを……するの?」
「うん? ちょっとその小さな胸を大きくするのよ」
「胸を?」
少女のような容姿を持つ人物……ポルナは自分の胸を見た。
確かに小さい。でも膨らみはある。容姿が幼いから胸が小さくてもあまり気にはしなかった。
それに自分と同じ容姿のファシーも小さい。ファシーと比べても同じぐらいだ。ただリグはズルい。あれは卑怯だ。あの身長であの胸は何かの不公平さしか感じない。
「胸の小さな子を探していたらポルナに出会うなんて幸運よね?」
「……小さくない、人は?」
「うん?」
「小さくない人は?」
魔女の言葉が棘のように刺さった。
好奇心と言うよりも恐怖の余りに少女はそう口にしていた。
と、笑う魔女がゴソゴソと腰の辺りから何かを取り出す。
血の滴る何かしらの塊だ。
「実験の材料よ」
「みぃぎゃ~!」
恐怖の余りに絶叫した。
ポルナは非戦闘系の魔法使いだ。その魔法を使えば魔女から逃れられるかもしれないが、基本争いを好まないのだ。出来るだけ他人に迷惑を掛けないように、でも迷惑をかけて生きて来たのだ。
でも施設に移動しそこで自分の力の無さを痛感した。生き残ることに必死になって足掻いて足掻いて……生きているのが辛くなった頃に出会ったのがノイエだった。
フワっとやって来て助けてくれた。友達になってくれた。『頑張って。わたしも頑張る』と励ましてくれた。それからはノイエの為にと今まで以上に頑張った。我慢した。
我慢したが……これは無理だ。相手が悪すぎる。
「ノイエ~! 助けて~!」
声の限り泣き叫びボロボロと涙をこぼす。
その様子に魔女は笑いながら接近する。相手が逃走を諦めたと確信したからだ。
『ちょっとアイル。いくら何でもやり過ぎよ』
「煩い」
頭の中に響いた声に歌姫の声に魔女は眉を顰めた。
『はぁ~。どうしてこんな馬鹿に彼が助けを求めるのかしらね?』
「……」
ピタッと動きを止めてアイルローゼはその顔を動かす。
何となく感覚で魔眼の中枢に視線を向けた。
「助けを求めているの?」
『ええ。アイルローゼを名指しでね』
「……」
言いようのない感情に魔女は胸の奥で痛みを感じた。
「あれは甘やかすと調子に乗るから」
『あら? そんなことを言うのね』
「……何よ?」
『いいえ。別に。ただ貴女の彼への愛情ってその程度なのかと思って』
「あん?」
目つきを凶悪な物にし魔女は壁の一点を睨んだ。
『調子に乗っても良いじゃないの。乗っても彼は貴女に国を1つ吹き飛ばせなんて言わないわよ。貴女が戦うことを毛嫌いしているのは知っているから……ただ今の姿を見たらどう思うかしらね?』
「どうってこれは胸を大きくして」
『彼に喜んで欲しいからって弱い者イジメをして……果たして彼が喜ぶと思っているの?』
「……」
真っ直ぐな正論に魔女は反論ができない。
『彼がその場に居たらポルナを助けるために貴女の前に立ちはだかるわよ。彼はそういう人だもの。だからこそ貴女だって彼のことを愛したのでしょう?』
「愛してなんて」
『はいはい。だったらまず何をするか分かっているわよね?』
「……」
掴んでいた手の中の……確かジャルスか誰かの胸の肉を投げ捨て、魔女は自分が穿いているスカートで汚れた手を擦り付ける。
「ポルナ」
「ひっぐ……ひっぐ……」
アイルローゼは両手で顔を隠し泣いている少女の頭に手を置く。
「ごめんなさいね。少し考えが変な方向に向かってたみたいで……目が覚めたからもう何もしないわよ」
「……本当に?」
泣きながら見あげて来る様子は本当に子供だ。確かポルナは自分より年上だった気が……と何かに気づいた魔女はその記憶を頭の中から追い出した。
「もう行って良いわよ」
「はい」
立ち上がりよろよろとよろけながら少女は逃げていく。
こんな弱肉強食な場所で生きるのは色々と難しい人物だ。ただ彼女の魔法は、
「人って切羽詰まるとそのズバ抜けた能力を忘れるのね」
『それほど貴女が怖すぎたのよ』
「煩い。歌姫」
軽く悪態をついて魔女は歩き出す。
「それであの馬鹿は何て言ってるの?」
『ん~。教えてあげない』
「歌姫?」
『だって悔しいでしょう? 私じゃなくて貴女を呼んでいるのよ? 嫉妬からそれぐらいの仕返しをしても良いと思うの』
「……なら仕方ないわね」
若干優越感で足取りを軽くして魔女は真っ直ぐ中枢に向かう。
偶然近い場所で良かった。これが深部とかであったら到着に一日を擁することもあるからだ。
『あれが傍に居たら誘導したんだけど……』
「歌姫?」
『こっちの話よ。あら? 誰かが遅いからリグが外に』
話を誤魔化しつつ歌姫はそのことを告げる。
実際はリグはもう外に出て戻って来た。魔力切れだ。
満足気に寝ている様子にレニーラとシュシュが彼女を抱え上げてどこかに運んで行った。変な儀式でも始めなければ良いが。
ただ何も知らない魔女は慌てた様子で走り出した。
真っ直ぐ走り中枢へと飛びこんで来た。
「リグは?」
「冗談よ」
「……歌姫?」
「だから言ったでしょう? 少しは嫉妬したくなるって」
クスクスと笑う相手にアイルローゼは軽く睨みつける。
それから視線を動かすと、ホリーと猫が寝ていた。あの猫が大人しく殺人鬼の枕になっているのが不思議ではあったが、それ以上に珍しい人物が視界に入った。
「クルシュ? 珍しい」
「あは~」
壁に背を預けて座って居るのは間違いなくクルシュだ。
「『雷鳴』が何でここに居るのよ」
「うわ~。自分が追いかけたことをもう忘れてる~」
「……ごめんなさい。本当に記憶にないわ」
「歌姫~」
「アイルって没頭するとそうなのよ。許してあげて」
何とも言えない様子で歌姫に苦情を言っている人物を無視して魔女はその目を外に向ける。
ノイエの視線を介して確認すれば、何故か彼はこっちに向かい拝んでいた。
『アイルローゼ様! どうか……どうかその太ももを! 僕に安眠を与えたまえ!』
『私じゃダメ?』
『違うんだノイエ。僕は我が儘だから両方を同時に味わいたい。そして味比べがしたい。こんな贅沢ができるのはノイエの足も素晴らしいからです』
『はい』
どうやら今日も変わらずあの2人は全力で馬鹿をしていた。
内心何か事故でもと焦っていた魔女は深いため息を吐いて……そして半眼になった。
「何よあれ?」
「枕が変わって眠れないそうよ」
「ふざけているの?」
「彼は本気みたいだけど?」
クスクスと笑う歌姫に魔女は胸の前で腕を組む。
「ふざけなさいよね。そんなことでこの私を呼んだの?」
「ええそうよ」
笑うことを隠さずセシリーンは笑顔で口を開く。
「ユニバンスで最も恐れられている魔女をそんな理由で呼び寄せているのよ」
「ふざけた話ね」
「そうね」
だが歌姫はその物を映さない瞳を魔女へ向けた。
「貴女を1人の女性として扱っている証拠じゃないの?」
「……ふざけてるわね」
怒った様子で魔女は歩き出す。
中枢の中心部分に存在する椅子のような突起に腰を下ろした。
「ちょっと行って注意して来るわ」
~あとがき~
最近ノイエの中の人たちの整理をしていたせいでポルナの存在を思い出しました。
ファシー。リグ。ポルナの3人がノイエの中の幼女三人衆です。リグだけは一か所バインバインですけどねw
誰か小さい人物…と思っていたら小さい人が大半死んでいる事実。よって急遽登場です。
この子は魔眼の中を常に逃げ回っているので捕らえるのは厄介です。何よりその魔法は魔法使い殺しなのでアイルローゼも不意打ちを食らうと死ねます。ただ戦闘力ゼロなので場合によっては返り討ちですが。あと魔法使い以外には無意味な魔法なのであっさりと殺されます。
正気に戻ったアイルローゼが外に出ました。
つまり主人公はあれの依頼を…謀ったな歌姫www
どうにか回復して本日分は書き上げましたが、明日の分が間に合うのか?
© 2022 甲斐八雲
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