だってマニカでしょう?
大陸西部・ゲート近くの商業区
「アルグぅ~さまぁ~」
「落ち着けノイエ」
「ごぉ飯~」
空腹で何かを忘れたノイエが迫って来る。
ホラー映画のように這って近づいてくる姿は正直怖い。
周りの人たちも一斉に離れてこっちを何とも言えない視線で見つめるぐらいだ。
だが僕には出来た妹が……ポーラさん? ちょっとポーラさん? どうして貴女は居ないの?
振り返ると奴が居ない。
あの悪魔~! こうなると分かっていたな!
「アルグ様ぁ~!」
うおっ! 一瞬で間を詰めて来たノイエが僕の腰を掴んで這い上って来る。
落ち着けノイエ。ご飯ならある。誰か~! 何でも良いので食べ物を~!
「もうお姉さまったら……だからもっとご飯を食べてと言ったのに」
横合いから3斤パンが姿を現した。
が、瞬時にアホ毛がそれを掴んでノイエがモグッと飲み込んだ。
ってだからご飯は良く噛んで! 悪魔! おかわり!
「お兄さまもお姉さまも本当に欲しがりなんだから~」
と言って何処にパンを構えている? その突き出したパンの意味を僕に語れ。
そしてノイエさん。迷うことなくパンに食らいつかないの。落ち着いて。女性としてその姿は……周りの野郎ども! 視線を逸らせ! こっちを見るな!
あっという間にパンを食べたノイエに悪魔が今度は太いハムを構えた。
やらせないよ? そんな姿を公衆の面前で晒させるかボケっ!
悪魔からハムを奪ったら、ノイエの視線が僕を見る。
よ~しよし。ノイエさん。これか? これが欲しいのか?
アホ毛でけん制して来るな。大丈夫。ちゃんとあげるから……とりあえず、
「一時退却~!」
ハムでノイエを釣ってゲートの前から逃げ出した。
「あむあむ……」
ノイエが幸せそうにアホ毛を揺らしてハムの塊を食べている。
僕はそれをぐったりとしながらテーブルに寄り掛かって見つめていた。
ポーラが持って来た食料は早々に全て食べ尽くし、逃げ込んだ食堂兼宿屋にてノイエは本領を発揮している。もう調理は後で良いからとハムの塊をあるだけ全て出して貰った。
大皿に並べられて運ばれてきたハムをノイエはずっと食べている。
最初『よく食べる娘さんだな~』と見ていた周りの人たちもノイエの底なしに恐怖してもうこっちを見ていない。
はい? ハムが底を尽きたの? 次はベーコンでも焼いてそれを下さい。
お代ですか? この宝石を換金してくれる商人さんは居ますか~? ってここに居るのは大半が商人? 話し合って決めるから待って欲しい?
売り手の前で談合しないで~。そうじゃなくて大粒で純度が高いから1人じゃ払えない?
流石帝国からパクった……帝国産の宝石って凄いんだね。
「にいさま。のみものです」
「おう」
元に戻ったポーラがテキパキと動き回っている。
ノイエがこの店に入ってから次から次へと粗相をしているが、その全てをカバーしているのがポーラだ。どれも完璧に対処し、ついでに給仕までしている。
だからウチの妹様はコミュ力が高すぎませんか? ユニバンスのメイドであればこれぐらい普通? 君の妹分は結構人見知りな感じがするけど? それもちゃんと加工するから心配要らない?
違った意味で心配になるけど僕も加工を頼んだ身だからな~。
僕に飲み物を出したポーラが話し合いをしている商人たちの輪に突入した。
何をするのかと思えばちゃんと話し合いを纏めて……妹の優秀さにドン引きだよ。
「は~。兄ちゃんのメイドは働き者だね」
「でしょ?」
焼いたベーコンを大皿に盛った女将さんがやって来た。
それをノイエの前に置くと……流石のアホ毛も脂ぎったベーコンは掴みたくないようだ。
ノイエが両手にフォークを装備してベーコンに立ち向かう。ナイフを必要としないお嫁さんに軽く引きます。
「こっちのお姉ちゃんはよく食べるし」
「でしょ?」
お嫁さんと妹を褒められるのは嬉しいのです。
「でお兄ちゃんは大金持ちみたいだしね」
「あはは~」
まさかこんな騒ぎになるとは思わなかったけどね。
「で、女将さん」
「はいはい。宿だろう?」
「一番高い部屋で」
「はいよ」
ノイエの食欲に若干引き攣った笑みを浮かべ女将さんは急いで厨房に戻った。
もう半分食したか。流石ノイエだ。
「アルグ様」
「ほい?」
「しょっぱくて美味しい」
「大陸の東と味付けが違うのかな」
一瞬で移動したとはいえ大陸の東から西に来たわけだ。
絶対に味付けの類とか違うよな。
ただ言葉は統一されているので若干方言があるぐらいで何処に行っても困らないらしい。
何でもその昔、ある魔女たちが『言葉が違うと面倒でしょう? だから統一するのよ。歯向かう奴らは退治しちゃうんだから!』と日曜な朝のアニメくらい軽い口調で宣言して実行したとか。
恐ろしい人たちも居たものだ。
その人物らしい1人が妹に宿って現在商人さんたちを掌握しているけど。
「制覇したい」
「それは確かに必要だね」
「はい」
やる気を見せるノイエも多少お腹に物が溜まったのだろう。会話することを思い出したしね。
「女将さ~ん」
「何だいお兄ちゃん」
厨房から顔を覗かせる女将さんに言う言葉は決まっている。
「ここのメニュー。全部一皿ずつ持って来て」
「……本気かい?」
「本気ですが何か?」
「……」
女将さんは厨房に戻る。
そしてノイエ対女将さんの熾烈なフードバトルが開始された。
「あたた~。壁があるとか聞いてないです~」
「クルーシュが来るって聞いてないもん」
「そっか~」
壁を取り除かれた中枢に入って来た女性は、ちょこんと座り真っ赤にした額を撫でていた。
何処かぼんやりとした感じのする女性だ。焦点が定まっていないのか座って居ても視線がフラフラしている。金髪碧眼のユニバンス色と呼ばれている色を持った、全体的にふんわりとした可愛らしい女性だ。
「で、何で来たの?」
面識のあるレニーラが質問をする。
シュシュは少し離れて様子を伺い、歌姫はマニカの追跡を続けている。ぐったりとしたリグは時折痙攣しては……まあそう言うことだ。
見慣れない景色に視線を巡らしていたクルーシュはレニーラに目を向けた。
「魔女に追われたんだよね~」
「あ~」
自分の胸を見ている相手にレニーラは何かを察して歌姫を見る。
「アイルは胸の小さな女性を探しているわ」
「ぞ~」
事実を知ったシュシュが声を荒げるが仕方がない。
何故ならシュシュとクルーシュの胸の大きさは……クルーシュの方が幾分小さいぐらいだ。
「どうして魔女はそんなことを?」
「……胸を大きくする実験をしているのよ」
「納得した」
レニーラは歌姫の言葉に深く頷いた。そして納得した。
どうもあの魔女は自分の胸に凄いコンプレックスを抱いている。それ以外が優れているのだから胸ぐらいと思うが、そう思っているのは自分だけらしい。
魔女の考えることはよく分からない舞姫だった。
「私もレニーラぐらい欲しいと思うけど~」
「重いよ?」
「一度その重さを味わってみたいんだよ~」
ホワンと笑いながらクルーシュは手を伸ばしてレニーラの胸を揉む。
柔らかいのにハリがあって……本当に羨ましい。
「はわ~。この重さを自分の胸で支えてみた~い」
「肩凝るよ? 魔眼の中だから苦じゃないけど」
「その言葉を言ってみたいんだよね~」
ホワンホワンと笑いながらクルーシュは視線を動かす。
地面に横たわっているその存在を見つけて目を丸くした。
「何か凄いのが居るね~」
「リグだね」
「ほ~。あれが小さいのにおっきいと有名な~」
パンパンと手を合わせてクルーシュは横になっても流れない双丘を拝んだ。
と、何となくクルーシュと会話していたレニーラは気づいた。それに気づいた。そして拳を握った。
「この手があった~!」
「はわわ~。ビックリした~」
傍で声を上げたレニーラにクルーシュは目を丸くする。
「クルーシュ!」
「はわわ~」
「ちょっとお願いがあるんだけど!」
「……お願い?」
ホワンとした笑みを浮かべクルーシュは舞姫を見る。
「全力で手伝うからさ」
「うん?」
「ちょっとマニカを退治して欲しいんだけど」
「……」
舞姫の声にスッとクルーシュの表情が無になった。
「嫌だよう。あんな変態」
「そこを何とか!」
「え~」
深々と頭を下げる舞姫にクルーシュは心底嫌な顔をする。
「だってマニカでしょう? あの伝説の娼婦だよね?」
別に娼婦を軽蔑しているわけではないが、それでもクルーシュは嫌な顔を継続したままだ。
「男女問わず対象相手を自分の腹の上か下で殺し続けた暗殺者だよね?」
「です」
相手の言葉にレニーラは全力で肯定した。
マニカが厄介なのはその1点だ。
背後を取られて“寝技”に持ち込まれたら絶対に勝てない。
何故なら彼女は、その手管で数多くの“客”を虜にして殺して来た暗殺者だ。
付いた二つ名は『毒花』だ。
美しい花には毒があるという意味で付けられた名だ。
「嫌だよ~」
それを知るクルーシュは全力で拒絶する。
マニカに掴まれでもすれば、それはそれは恥ずかしい姿で殺されると知っているからだ。
果てた状態の死体を晒すなんて……想像したくもないほどに嫌すぎるからだ。
~あとがき~
暗殺者としては無名でも別の方向では超有名だった人物…それがマニカ。
この物語を書き出した頃はここまで色々と煩くなかったから出せると思ったんだけどね~。
よってマニカの場合は深くキャラを掘れない。その話だけR18になってしまうからw
主人公たちは西部に移動しまたが、普段と変わらないみたいです
© 2022 甲斐八雲
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