カミーラに挑むのよ

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



 明日は……もう今日かな? 朝から西部に出発すると言ったのに、ノイエさんが抱き着いて来て離れてくれない。

 ノイエよ。どうして太ももで僕の手を挟むんだい? 何を企んでいる?


 ……本当に寝ているの? それならそれでイタズラしたくなるんだけど? ヤバいどっちだ? 誘い込みか? これでイタズラしたらノイエが目覚めて襲われるパターンか?


 西部への移動が無ければ返り討ち上等でイタズラを仕掛けるところだが……行くか? 逝くか?


「アルグ、様……」

「はい。何もしてません!」


 ノイエの声にビクッとなってつい変な返事を。

 変なことをしてもノイエは怒らないのに……ついね。後ろめたいことはいけないってことだ。


「ノイエ?」


 気のせいかノイエがギュッと抱き着いて来た。

 苦しいくらいに……久しぶりに怖い夢でも見ているのかな?


「お姉ちゃんに負けない」

「……起きているだろう?」


 何を言い出しているのだお嫁さんよ。貴女は僕からしたら最強ですからね?


「本当にノイエは魔性の女だな」


 あっさりと僕を誘惑して来る。


「アルグ、様」

「はいはい」


 本当にどんな夢を見ているのやら?


「あと3回」


 何回してからの3回ですか? 頑張れ夢の僕。マジで!




「うわ~! もう! この荷物捨てても良い?」


『ウチの娘を捨てたらどうなるか分かっているの? 殺すわよ?』


「セシリーン! 人格変わり過ぎ~!」


 猫を抱えて走るレニーラの背後にはマニカが迫る。


 唯一の救いは彼女は優秀な暗殺者ではあるが、運動神経に優れているわけではない。つまり足は速さは人並みなのだ。

 それに引き換えレニーラは運動神経の塊だ。猫を抱いて叫びながら走っても、多少呼吸を乱す程度だ。まだ走れる。


「次はどっち!」


『……そのまま真っ直ぐ。ああ。シュシュが曲がった』


「あの馬鹿~!」


 叫んでレニーラは直進を続ける。

 援軍であるはずのシュシュはとにかく飽きっぽい。真っすぐ歩くことに飽きて途中で勝手に曲がってしまうことがあるのだ。


「あれは絶対にマニカから逃げているに違いな~い!」


『否定はしないけど』


「否定して~!」


 レニーラは怒りを力に変えて足を動かす。

 流石に色々と辛くなって来た。このままだと追いつかれる。


「ん?」


『ん?』


 ナビゲート役の歌姫とレニーラの声が偶然一致した。

 理由は簡単だ。角から見知った人物がその姿を見せたのだ。


「煩いわね」


 ボリボリと頭を掻いて姿を現したのはホリーだ。


「何、騒いで……」

「後はお願い」


 ホリーの前を過ぎレニーラは逃走を続ける。

 あの殺人鬼ならもしかして……マニカと互角に戦えるかもしれないと期待したのだ。


「ちょっと!」


 だがレニーラの希望は打ち砕かれた。

 並走するようにホリーが隣を走り出したのだ。


「迎え撃ってよ!」

「無理。相性が悪い」

「それでも!」

「ならご自分でどうぞ。舞姫」

「それは無理。私ってば猫を抱いてるし」

「捨ててしまえ。そんなアホ猫」


『私の娘への暴言は許さないわよ! ホリー!』


「面倒な……親馬鹿か?」


 キンキンと頭の中に響いた声にホリーは眉をしかめた。

 そんなに大事にしているのなら常に自分の手の届く距離に置いておけと言いたくなる。


 実際歌姫としてはずっと傍に置いていたいのだが、猫は気ままな生き物だ。ふらりとどこかに行ってしまうので諦めているだけだ。


「ホリー」

「何よ」

「マニカを殺すには刃は要らない」

「……」


 馬鹿なことを言い出した舞姫にホリーは横目で確認した。


 絶対に何かを企んでいる。それも下らないことだ。


「ホリーが体を張ってって、足~! 今絶対に転ばせようとしたでしょう!」

「気のせいよ。足が滑ったって! レニーラ!」

「足が滑っただけ~!」


 笑うレニーラにホリーの目つきが険しくなる。

 こうなれば後はいつも通りだ。

 両者ともに相手の足を引っかけ転ばせようとする。


「ホリー! 髪はズルい!」

「レニーラは舞姫でしょ! これで互角!」

「違います~! 私の方がまだ強いです~!」

「なら髪を使っても問題無い!」

「はにゃ~!」


 全力で相手を潰し合う2人にその声が届いた。


『言いにくいのだけど……マニカが引き離されて走るのを止めたわよ?』


「「はい?」」


 そのツッコミに2人の攻撃が合致し、ホリーとレニーラは見事に転んだ。


『良かったわね。マニカの足が遅くて』


「「……」」


 床に転がる2人は何とも言えない表情を浮かべた。




「戻ったぞ~」


 魔眼の中枢に来たシュシュは中の様子に目を丸くする。何とも言えない愛らしい光景が視界に入ったのだ。

 リグが猫を組み敷いてその首元を舐めている。言いようのない淫靡な光景にシュシュは頬を赤くした。


「リグが~もう~大人だぞ~」

「……結構前から大人」

「だぞ~」


 血で濡れた口元を拭いリグは顔を上げた。


「それでリグ。私の娘は?」

「間に合わなかった。酸欠で死んでいる。でも傷は塞いだから数日で蘇生する」

「そう……」


 泣き出しそうな声音で歌姫は床の上で脱力している我が子に手を伸ばした。

 その小さな心臓は動いていない。何度確認してもその心臓は動いていない。


「ごめんなさいねファシー。お母さん……貴女を守れなかった」

「生き返るから。数日で」


 躯を抱きしめて涙するセシリーンにリグは冷静にそう告げた。


「あは~。リグは容赦ないぞ~」

「事実だし」

「まあ~それほど~歌姫は~猫を~愛して~いるん~だぞ~」

「……そうだね」


 納得してリグは2人から離れると……その視線をフワっているシュシュに向けた。


「あれも手当てした方が良いの? 頭の中身の手当ては難しいけど?」

「分から~ないぞ~」


 シュシュとしても返事に困る。


 何故かレニーラとホリーが向かい合って座り互いの頬を引っ張り合っていた。

 痛みに涙をこらえ……頬を引っ張り合っているのだ。


「2人とも~落ち着け~だぞ~」


 シュシュは仲裁を試みる。だが無意味だ。2人は黙って頬を引っ張っている。

 最初に手を放したら負けだと言いたげに……はっきり言って馬鹿の所業だ。


「放っておいて良いと思うよ」

「リグは~冷静だぞ~」

「熱血はボクには似合わない」


 告げてリグは壁を背に座ると息を吐いた。


「で、マニカは?」

「……行方不明よ」


 娘の亡骸を抱く母親がどうにか口を開いた。


「どうして?」

「……最近魔眼の中の音が拾いにくいの」


 大問題な発言にリグは何となく理解した。


「魔女の仕業?」

「ええ。たぶん伝説の方の」

「なら納得」


 あの愉快犯が動いているなら仕方ない。


「で、マニカをどうするの?」

「あは~。決まって~いるぞ~」


 フワりながらシュシュは口を開いた。


「最強さんに~働いて~もらうん~だぞ~」


 どうやらそれしかないらしい。




 ゆっくりと辺りを見渡し……マニカは大きく息を吐いた。


 逃げ出した2人を追えばカミーラの元に案内してもらえると期待していたのだが、あの2人は思っていた以上に足が速かった。

 あっさりと距離が開いてそのまま引き離されてしまった。


「運動は得意なんだけど……」


 愚痴を吐きながらゆっくりと歩く。

 見知った者は誰も居ない。何より今の場所が何処か分からない。


「また分かれ道?」


 これだ。進めば進むほど分岐がやって来る。


「ん~」


 シミ1つ無い綺麗な頬に指を当て、マニカはトントンと軽く自分の頬を指先で叩いた。


「うん。今日の気分は右ね」


 勘のみで判断してまた歩き出す。


 決断力のある迷子は決して足を止めない。どんなに迷宮の奥深くにはまりに行くこととなっても迷うことはしない。だって迷っても解決方法が分からないのだから。なら進む。


「あら?」


 気づけば床に見知った死体が転がっていた。

 全身の関節が砕かれているのか、壊れた操り人形のように床の上に転がっている。

 こんな人の殺し方ができるのは1人だ。


 フワっと歩き出しマニカは進む。すると遠くから声が聞こえて来た。


「あは~。今日も美しい。もう本当に美しい。こんな綺麗な体に傷1つでも付けたら死よ。死だわ」

「……」


 一瞬足を止めかけたがそれでもマニカは進んだ。そして見つけた。変態を。


「この綺麗な胸なんて最高よ。いつまでも見ていられる」

「……ミャン?」

「っ!」


 マニカの呼びかけに全身を震わせた変態がゆっくりと顔を動かす。

 変態とマニカの目が合った。変態は間違いなくミャンだった。


「貴女は同性愛者だと思っていたのだけれど死体愛好者だったのね」

「……何で? どうして? マニカが?」

「ん?」


 震えている相手の声にマニカは、軽く首を傾げ……その薄緑色の目で相手を見つめる。


「カミーラに挑むのよ。決まっているでしょう?」




~あとがき~


 西部前に魔眼の中を書こうと思ったら…案の定トラブルメーカーのおかげでカオスだよw

 安定の魔眼内は本日は血しぶきが舞っております。


 その中心に居るのは、たぶんマニカとカミーラかな?


 最強に挑む挑戦者! こう書くと凄くカッコいいんだけど…マニカだからな…




© 2022 甲斐八雲

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