反応が残念だからもう一度
ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室
「アルグスタ様?」
「気にするな。そんな気分なんだろう」
「はぁ」
納得などしていない様子だが、クレアは首を傾げながら仕事に戻る。
彼女の視線はずっとソファーの上を見つめたままだ。気にするな。あれは気まぐれだ。
今日はバッチリと遅刻して登城した。
だがあえて言おう。僕はお貴族様なドラグナイト家のアルグスタさんだ。遅刻などしても誰も注意して来ない。チビ姫が何かを言いかけていたがスカートを捲って頭上で結ぶ巾着袋の刑に処したら泣きながら逃げて行った。
しかしここで注意が必要だ。
あれを普通の人にやってはいけない。チビ姫だから許される行為だ。チビ姫は特殊なトレーニングを受けているから大丈夫なのだ。メンタル的に。
傍若無人な振る舞いを披露し執務室へと向かうと、部屋の隅でクレアの馬鹿が僕の紙人形に対し羽根ペンでプスプスしていた。
その姿にイラっとしたので代わりにその紙人形を丸めて彼女の鼻に突っ込んでやった。
悶絶する人妻の姿は大変微笑ましかったです。これは虐めではありません。躾です。
彼女もまた特別なトレーニングを受けています。クレアのメンタルは豆腐ですが。
後は真面目に仕事をする。
ポーラとコロネは時折姿を消しては、何故か妹分がボロボロになって一緒に戻って来る。
『何してるのあれは?』と先輩格のミネルバさんに問えば、ポーラの鍛錬に強制参加させられているらしい。
ウチの妹様は短時間で密度の濃い鍛錬を好むので……頑張れコロネ。君が師事した相手が悪いのだよ。元々叔母様に丸投げしたら丸投げされて戻って来ただけだけどね。
つまり叔母様が悪いのか? そんな馬鹿な?
人生の何かを深く考えていたらソファーで寝ていたノイエが猫になった。
突然髪を栗色にして猫になってしまったのだ。
起きたと思ったらくぅ~と背伸びをして、こっちを見たと思ったらまたソファーの上で横になる。猫の気まぐれと言うかこのフェイントの意味を知りたい。なら起きずに寝ろと思う。
時折『なぁ~』と鳴くが構ってな感じではない。ゴロゴロとして……訪れるメイドさんたちが一度見て、もう一度見つめ直して『ほふっ』と熱い吐息を吐き出していく。
完全に隙を見せているノイエの様子は愛らしいから仕方ない。ただヘソ天は夫として思うところがある。戻って来たポーラがソファーの様子に気づいてタオルケットを準備してくれた。
ノイエに掛けようとして、
「ふわぁ~」
「にゃん」
「ねえさまっ」
捕まってそのまま一緒にソファーの上だ。
スリスリとポーラを抱きしめたノイエが……気のせいか室温が上がった? 周りのメイドさんたちが『ほふっ』と熱すぎる吐息を大量に吐き出しているのですが?
「にいさまっ」
「頑張れ」
「なぁ~」
ポーラの悲鳴かノイエの鳴き声かは謎だが、ソファーの方から甘い声が響いて来る。
そしてメイドさんたちの熱い吐息が。
「旦那様。助けなくても良いのですか?」
ツンキャラに育てているコロネだが、どうやら基本は真面目らしい。
ミネルバさんですら頬に手を当てて玩具にされているポーラを見つめて吐息を吐き出していると言うのにだ。
「ならコロネに許可を与えましょう。ポーラを救いなさい」
「……分かりました」
意を決した感じで小柄なメイドがソファーへと向かう。
と、ノイエが動きを止めた。ポーラを抱きしめて近づいて来るコロネを警戒している。
「奥様。先輩が……ふなっ!」
本気の猫パンチをコロネが全力回避した。
あたふたと逃げ出してきて……何故か僕の足に抱き着いた。
「奥様が殴ってきました! 何かしましたか?」
「してないよ。ただ時折ノイエは猫になるのです」
「ねこ?」
目を瞠ってコロネが僕とノイエを何度も見比べる。
「さあコロネよ。君の我が儘に許可を与えたのです。ちゃんと最後までポーラの救出に、」
「ごめんなさい。無理です。許してください」
涙目でコロネが謝って来た。
違う。そうじゃない。君にそんなリアクションを求めていない。
「反応が残念だからもう一度」
「何がっ!」
今の反応は良かったよ。さあコロネよ……ノイエの元へ進んでポーラを救うのだ。
涙目で立ち上がったコロネがまたノイエの元へ。ただ猫の方は新しい玩具を得たとばかりにその目を爛々とさせている。肉食獣の悪い目だ。
「ふぅなぁ~!」
左右の猫パンチに驚いたコロネが逃げ出す。
だが甘い。ウチの猫が狩りの姿勢に入っている。
「追って来た~!」
「にゃんっ!」
「助けてぇ~!」
全力の涙目でコロネは部屋を飛び出していく。
それを追って猫化したノイエが全力で追いかけて行った。
「にいさま」
「お帰り」
猫の玩具になったポーラがボロボロな状態で僕の元へ来た。
「どうしてふぁしーねえさまが?」
「さあ?」
僕は呼んでいない。つまりファシーが勝手に出て来たのだ。
猫の気まぐれであるから相手の好きにさせるしかない。まあファシーも出合った頃とは違い狂暴性はだいぶ身を潜めた。
危ないスイッチが入ってドSモードに突入でもしなければ被害は出ない。
若干耳を澄ませて待っていると破壊音は響いて来ない。
忘れてた。ファシーも危ないがコロネも似た感じの爆弾持ちだった事実を。
「ん~」
しばらくすると栗色ノイエが戻って来た。
戦利品であるコロネを咥えて……は無理な様子で脇に抱えている。
どこか誇らしげに僕の元に来ると気絶しているコロネを押し付けて来た。
何ですか? 分け前ですか?
「アルグ、スタ、様」
「目が覚めたの?」
「にゃん」
ノイエとは違い表情でファシーがリアクションをする。アホ毛は静かな物だ。
「それでファシー。今日は何?」
押し付けられたコロネはミネルバさんに押し付け、代わりに甘えて来るファシーを抱きしめる。
こらこら。首元をスンスンしないの。舐めないの。
「ん」
嬉しそうに微笑んでファシーが頭を突き出してくる。
とりあえず撫でてみたが……正解のようだ。
「良いことでもあったの?」
「は、い」
頭から顎の下へと撫でる範囲を変えると可愛い猫が増々甘える。
ここからは僕の時間だ。日本に居た頃に野良猫を手懐けまくった我がスキルを見せてやろう。
全力で猫を愛でたら息も絶え絶えでファシーが甘えて来た。
はい。今日来た理由を全部言いなさい。
「母さんに褒められたわけだ」
「は、い」
嬉しそうに語るファシーの様子にこっちも笑顔になる。
普段はグローディアの元に居るセシリーンの名前を出さないのはファシーなりの配慮だ。本当にこの猫は頭の良い猫なのだ。
で、どうして歌姫さんに褒められたの? 魔眼の中で人助けをした?
偉い! ご褒美です。顎の下をスリスリしてあげましょう。
ただ話を聞く限り頑張っているのはリグっぽい気がする。
ファシーはリグを連れ、彼女を深部に置いて来た感じだ。
恐ろしいことを言うなよ。
「褒めて、くれた」
「誰が?」
たどたどしい語りからようやく本題だ。
「フリューレ」
「……」
あ~。はぁ~。あ~。
「悪魔!」
「……だから安易に呼ばないでよね」
ポーラが瞳に模様を浮かべ僕の執務室から姿を消そうとしていたメイドたちの動きを封じる。
いつもの文字を描く手間を省いて、柏手1つで魔法を発動した感じだ。
「な、に?」
「ん~」
自分の発言がどれ程の問題発言か理解していないファシーが首を傾げる。
君が悪いわけじゃない。ただ出した名前が悪かっただけだ。
「で、動きを止めた人たちはどうするの?」
「記憶を消してくれると嬉しいな~」
「……まあ良いんだけど」
悪魔が宙に文字を綴り出す。
「後で詳しい話を聞かせなさいよね」
「拒否っても良いですか?」
「あん?」
手を止めるな。酷い脅迫だぞ? 記憶を消さないと本気でヤバいんだって。
「分かった。知ってることは全部話すからお願い」
「りょ~かい」
ニヒヒと笑って悪魔が魔法を完成させた。
「これだからお姉さまの姉たちって観察し甲斐があって楽しいのよね」
止めろよ悪魔。相手にもよるんだぞ? マジで。
~あとがき~
時折ノイエは猫になりますw
そんな訳でファシーが出て来てコロネという獲物を狩りました。
出て来たファシーは褒めて欲しかったのです。フリューレに感謝されたことを。
ですがその名前は実はとんでもない地雷だと猫は知りませんでした
© 2022 甲斐八雲
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