きちくですか?

 ユニバンス王国・王都王場内国王執務室



「第二小隊の設立は考えていない」

「ですが陛下。ご再考を」

「くどい」


 超党派と言えば良いのか分からないが、派閥を越え代表してやって来た者の言葉に国王たるシュニットは渋い表情を浮かべた。

 目の前の貴族……その者たちの考えなど分かっている。


「この提出した資料は大変良く出来た物ではある」

「でしょうとも。それは我々が知恵を集め……」


 少しの煽てで馬鹿が偉そうに胸を張る。どれほど苦労して知恵を絞ったのかを一から説明し始める。どうせ大半は創作だと分かっているが、相手が持つ謁見時間を使い切らせるためにシュニットは堪えた。


「……このように我々の試算ではこの国の税収は大幅に増えるのです」

「そうか」


 鷹揚に頷きシュニットは机の引き出しにしまっていた資料を取り出した。


「持って帰って見ると良い」

「これをですか?」


 眉間に皺を寄せ男は机の上に置かれた資料を手に取る。

 その表紙を一瞥、彼は増々嫌そうな顔をした。


「それはアルグスタが提出して来た物だ」

「……」


 男が表紙を捲り、内容を目にして……その顔から血の気が失われて行くのをシュニットは何となく眺めた。


「我々の試算では第二小隊を設立するとこの国の税収は5割減となる。理由は問うまでもあるまい?」


 投げやりに声をかけシュニットは窓の外に視線を向けた。


「第二小隊を設立するほどの人材が居るなら、ノイエは毎日働く必要はないと言うのがアルグスタの理論だ。つまりあれは妻であるノイエと共に田舎に引っ越してのんびり過ごすと言っている。

 我々の試算では第二小隊の設立メンバーと呼ばれる者たちの戦力を計算するに……王都防衛すら怪しいと出た。結果として戦費が増えて税収が減る」

「ですが我々の計算では」

「それはあくまでノイエが王都で働き続ければという理論であろう?」

「……」


 あっさりと男は論破された。

 後は謁見時間が尽きたことを理由に相手を追い出し……シュニットは深いため息を吐きだした。


「お疲れ様です~」

「キャミリーか」

「です~」


 何処に隠れていたのかとも聞きたくなったが、いつも元気な王妃が物陰から這い出して来る。

 軟体動物を思わせる動きで床の上に転がり元気に起き上がる。本当に無駄に元気な王妃だ。


「にしてもアルグスタおにーちゃんはいつも容赦ないです~」

「それがあれの武器であろう?」

「だから敵を作るです~」

「仕方あるまい。あれがそう願っているのだろう」

「仕方ないおにーちゃんです~」


 ケラケラと笑って王妃はある封筒を国王の机の上に置いた。


「王都に祝福持ちが9人いるです~」

「そうか」

「何か知っているです~?」

「知らんよ」


 置かれた封筒の中身を広げシュニットは苦笑した。

 日付としては微かな誤差だ。ならば間違いあるまい。


「どうやら最近アルグスタが、幼い娘を引き取ったとか?」

「妹ちゃんの妹分です~。可愛い女の子です~。メイド見習いです~」


 自分以上に弟夫婦と仲良くしている王妃はやはり知っていた。


「アルグスタを襲撃した者の遺体について王妃はどこまで知っている?」

「死体に興味は無いから知らないです~」

「そうか。ならその中に少女らしき右腕が証拠として提出されたと言うことは?」

「だから知らないです~」


 ニコニコと笑い王妃は国王の部屋の中を物色する。

 何か目新しい暇潰しでもと思っての行動だ。


 その様子を眺めながらシュニットは苦笑した。


「その幼子の右腕は?」

「義腕です~。おにーちゃんが魔女に作らせた凶悪な魔道具らしいです~」

「そうか」


 凶悪な魔道具を与える辺りが弟らしい。


「自分を襲う暗殺者であっても、あれが怪我をした娘を見捨ることはせんか」

「です~」


 何やら適当に書類の束を掴んだ王妃はソファーに座り込んだ。


「何よりあの子は支配されて居たっぽいです~。ここ最近は笑顔を多く見せるようになって来たです~。おにーちゃんたちは本当に凄いと思うのです~」

「お前ならどうする?」

「決まっているです~」


 笑顔で王妃はそれ以上何も答えない。


 幼くて可愛らしい容姿の王妃ではあるが誰よりも合理的だ。

 迷うことなく人の命も計算できる。救うための物ではなく斬り捨てるための計算が。


「シュニット様~」

「何だ?」


 適当に資料をひっくり返していた王妃が不満げに頬を膨らめていた。


「この辺の話を知らないです~」

「この辺とは?」


 両手で資料の束を振る相手の元へシュニットは椅子から立ち上がり向かう。

 覗き込んで確認すれば……先日アルグスタと共に登城した知恵者から得た建策のあれこれだ。


「それか。先日アルグスタが連れて来た、」

「おっぱいさんです~」


 ふとシュニットは王妃の声が沈んだ気がした。


「容姿は気にしていないが、お前にも負けぬ知恵者ではある。むしろ方策の面ではお前よりも優れているかもしれんな」

「……」


 別段シュニットとしては嫌味の類で告げた言葉ではない。

 得意不得意は誰にもある。優れた知恵者である王妃とて万能ではない。それだけのことだ。


 小さく咳払いをしてから王妃はクスクスと笑いだす。


「……面白いですね」

「そうか?」

「はい。凄く面白いです」


 笑みを浮かべ王妃は資料を手に立ち上がった。


「これは借りて行きます」

「余り根を詰めるでないぞ?」

「分かっています」


 薄く笑いながら王妃は歩き出す。


「分かっていますとも」


 その様子にシュニットは軽く肩を竦めた。


 どうやら王妃の負けん気が強く出てしまったようだ。これでしばらく彼女は仕事の虫になるだろう。

 その集中力と言えば恐ろしいほどの物だ。それを常に平均的に発揮してくれればとも思うが。




 王城内・アルグスタ執務室



「最近『です~』が来ないな」

「そうですね」


 物凄く気楽に返事したクレアが運ばれてきたケーキを前にして目を輝かせている。

 ノイエは早速ホールでケーキを確保し、ポーラは取り分けた物を僕へと持って来る。本当によくできたメイドだ。僕らの妹のはずなんだけどね。


「ころね。おちゃはもっとゆうがに」

「はい」


 ただ妹分の教育に容赦ない。右腕の義腕が大きすぎるせいもあってお茶の支度に戸惑うコロネを容赦なく叱る。普通そんな姿を見れば甘やかしてしまうものだがポーラはそうはしない。

 甘やかせばその分後になって自分に跳ね返ってくると言うのがハルムント家の教えらしい。


「こちらはいいのでそのおちゃをにいさまに」

「はい」


 ノイエたちにお茶を入れて回ったコロネが次いで僕にお茶を持って来る。


 こんなに幼くて……僕が子供の頃なんて義母さんの後をついて回っていただけな気がする。今にして思えば母さんに迷惑ばかりの悪い子だったな。


「どうぞ」

「ん」


 届けてくれたお茶を受け取り、ついでにコロネの頭を撫でておく。


「何ですか?」

「妹が厳しい分お兄ちゃんが甘いだけです」

「……」


 ポーラが睨んで来るけど気にせずコロネの頭を撫でておく。

 よく頑張る子にはご褒美が必要だと思います。ご褒美……ご褒美か。


「そんな訳でコロネ君」

「何ですか?」


 ひと通りコロネの頭を撫でてから正面から相手の顔を見つめる。

 幼子特有の愛らしさを持つ将来有望な整った顔をしている女の子だ。絶対に美人に育つ。


「僕が留守中、君はメイドとしての仕事を一時的に免除します」

「はい?」


 何故かコロネが首を傾げた。


「だから僕らが外出している間……ぶっちゃけ西部に行ってる間、君にはメイドでは無い仕事を任せようかと」

「……何をするんですか?」


 その表情をコロネが強張らせる。

 暗殺とかを頼もうとか思ってないからね。


 椅子から立ち上がって代わりにコロネを座らせる。


「そこで僕の代理としてこのハンコ型サインを書類にポンポンと押していく仕事です」

「……」

「頑張れコロネ。少しでも失敗すれば僕を困らせることになるから……それは君の本望だろう?」


 人間誰しもミスはある。多少のミスぐらい目をつぶるさ。


「ただし後見人としてミネルバさんが残るからあまり無茶はするなよ?」

「はえっ……ふえっ」


 突然奇声を発すると、お腹を押さえたコロネが逃げ出して行った。

 お腹でも痛くなったか?


「にいさま」

「はい?」


 見ればポーラが呆れたご様子で。


「きちくですか?」

「何でよ?」


 ただ僕の代わりにサインをお願いしただけやん。




~あとがき~


 ポーラをして鬼畜と言わせるアルグスタの所業w

 コロネは少しずつ心の中で踏ん切りをつけて…少しはドラグナイト家のためにと考えだしています。が、その家の当主が余りにも鬼畜なことを言い出すのです。

 普通どこの誰が元暗殺者に全権を預けるか? アルグスタはそれをする馬鹿ですけどね。


 王妃様はホリーの建策に嫉妬してしばらく真面目モードです。静かになるな~




© 2022 甲斐八雲

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