はわわ~

 ユニバンス王国・王都北側ゲート区



「……けふっ」

「ノイエさん?」

「食べ過ぎた」


 お腹を摩るノイエから衝撃なひと言が!


 ノイエに満腹って概念が存在したんだ。ビックリです。

 軽く体を揺すりノイエが大食いチャンピオンのように胃の中に隙間を作り出す。


 だからそれは隙間作りであってまだ食べるの?


「ミネルバさん」

「はい」


 転移に関する最終手続きを終えて戻って来たミネルバさんに声をかける。


「ノイエはどれほど食べたの?」


 僕がコロネの加工を頼んでいる隙にノイエは黙々と食べ続けていた。

 余りにも静かに気配を消して食べ続けていた彼女に全く気付かなかったのが運の尽きとも言える。暴食の限りを尽くしていた。


「本日の営業が終了する程度に御座います」

「そっか~」


 食べ尽くしたのね。今日の仕入れた全てを。


「まあ良いか。で、ポーラは?」

「はい。あちらに」

「……はい?」


 荷物が移動しながらこっちに来る。荷物では無くてあれは妹様らしい。


 ポーラさんポーラさん。今の会話を聞いていましたか? 知らない? ですよね。

 で、その背中の背負子は何ですか? 全てノイエのお弁当? ノイエさんはお腹いっぱいらしいよ? そんなのは一時のことでノイエは直ぐにお腹を空かす? 何その自信は? 賭けても良いって……何を賭けるの? 西部に飛んだら夜な夜な出かけるのを気にしないで欲しい?

 あの悪魔の企みならば仕方ないな。でも流石のノイエもそんな直ぐに消化しないと思うよ? 賭けの成立? まあ良いけどね。


 ヒマラヤの荷物を運ぶ人かと思うほどの荷物を背負うポーラを先頭にゲートへと向かう。

 ユニバンスに残りお屋敷やらコロネの管理もするミネルバさんの見送りを受け……虹色の薄い膜が発生している石の門の前に立つ。


 この『異世界』って感じに少しだけドキドキする。ここに突入すれば西部に存在するゲートだ。瞬間移動だ。転移魔法だ。凄いぞ異世界。

 もう何度か体験しているけど回数が少ないからまだドキドキを忘れていない。


「アルグ様」

「どうかしたの?」


 ノイエが僕の手を握って来た。ギュッと指を絡める恋人繋ぎだ。

 絶対にはなれたくないって強い意志を感じる。


「食べられそう」

「斬新な意見だね」

「私、美味しい?」

「ノイエは美味しいよ」

「はい」


 ピタッとノイエが僕の腕に抱き着いて来た。


「楽しみ」

「……」

「今夜は眠らせない」


 あれ~? 僕はどこかで選択肢を間違えたでしょうか?


 待機しているポーラの横に立ちノイエと一緒に一歩前へ。

 虹色のモヤモヤが僕らの足を飲み込んでいく。


「そうそうお兄さま」


 ふとポーラの声に顔を向けると、片目に模様を浮かべた妹様が笑っていた。


「ちょっとお姉さまから魔力をいっぱい貰うんで宜しく」

「悪魔~!」


 ノイエに引きずられ、僕はそのまま虹の中に入って行った。




「大変よ!」

「ぞ~?」


 レニーラに軽く踊りを習っていたシュシュは動きを止めた。

 正直飽きていたがすることも無いから踊っていただけだ。リグも誘ったが、暴れる胸を見てて逆に可哀想になったので途中退席を願い、今はまた歌姫の腕の中に居る。背中から抱きしめられている状態だ。


 そんな医者を抱いていたセシリーンが慌てた様子を見せている。

 余程混乱しているのか抱きしめているリグの胸を鷲掴みにして捏ねていた。


「カミーラが対戦を拒否したわ!」

「「「はい?」」」


 レニーラ。シュシュ。リグが思わず聞き返した。ホリーは隅で横になって寝ている。彼女が枕にしているのは死んだ猫だが誰もツッコミなど入れない。

 殺人鬼であるホリーには良く似合う枕だとも言えるからだ。


「だからカミーラが対戦を拒否したの!」

「「「……」」」


 それは想定外だった。

 あの最強が挑んでくる人物を拒否することがあるとは……でも十分に考えられた。何せ挑んだ者があのマニカだ。


「でもあのマニカが諦めたりしない。あれは間違いなく頭の中の何かが切れているしね」

「ぞ~」


 レニーラの言葉にシュシュが全力で頷く。

 カミーラが拒否してもマニカが諦めないはずだ。迷うことなくカミーラに挑んで返り討ちにでも会う予定だった。仮にカミーラが倒されたら……次は誰に挑むのだろうか?


「カミーラに粘着して殺されるよね?」

「……逃げたわ」

「「はい?」」


 歌姫の返事にレニーラとシュシュが首を傾げる。リグは指を噛んで何かに耐えている。


「だから尻尾を巻いて逃げたのよ。カミーラは」

「「……」」


 まさかの事態が続いている。あのカミーラが逃げる?


「最強だよね?」

「ぞ~」

「でも逃げたの?」

「ぞ~」

「最強って?」

「何だぞ~?」

「知らないわよ。私に聞かれても」


 抱きしめているリグの胸を捏ねて気晴らしをしている歌姫は、深い深いため息を吐きだした。


「今も逃げているわ。ただ流石にこっちでは無くて深部に向かっているから……そこでマニカを殺してくれれば良いんだけど」

「その前にカミーラが振り切るんじゃないの?」

「……みたいね。もう2人の距離が開きだしたわ」


 レニーラの予想通りこのままではマニカは引き離されてカミーラを逃すだろう。


 あの暗殺者には絶対的な不得意がある。むしろ得意な物が限定されているとも言えるが、彼女は近接戦闘しかできない。中距離や遠距離の戦闘だと絶望的なのだ。


「あっさりと引き離されたわ」

「だよね。本気のカミーラとか絶対に足とか速そうだし」

「ぞ~」


 カミーラとは戦うことに関しての才能が具現化したような人物だ。足も速ければ身軽でもある。


「どうするの?」

「ん~」


 レニーラの問いにシュシュはクルクルと回った。


「分かった~ぞ~」


 ピタッと止まってシュシュは笑みを浮かべた。


「アイルローゼをぶつけよう。それが一番だぞ」


 もうこれしかない。


「問題はアイルローゼを見たマニカが逃げるかも?」

「ぞ~」


 その可能性はある。何せ相手が遠距離最強の魔女だ。マニカは勝機を見いだせずに退却する可能性が高い。そうなると絶望的だ。もう終わりだ。


「魔眼の中をマニカが徘徊するとか最悪だぞ~」

「だよね。もうこれで魔眼の中を見て回れなくなる」

「……」


 2人の言葉にセシリーンは考え込む。

 この2人が魔眼の中を見回っているおかげで色々と気付くことも多い。それを失えば自分の耳が頼りだ。

 現状雑音が支配している魔眼の中に意識を向けるのは辛い。


「ダメよ。やっぱりマニカを討たないと」


 覚悟を決めて歌姫は口を開いた。


「そうしないと外の彼に何かあった時に手伝えなくなる。それでも良いの?」

「「……」」


 その言葉を持ち出されると辛い。辛すぎる。

 だが最強すら逃げ出すマニカを誰が相手をするのか?


 歌姫は両手で丁度良い何かを捏ねながら考える。


「アイラーンは?」

「たぶん~無理~だぞ~」


 近接なら上位に入る人物ではあるが、アイラーンではマニカには勝てない。


「なら誰か……スハは?」

「最近見てないね」

「ぞ~」

「死ん、でた」


 指を噛んで何かに耐えていたリグが口を開いた。


「深部で。たぶん。マニカ」

「あ~。スハって何気に正義感強いからね~」

「ぞ~」


 レニーラとシュシュは何となくで納得した。

 たぶんマニカが湧いて出た時に深部の非戦闘員を救うために立ち向かったのだろう。


「スハって非処女だったよね?」

「ぞ~」

「それぐらいじゃダメか」


 男性経験がある程度では、やはりあれには勝てない。


「やっぱりホリーが最適だと思うんだよね」

「それか~レニーラ~だぞ~」

「喧嘩売ってるの?」

「頑張れ~だぞ~」


 フワるシュシュをレニーラが追う。


「誰か居ないの?」


 歌姫の声に……追いかけっこをしていた2人の視線が寝ているホリーを見た。


「ここはやっぱり」

「だぞ~」


 最強の暗殺者には最強の殺人鬼をぶつけるしかない。

 ホリーは『相性が悪い』と言ってたが、ホリーも中々の変態だ。多分耐えられる。


「ホリーが頑張っている隙に首を取るしかないね」

「ぞ~」


 そうと決まればシュシュはフワっと魔法を、


「はわわ~」


 ゴチンと言う音に中枢に居る者たちの顔が動いた。死んでる猫と寝ているホリーと盲目の歌姫はそれを見ていないが、残りの者たちははっきりとそれを見た。

 シュシュが作った出入り口に張り付く人間の……痛々しく恥ずかしい姿に何とも言えない目を向けた。


「……クルーシュが何で?」


 レニーラの声に、シュシュとリグは首を傾げた。




~あとがき~


 あっ忘れた。もう1人出るんだったw

 そんな訳で最後の最後にクルーシュの登場です。

 彼女の活躍は…使い勝手の悪いキャラなんだよな~。


 ゲートを使用したノイエたちは…ノイエの魔力が大量に奪われます。さあどうなる?




© 2022 甲斐八雲

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