先生の膝枕が恋しいです

 大陸西部・某所



「お~お~。流石過去の私。盗掘されていないっぽいわね」


『ここは?』


「昔に私が作った研究所の1つよ」


『いりぐちはひらいてますが?』


「でも中にまで侵入していないでしょう?」


『……』


 踏めば崩れる白骨体を乗り越え、師である魔女は弟子の体を動かし奥へと向かう。


「やっぱり無事だった」


 ちょっとした通路を向け、大量の白骨体が転がる場所で小柄なメイドは大きく頷く。


『わなですか?』


「違うわよ。用心棒を置いておいたの。あれよ」


『……』


 言われ少女は師が向けてくれた視線でそれを確認した。


『ひとですか?』


「ええ。確かT-何百だったかしら? 未来から来た殺人兵器を真似て作ったのよ」


『はぁ』


「あれを倒すには最後溶鉱炉で戦わないと無理よ。そうすれば自壊モードが発動して『アイルビーバック』とか言いながら勝手に死んでくれるわ」


『むずかしいです』


「そうね」


 別に魔女としては難しい話をした訳ではない。異世界の話をしただけだ。


 そんな用心棒をそこに置き、魔女は固く閉じられたままの扉を開いて中へと入って行く。

 最後に訪れたままで……研究所内は時間が止まっていた。


「静かね。耳が痛いほどに」


 辺りの様子を確認しながら、手当たり次第に使えそうな物を鞄の中に押し込んでいく。

 ただ前に来た時に大半を持ち去っていたから……目ぼしい物は余りない。本当に手当たり次第となってしまう。


「あら?」


 回収の手を止めて魔女は掴んだ瓶を中身に目を向ける。

 コロコロと何個か濃い褐色の球体が瓶の中を転がる。


『なんですか?』


「飴よ。飴玉」


『あめですか』


 言われて見てもポーラにはピンと来ない。ポーラの知る飴は大半が透明だ。後は色を付けられた物ぐらいか。


「これは手作りなのよ。砂糖が貴重だった頃の」


『なっとくです』


 弟子の返事に数度頷いて、魔女はその瓶を鞄ではなく弟子の成長少ない胸元へ押し込んだ。


『ししょう?』


「後で舐めようと思っただけよ」


 告げて気を取り直し作業を再開する。

 拾える物は大半を拾い集め……魔女は研究室を出るとまた通路を隠した。


「侵入者が来たら容赦なく狩りなさい」

「イエス。マイマム」

「そして……」


 出て行こうとした足を止め、魔女は用心棒を肩越しに見つめた。


「燃料が切れる前に自壊なさい。これは絶対の命令よ」

「イエス。マイマム」


 残される用心棒はその命令を受諾した。




 大陸西部・ゲート近くの商業区



「おうおうリグさんよ。どうしてそんな貴重な情報を僕に伝えなかったのかな?」

「……アイルに怒られる」

「あん? 魔女と僕とどっちが大切よ?」

「……前はアイル。今は同じ」

「うん。それはちょっと嬉しいかも」


 凄むのを忘れて素直に喜んでしまった。

 あのリグが僕を先生と同ランクにまで引き上げてくれたのだ。こんなに嬉しいことはない。


「そろそろ手が痛い」

「あっと忘れてた。リグが早くに教えてくれれば……この落とし前をどうつけてくれようか?」

「知らない。ボクだけが秘密にしていたわけじゃない」

「だが許さん」

「横暴だ」


 何とでも言え。今の僕は怒っているのです。


 ベッドの上で組み敷いているリグの腕は背中に回されタオルで縛ってある。

 逃れることはできない。この状態から逃れて反撃して来るのは……あれ? 最低でもノイエの姉たちの中には数人居るよ?


「リグが普通な人であってくれて感謝だな」

「意味が分からない」

「うん。何となく現実と言う名の何かを噛みしめただけ」

「どんな味がしたの?」

「苦くてしょっぱかった」


 きっとこれが苦渋の味なのだろう。


「そろそろ放して」

「嫌です」


 身を捩って逃れようとするリグの姿がとってもエロい。

 あれです。褐色の肌に白いシャツという組み合わせがいけないんだと思います。

 こんな姿を悪魔が見たら、きっと固い握手を交わすことだろう。それほどエロい。


 緊急脱出を考えて今回ノイエの寝間着シリーズは留守番だ。

 西部は東部より雨期が来るのが遅いと聞いていたから白いシャツを何枚か準備して来た。

 裸の上にシャツです。ブカブカのシャツです。色々と狙い過ぎです。


「放して」

「嫌です」

「……なら早くして」

「できたらもう少し涙声で」

「……頭、大丈夫?」


 医者に頭の心配をされてしまった。


「もう。リグはノリが悪い」

「面倒は嫌い」

「でも始めれば色々としてくれるくせ、痛い痛い」

「馬鹿っ」


 自由な足でリグが蹴って来た。

 本気で抵抗する気があるなら彼女はいつでも僕を蹴っ飛ばして逃れることができたのだ。

 何度か僕を蹴ったリグが背中を向ける。


「怒らないでよ」

「知らない。ボクはもう寝る」

「ダメ。眠らせない」

「放して」

「嫌だもん」


 リグを背中からギュッと抱きしめる。


「まだリグが満足するほど褒めてないしね」

「もう良い」

「僕が褒めたいんです」


 だから何度も何度もリグの耳元で彼女を褒め讃える。


 怪我人が居ればどんな状況でも最善を尽くす。立派なお医者さんだ。

 ナーファがそんなリグのことを尊敬と嫉妬交じりで色々と語っていた。まあ嫉妬の方が多めだったけれど、それでも純粋にリグの腕前を絶賛していた。


 確かに特殊な場所に居て色々と学ぶ機会が多いのかもしれない。けれどその機会を逃さず学んでいるのはリグの努力だ。努力しなければ経験は積めない。

 リグが世界一のお医者様になることだって僕は可能だと信じている。だってリグはいつも面倒臭そうにしていながら努力を怠らず、


「……もう止めて。恥ずかしくて死ぬ……」

「大丈夫。死なないように心臓をマッサージするから」

「ただ胸を揉みたいだけ?」

「そうとも言う」


 下心全開だけど、でもリグも悪い。だってリグも可愛いノイエの姉なのだ。


「……ねえ」

「はい?」

「解いて」


 縛ったままの腕をリグが動かす。


「どうして?」


 ちょっと意地悪かな?

 でもリグが肩越しに振り返った。顔を真っ赤にして。


「言わない」

「なら」

「でも……することはする」

「恥ずかしがり屋さんめ」


 笑いながら僕はリグの戒めを解いた。




 頑張ってしまった。

 旅行先のハイテンションはどうやら僕も該当していたらしい。


 途中で本気のリグが『もう止めて。それか戻る』とか言い出すほどに頑張った。

 今はグッタリとして隣で眠っている。さっさと元に戻ればいいのにとも思うが、中枢は今殺伐とした状況らしい。魔力が切れるまでここで寝ているそうだ。


「マニカか……」


 居る可能性は高いかもとは思っていたが、本当に居たか。あの伝説の娼婦。

 別にノイエの姉の中に娼婦が居ることが悪いとは言わない。言わないけど……あれってどんな人物でも相手をするし、何よりお客さんを必ず腰抜けにする天性の業師だとか。

 一度彼女のテクを味わったら終わりで、それこそ抜け出せない沼とも言われていたらしい。


 結果何度も通い続けて死んでしまうお客さんが数多く出た。

 魔性の女。客殺しの娼婦。付いた二つ名が『毒花』だ。


 ただ思う。僕も結構危ない回数する時があるけど、そんな簡単に死んではいない。

 もう死ぬぞ~とか思ってから人間結構踏ん張れる。その状態から相手を死に至らしめるマニカって……何か危ない魔法とか使ってるんじゃないの? それか薬か? 白いあれか?


 そう考えれば彼女のお客さんが数多くお亡くなりになっているのも納得だ。

 つまり薬が無ければ凄腕の娼婦なだけと?


「うん。無理」


 やっぱり無理。体験したいとかじゃなくそんな人がノイエの体を得て……考えたくもない。

 何だかんだで僕は独占欲が強いんだろう。ノイエが他の人とか考えたくもない。NTRは絶対に阻止せねばならん。

 どうにかしてマニカを始末して永遠に外に出ないようにするしかないってことか……どうやって? 簡単だね。強い人に頼めばいいんだ。


 そっと眠るリグの耳元に唇を寄せる。


「先生。先生。大好きな先生。ちょっとだけ出て来てくれると嬉しいな」


 モゾっとリグが動いた。


「先生の膝枕が恋しいです。見知らぬ土地で慣れない枕で苦労しています。だから先生の膝枕が物凄く欲しいです!」


 これで出て来てくれるかな?




~あとがき~


 西部に点在している研究所を漁る刻印さん。

 何て物を作って用心棒にしているんだかw


 主人公はマニカが暗殺者とは知りません。だって有名な娼婦でしたから。

 結果としてお嫁さんの身を心配するあまり…魔女に始末を依頼する方向で。



 現在頭痛と39度の熱で作者さんは死にかけております。

 明日の更新は回復次第です。今日アップできたのは半数以上書いてあったからです




© 2022 甲斐八雲

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