どうかマニカを退治してください!

 大陸西部・とある宿屋



「さあ来い」

「ノイエさん?」

「はい。はい」


 パチパチと自分の太ももを叩いてノイエがウエルカムだ。

 リグが戻ってからずっと誤魔化し続けたが……もう無理か? このまま頭をあの太ももに預けたが最後、間違いなくノイエに食べられる。

 そう考えるとノイエの太ももが新種の化け物に思えて来た。


「アルグ様」

「ええい。ままよ」


 覚悟を決めて正面からお嫁さんの太もも飛び込む。

 正座しているノイエの太ももの谷間に顔を押し付けて……どうして女の人ってこんなに柔らかいのでしょう?

 ドラゴンを殴り飛ばし蹴り飛ばすノイエでも触れるとビックリする。筋肉質ではない事実にだ。


「むほ~。この谷間がっ!」

「……」

「あれ? ノイエさん? どうして後頭部に肘が? グリグリと?」

「それはね、馬鹿弟子? とんでもなくくだらないことで呼び出された私の恨みなどを込めているからよ」


 あっ先生でしたか。


「のがっ! 後頭部にグリグリって!」

「謝りなさい。そして後悔しながら死ぬが良い!」

「うわ~。マジで痛いからっ!」


 ゴリゴリと後頭部に肘がっ! こうなれば緊急回避っ!


「って何処を! ひゃんっ! 舐めてるのよ馬鹿っ!」


 怒った先生が肘を退けたので急いで抜け出す。

 バンと振り下ろされた先生の両手がベッドのマットレスを叩いてた。


 ふ~。危ないぜ。


「この馬鹿弟子っ!」

「まさかの追撃っ!」


 枕を掴んだ先生が投げて来る。それをキャッチしていたら二発目がっ!

 ガッツで顔面で受け止めて我慢するとついで先生が飛び込んで来た。


「のがっ! 今日は激しいなっ!」

「煩い馬鹿!」

「首を絞めないで~」


 先生の両手が僕の首を絞める。

 ただこんな時ばかりあの制御機能が発揮されて軽く締められるのだ。何この生殺しは?


「何よ! この体はっ! ベトベトじゃないの!」


 と、首を絞める先生が全裸の自分を見て……気づきましたね?


「あ~。うん。実はリグと……てへっ」

「てへじゃないっ! この浮気者っ!」

「のが~! 振らないで! 前後の首振りは禁止~!」

「いつもいつもいつもいつも! この節操無しがっ!」


 失礼な。


「節操はある! ただ半数は向こうが襲ってくるだけで~!」

「残り半分は貴方が襲っているってことでしょう!」

「てへ」

「てへじゃない~!」


 マジお怒りの先生にシェイクされ続けて軽く戻しそうになった頃に解放された。




「本当に信じられない。この野獣」

「ごめんなさい」


 怒れる先生が腕を組んでプイっと僕から顔を背ける。

 僕は定位置と言うか慣れた体勢になっている。人はこれを土下座と言う。

 土下座慣れしているっていうのは人としてどうなんだろう?


「でも先生?」

「何よ?」

「えっと……一応僕はお嫁さんたちにしか手を出していない訳で?」

「ファナッテとエウリンカは」

「大変申し訳ございませんでした!」


 全力で顔面をマットレスに押し付ける。


 カウンターが痛すぎます。そう言われるとその通りでしたね。

 どうして僕はあの2人に手を出してしまったのだろうか?

 うん。ノイエの姉たちが魅力的なのが悪いんだと思います。はい。言い訳です。


「その内この魔眼に住む女性全員を食い物にするんじゃないの?」

「あ~。流石にそれは無いかと。というか1人だけ絶対に手を出さない相手が居ます」

「誰よ?」

「馬鹿従姉」

「……まあ親戚にまで手を出したら流石にちょん切るけどね」


 誰の何処の何をですか?


「グローディア以外なら手を出すのね?」

「飛躍的過ぎますって。流石に全員は……色々と危ない気がしますしね」

「どうだか。言い寄ってきたら抱くんでしょ? 最低っ」


 先生の目が軽蔑した……気のせいか最近よくそんな目を向けられる気がします。

 僕は汚物ではありませんから。


「ん~。出て来ても害のない人だったら良いんですけどね」

「あん?」

「最後まで話を聞きましょうよ! 指をバキバキしないの!」


 攻撃的な先生をどうにか宥める。


「出て来るとノイエに迷惑がかかる人って居るでしょう?」

「……ファシーやファナッテを手懐けておいて何を言ってるのよ」

「大変申し訳ございませんでした!」


 またマットレスに埋まれとばかりに顔を押し付ける。


「でもそうね。確かに何人かは危ないわね」

「でしょ?」

「でもそんな危ない人も『個性』とか言って手懐けるんでしょう?」

「否定はしないけど……先生! 詠唱はらめ~!」


 相手の腰に縋りついて命乞いをする。ここで乞わねば僕がマジで逝く。


「でもでも先生」

「何よ。何処を触っているのよ!」

「お尻。本当は先生の本体の方を触りたかったけ、どっ!」


 蹴られた。


「痛いっす」

「いい気味よ。馬鹿」


 蹴られた衝動でベッドから転がり落ちそうになりながらも踏ん張って元に戻る。

 先生はまた腕を組んでお怒りモードだ。


「ただね。個性で片付けられない人も居るでしょ?」

「誰よ」

「マニカ」


 スッと先生の視線が動いて僕を見た。

 何処か冷たい感じのするその目は出会った頃の魔女の目だ。


「誰に聞いたの? あれが居るって」

「怒らないであげてね? 現在魔眼内を彷徨ってて大変なことになってるってリグが言ってた」

「……彷徨っている? あれが?」


 目つきが元に戻って先生が少し驚いた表情に変化した。


「知らないの?」

「最近ちょっとした実験をしていて……それでか。あの歌姫」

「歌姫?」


 どうしてセシリーンの名が?


「私も魔眼の中を探索していたけどあれには出会わなかったわ」

「でも居るって。結構な数が襲われていたって」


 次いでだからリグから聞いた話を先生に聞かせる。


 具体的な人名は上げなかったが、リグはファシーに連れられて深部に出向きそこで死体の確認をしていたそうだ。

 ただその死体を全て作り出したのはマニカではなく別の第三者が居たとか。その辺の話は詳しく聞いていない。


「そう。あの馬鹿が動き出してたのね」

「そこで先生!」

「何よ?」


 本日の本題です。


「どうかマニカを退治してください!」


 全力で土下座だ。もう先生を頼るしかない。


「嫌よ。あんな変態暗殺者……見たくもない」

「変態、暗殺者?」


 はい? マニカって伝説の娼婦でしょ? 違うの? 同名の偽者?


「そうよ。マニカは暗殺者よ」


 ふうとため息を吐いて先生がようやく腕組みを解いた。


「娼婦でしょ? 伝説的な?」

「それは仕事の都合で、標的がその手の店を愛好していたから暗殺の為に始めたのよ。結果として娼婦としての名が売れてしまって辞められなくなってしまったようだけど」

「そうなの?」


 何となく合点がいった。


「お客さんが結構な数、亡くなっているのは?」

「彼女の暗殺よ。まさか裸の付き合いをしている相手が暗殺者とは思わないでしょ?」

「もう先生ったら。裸で突きあいだなんて~。ごめんなさい。詠唱はダメ~!」


 マジ詠唱を開始した彼女の腰に抱き着いて命乞いをする。冗談。冗談だから。


「本当にこの馬鹿は……まあ私も詳しいことは知らないわ。そういう話を聞いただけ」

「誰に?」

「カミューよ」


 最も確認が取れない人物からの情報か。


「カミューはあれと馬が合ったというか、良くノイエのことで追いかけ回していて……それで身の上話を聞いたみたいね」

「カミューなら相手が娼婦と知った時点で殺しそうですけどね」

「ええ。そんな風に動いていた時期もあったわ。マニカがノイエにろくでも無いことを教えようとしてそれを知ったカミューが激怒して……あの時だったわね。マニカが暗殺者だと分かったのは」

「ほう。どうして?」

「簡単よ。あれが商売道具でカミューを殺そうとしたそうよ」

「商売道具?」


 すると先生は赤くて長いノイエの髪を手に取った。


「これよ」

「髪の毛ですか?」

「そう。彼女はこれで対象の首を絞めて絞殺するの」


 何それ? それなら確かにって。


「でもそれだったら、こう首に絞め殺した跡が残って」

「ええそうよ」


 先生も素直に頷く。


 いくらこの世界が異世界で文明が地球より劣っていても絞殺死体の見比べぐらいはできる。何より首を絞めるとその跡が残るのだから。


「でも髪の毛一本で首を絞めたら?」

「……」

「それが『毒花』と呼ばれたマニカの暗殺方法よ」




~あとがき~


 激おこアイルローゼは主人公に…厳しくなるわな。

 ただ嫌いになれないのが現在のアイルローゼなんですけどね。


 マニカが暗殺者と知った主人公は色々と合点がいきました。

 彼女のお客さんに死人が多いのは、燃え尽きたわけでは無くて命の火を消されているから。

 ただ彼女の場合は色々とあれ~であれ~なのであれ~なんですけどね。


 次回、作者…色んな限界に挑戦するの巻!

 作者を含めみんながマニカを恐れている理由がたぶん分かると思います…




© 2022 甲斐八雲

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