ころねのこれは?
ユニバンス王国・王都北側ゲート区
この国で最も有名な人物が行動しているおかげで発見するのは簡単だった。
ちょっとした広場で彼らは待っていた。先にお店にでも移動して転移の時間までのんびり食事でもしていれば良いのに……この優しさが“兄”と“姉”の人柄だ。本当に優しすぎる。
小走りで先輩メイドと主人の元に向かった小柄なメイドは、兄たちの前にたどり着く前に2人の元に残しておいた後輩メイド見習いに行く手を阻まれる。
そして彼女の“暴走”を見た。
「……」
ゆっくりと小柄なメイドは首を傾げる。
白くてサラサラの髪が横に流れるが、でもメイドは首を傾げるのを止めなかった。
「何をしていたのかしらこの先輩は!」
「……」
「旦那さまを放り出し浮かれて走り回るなんてメイド失格よ!」
今にも泣き出しそうな顔で指を向け、全身を震わせているのは後輩のメイドだ。
自分よりも小柄だし何よりまだメイドですらない。見習いだ。ただ『可愛いから良いんじゃない?』と兄のひと言でメイド服を着せられているだけの素人だ。
ただ相手の指摘は間違ってはいない。いくら瞳の中の師である人物が暴走したからと言っても自分は兄と姉の専属メイドだ。それが主人たちを置いて勝手をしたのはメイド道に反する。
トコトコと歩き、何故か満足気にこちらの様子を見ている兄の前に立つ。
腕を組んで上機嫌で頷いている兄は……たぶん弟子の暴走は彼の仕業だろう。何を企んでいるのかはこのまま泳がせて確認する必要がある。兄の暴走に付き合ってあげなければならない。それが彼の専属メイドの務めである。
「にいさま。もうしわけございません」
「そうよ。浮かれて暴走するなんて!」
涙目で言い捨てて来る弟子は、今にも恥ずかしさで死にそうな顔をしている。
人は羞恥で死ねるのか確認してみたくもなった。
「それでにいさま。ころねのこれは?」
「何を言っている妹よ。コロネは前からこうだっただろう?」
「……はい?」
またメイドは首を傾げた。
コロネと呼ばれた最も小柄なメイドは口を挟もうとして言葉を見つけられないのか、増々涙目になって色々と我慢している。
その姿に何故だか『頑張って』と声援を送りたくなる。
「コロネはこれが普通なのだ!」
どうやら兄は間違いなく暴走しているっぽい。確定だ。
「コロネは解き放たれたのだ! 昨日までのコロネはもう死んだ! この場に居るコロネは本来の自分を曝け出した本当のコロネなのだ!」
「はあ」
とりあえず合いの手がてらに白髪のメイドは頷いた。
「ポーラを慕っていたコロネはもう居ない! 今のコロネは君に激しい対抗心を持つメイド見習いなのだ!」
「めいどとみならいとではそのさが」
「気にするな妹よ! コロネの才能をもってすればあっという間に一人前のメイドになれる!」
兄の暴走は止まらない。止まらないがポーラと呼ばれたメイドは一緒にこの場所に来た先輩メイドに視線を向けた。
彼女は静かに頭を左右に振っている。それが何を意味しての物かは聞かないでおく。
「さあコロネよ! 君の本性を見せるが良い!」
「……」
兄の命令にコロネは顔を真っ赤にし、膝から崩れて地面の上に両手を突いた。
「もう一層……殺してください……」
ポーラにはその本音の方がコロネの本性な気がした。
「ポーラに従順なメイドなんて面白くないやん」
兄の言葉にお茶の準備をしていたポーラは何とも言えない穏やかな視線を向けた。
『あ~。またいつものですか?』という思いを視線には込めているが相手に伝わっているかは謎だ。
テーブルに頬杖を突いた兄は眠そうな表情で言葉を続ける。
「ウチの屋敷に限らずお城もハルムント家もみんなして『ポーラ様~』とか言ってさ。叔母様ぐらいじゃん。ポーラに厳しいのって」
とんでもないことを言い出した。
確かに先輩方は普段優しくしてくれるが……ポーラは反論の言葉を飲み込み、簡単な物を口にする。
「たんれんのときはみなさんきびしいです」
「そんな僕の目に映らない光景など知らん!」
「……」
ため息を吐きたくなったがポーラはそれを我慢した。たぶん兄は娯楽に飢えているのだ。だからこんな遊びを考えついて遊んでいる。付き合わされる自分よりもコロネの方が可哀想だ。
流石に復活する兆しが見えないから今は並べた椅子に腰かけた先輩……ミネルバの太ももを枕に泣いている。声を殺して泣いている。
「それでころねをくるしめるのは?」
「大丈夫。まだまだだ」
「……本気で酷い!」
コロネが全力で悲鳴を上げたがあれが本心だろう。
誰だってそう思う。兄の言っていることは本当に無茶苦茶だ。
「だがコロネもまだまだ付け焼刃。僕らが西部に行っている間に厳しい修行を課して今以上に素晴らしい跳ねっかえり娘に育ててみせる!」
「それはどんなイジメですかっ!」
「気にするなコロネ。それが君の人生だ」
「酷すぎる~!」
ミネルバの太ももに顔を押し付けコロネは泣いた。もう泣くしかできない。
流石のミネルバとて気の毒に思ったのか、コロネの背を撫でている。
「にいさま?」
「うむ。どうもコロネは覚悟が足らないようだ」
「にいさま?」
ジトッとした視線を向けるポーラに彼は鷹揚に頷いた。そして『パンパン』と手を叩く。
『こんな場所で?』とポーラも思ったが、迫って来た気配に全身を震わせる。
昼前の食堂は比較的空いていた。その店を、店内を、多くのメイドが支配した。
「お呼びでしょうか? アルグスタ様」
「流石に叔母様は来ないか」
「はい。先生は現在お屋敷の方で新人選別を進めています」
「なるほどね~」
うんうんと頷く兄にポーラは何とも言えない恐怖を覚えることがある。
今兄が話しているメイドは、師であるスィークの懐刀の1人だ。現ハルムント家の当主の側室の1人でもある。名を『ウリニル』と言う。
ナイフの使い手で近接戦闘ではミネルバと互角に戦える猛者だ。
はっきり言えばポーラですら戦って勝てるか分からない。全力を出して互角に持ち込めれば良いぐらいだ。
そんな人物を相手に臆することなく兄は会話する。
「で、ハルムントのメイドさんがここに居るってことは?」
「はい。お店の建設を終え現在は内装工事と現場研修をしているところです」
「そっか~」
その言葉からポーラは納得した。
ハルムント家は本当にこの場にメイドによる飲食店を作る気でいるらしい。内装工事をしていると言うことは作っているのだ。仕事が早い。
「宿泊施設も込みに?」
「はい。ベッドメイクなどの技術も披露できますし」
「なるほどね~」
気軽に答える兄に反してポーラはまだ緊張下に居た。
この場に居るのは全て先輩メイドだ。それも全員が『主力』と呼ばれている面々だ。この中でだと『秘蔵の弟子』と呼ばれるミネルバすら若干霞んでしまうほどだ。
何かを感じ取ったのかコロネも涙を流しながら顔を上げて震えている。
「その話は帰って来てから叔母様から詳しく聞くわ。で、悪いんだけどこの紙を叔母様に手渡しておいてくれる?」
「畏まりました」
恭しくウリニルが畳まれている紙を受け取る。
「それでアルグスタ様。この紙にはどのようなことが?」
「ん? 僕らが留守中のコロネの教育方針かな」
「……」
コロネの顔色が青から白へ。そして土色にまで変化した。
「確認しても宜しいでしょうか?」
「良いよ~」
気軽な返事から先輩メイドが紙を開いて確認する。
顔色一つ変えずに読み込んだ彼女は、ゆっくりと目を閉じて一息ついた。
「本当にこのように?」
「出来そう?」
「……アルグスタ様が望むのであれば師に代わり私が引き受けますが」
「ん~。なら多忙な叔母様の手を煩わせるのも気持ちが引けるしね。宜しく~」
「畏まりました」
恭しく頷き、先輩メイドたちが動く。
ミネルバの足に掴まっていたコロネが引き剥がされて連れていかれる。
その姿は売り場に出荷される家畜のようにも見えた。
「にいさま」
「ん?」
「……ごらくのためにそこまでするのですか?」
言うか悩んだがあえて口にした。
「うん」
ここ一番の元気な声で頷く兄にポーラは静かに目を閉じた。
~あとがき~
西部に行っている間にもコロネの加工…調教は続くのです。
そんな訳で外注に出されたコロネの教育は、たぶん閑話で描かれますw
何気に魔眼の方が人気があるのよね~。
明日は魔眼です。最強決定戦はどうなった?
© 2022 甲斐八雲
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