おかわり入ります

『あはははは~』


「寄るな! 来るな! 私に何か恨みでもあるのか!」


『あははは~』


 またやって来た存在に、水色の髪の女性は激しく両腕を振り回した。

 はっきりとした拒絶の反応ではあるが、相手には通じない。フワフワと影のような姿を揺らすだけで女性の腕など気にもしない。


 何度か影の中を腕が通り過ぎ……しばらくして拒絶していた女性は抵抗を止めた。

 泣き出しそうな気分で床の上に仰向けになる。


「好きになさいよ!」


『あはは~』


 笑うだけで影は何もして来ない。

 動き回る影でしかない相手は、生身の人間に対して害をなすようなことはできないからだ。


 それでも床の上に寝っ転がった女性は……まな板の上の鯉だ。

 ちなみに彼女の名はミジュリという。


『もう復讐はしないの?』


「するわよ!」


『なら早速』


「誰かのせいで失敗しまくりなのよ!」


『誰のせい?』


「無自覚なのが余計に腹立たしい!」


 本気で涙しながらミジュリは体を起こした。


 目の前に居る存在は見たら不幸になると言うことで有名な存在だ。名をライナラという。

 そんな存在に最近好かれてしまったミジュリは終始何をしても失敗続きであった。おかげでもう色々と諦め気味だが、ただライナラのせいで終わりたくないので必死に足掻き続けている。


「もう離れてよ!」


『え~? でもミジュリからいつも美味しそうな匂いが?』


「しないから!」


『酸っぱそうな匂いも?』


「うそ?」


 慌てて自身の体臭を確認する。すると影はクスクスと笑いだした。


『嘘で~す』


 フワフワと影が揺れ動く。


「……本気で殺す! ミゼンレッツェをお前の元に向かわせて殺してやるんだから~!」


『うわ~。ますます香ばしくて美味しそうな匂いが』


「しないから! 絶対に殺してやる~!」



 不幸続きでも頑張って準備したミジュリの策は……最強を望む向上心と巨乳に対する恨みによって、ジャルスに挑んだミゼンレッツェの敗退で幕を閉じていた。


 ただその事実をミジュリはまだ知らない。

 ミジュリの復讐は始まりはしたが勝手に終わっていたのだ。




「んっん~。ご馳走様でした」


 極上な笑みを浮かべマニカは自分の胸の前で両手を合わせた。

 無残な姿を晒しているミャンは……物言わぬ死体となっている。


 自分が作り出した躯を見つめ、軽く舌なめずりしたマニカは次なる獲物に目を向けた。


 何となくノイエによく似た美しい女性だ。

 大きくなったであろうノイエの理想的な未来像にも思える。

 本当に美しくて……滅茶苦茶にしたくなる。


「据え膳何たらって古い言葉もあったし」


 薄く笑ってマニカは横たわっている人物を見つめた。


「おかわり入ります」




「違う。この声はたぶんミジュリ」

「生きて~たんだ~」

「みたいね。ライナラと話してる」

「勇者だね~」


 フワフワとしながらシュシュは歌姫の言葉に相槌を打つ。


 正直色々と飽きて来たからこの場を離れたいが、マニカが出歩いているなら話は別だ。

 運よく誰かを犠牲にして封印魔法で封印できれば上出来だ。失敗したら自分の身が危ない。


 故にこの場から離れられない。この場に居れば少なくともレニーラが一番槍で突撃するはずだ。その時は迷わず2人とも殺す気で封印する。


「深部は……ああ。雑音が酷い。でもそんなにたくさん人は居ない?」

「大半が殺されていたから」

「そうだったわね。リグ」


 一瞬会話に混ざったリグはもう寝息を立てている。余程疲れているのか。


「セシリーン~?」

「何かしら?」


 フワっていたシュシュは足を止めた。


「マニカが深部に戻っていないっていう可能性は?」

「……」

「だってあれの標的はカミーラでしょう?」

「そうね」


 一理ある。なら深部には戻らず上層階を彷徨っているかもしれない。

 捜索する場所を深部から上層部に切り替えたセシリーンは増々耳を澄ませる。


『せめて前屈みになって彼の掌からギリギリ溢れるぐらいの大きさ。それぐらいで良いの。それ以上は無理だと分かっているから高望みはしない。しないから……だから大きくする方法が絶対に見つけてみせる。ほんの少し。もう少し。あとちょっと。具体的には歌姫やシュシュぐらい。それで良いから閃け私! 何かよ降りて来い! あはははははは~』


「違う。これはアイルの声だわ」

「あれは~何を~して~いるん~だぞ~?」

「研究よ。とても意味ある研究をしているわ」

「ふ~ん」


 昔から研究好きな魔女の性格を知るシュシュは特に追求しない。

 きっとまたおかしな魔法でも作ろうとして努力しているのだろう。


『誰が平らよ。胸無しよ。違うのよ。私は生まれた時から胸に無駄な贅肉を集めなかっただけよ。胸の大きな女性だなんて淫らな娼婦のようで下品じゃないのよ。私は高貴な血を引くのだから美しく気高くあろうと努めたのよ。それをあの馬鹿は……』


「これはグローディアよね?」

「どうして~不機嫌そう~?」

「……」


 問いに対して歌姫は返答に困る。

 元王女様は……何やら呪いにも似た言葉を呟きながらたぶん魔法の研究をしているはずだ。


『あの馬鹿従弟め……そろそろ本当に殺してやろうか? お前の“ピー”を引き千切って尻に突っ込んでやろうか? ああ?』


「シュシュ」

「なん~だぞ~?」


 一度息を吐いてセシリーンは心を落ち着けた。


「研究のし過ぎも良くないみたいね。みんな心がギスギスしているわ」

「だぞ~。だから~私は~研究~なんて~しないん~だぞ~」


 面倒だからしないだけだが、シュシュとしてはそんな本音もある。

 ずっと何かを追及していると心が病んでいきそうで嫌なのだ。


「で~マニカは~?」

「……見つからないわ」


 どんなに耳を澄ませても見つからない。


「なら~カミーラは~?」

「カミーラ?」

「だぞ~」


 またフワフワしながらシュシュは言葉を続ける。


「マニカの~狙いは~カミーラーだぞ~。なら~カミーラを~警戒して~いれば~見つけ~られる~はずだぞ~」

「それなら見つける必要がない気がするわね」

「ぞ~?」


 セシリーンは落ち着いた。落ち着いて考えた。

 結論はあっさりだった。


「シュシュ」

「ほ~いだぞ~」


 スッと歌姫は腕を動かし、指先を中枢の出入り口に向けた。


「あそこを塞いで。それで良いはずよ」

「ぞ~」


 何も理解せぬままシュシュは魔法を使う。

 こうして魔眼の中枢は出入り口を封鎖し籠城することとした。




 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「むう?」

「おはようノイエ」

「朝?」

「まだ日は昇っていないね」

「むう」


 僕に抱き着いたままのノイエは、ゆっくりとアホ毛を動かし……その毛は潜水艦の潜望鏡か?

 クルクルと辺りを見渡してアホ毛は静かに元の形へ戻った。


「ノイエさん」

「ん」

「今の意味は?」

「……気分」


 そっか。気分か。


「その気分で辺りを見渡した結果は?」

「何も見えない」

「だよね」


 それで何かが見えるようになったら軽く引く。


「まあ便利な毛だね」

「はい。でもお腹が空く」


 仕方ない。魔力を消費しているのだろう。


「何ができるの?」

「……アルグ様」


 十分な間を開けてからノイエが首を傾げた。


「髪の毛は髪の毛」

「……」


 その髪の毛で色々しているのが君だよね? 最終的には第三の手として扱っているよね?


「アルグ様」

「はい」

「お腹空いた」

「はいはい」


 確か昨夜ポーラが『お腹が空いたら食べてください。けっ』とか言いながら果物を置いて行った。『けっ』の意味は謎だがそんな日もあるのだろう。


 サイドボードの上には盛られた果実が山のようだ。

 ノイエが食べなかったのか? そうか。僕を食べていましたね。あはは~。


「そこに果実があるよ」

「ん?」


 僕の指摘にノイエが顔を動かす。

 だからその抱き着いたままの腕を放しなさい。柔らかな部分がギュッと押し付けられていて興奮しそうなんですよ。


「……おひ」

「もぐ?」


 器用にアホ毛を動かし、象の鼻のように果実を掴んだノイエがそれを口に運んで食べている。


「その像の鼻のように動いている髪は何?」

「髪?」


 ノイエがゆっくり果実を口にし、ふと視線がアホ毛に向けられる。

 ピコピコと動いているアホ毛をノイエは凝視する。


「アルグ様」

「はい」

「髪が動いている」

「……そうだね」


 無自覚だったのね。それか動かしていることを忘れていますか?


「……お腹空いた」

「そうだね」


 今朝も安定のノイエさんなのでした。




~あとがき~


 ミゼンレッツェを動かしたのはミジュリでしたが…失敗してますね。

 最近ミジュリに絡んでいるライナラは、ただミジュリの不幸が美味しいだけですw


 魔眼の中枢は籠城を決め込む方向です。

 で、魔女と王女は…平和ですねw




© 2022 甲斐八雲

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