今度物語を聞かせてあげる
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
「いいですか? にいさまのへやはひみつがいっぱいなのです。けっしてそとにもらしてはいけません」
乱れに乱れたベッドを前にし、ポーラが妹分にそんなことを言っている。
今の状態は秘密ではない。夫婦の営みの結果であって……ミネルバさん。それは洗ってしまっておいてください。その犬耳は大切なモノなのです。尻尾ももちろん丁寧に洗って保管です。
あれ? 尻尾は?
気づけば全裸のノイエが赤い尻尾を抓むように持って首を傾げている。
君はまず服を着ようか?
その様子が『私これ知らない』に見えるのは気のせいだ。君は知っています。色違いを装着したことがありますから。でも僕の中ではノイエは犬より猫の方が似合う気がします。
「お姉さま。どうして下着がベッドの下に?」
「よくあることです。きにしたらだめです」
できたら気にして。そしてポーラさん。
妹分に何を教えようとしているのかな? そのベッドの下は秘密がいっぱいだからね? タンスに入れられないアダルトな魔道具を納めた箱が……どうしてその箱の開け方を知っているポーラよ? ちゃんと毎日清掃しているから? 不衛生な道具はダメ? ごもっともだけど開錠できる理由になっていないよね?
違うのコロネ。首を傾げてそれを観察しないで。
それは主にホリーお姉ちゃんが好んで使うものだから!
だからノイエさん。摘まんで『これ知らない』って雰囲気を出さないで。
君は知っているからね! 使ってすらいるからね!
「それとたんすのおくのいたをはずすと」
だから何故そっちのコスプレ衣装の隠し場所を知っている!
見ちゃダメだコロネ。君にはまだ色々と早すぎる!
あれ? 僕の知らない新作衣装が……ナース服だと?
誰が作った! こっちを見ろポーラの中の悪魔よ!
今度何かしらの感謝の気持ちを表したいんです。
本当ですよ? はい? 勝手に作って怒られると? ナース服を嫌う男性って日本に居るの? 一部居るんだ。知らなかった。
「ノイエ」
「はい」
「今夜これ着てね」
「はい」
小首を傾げるノイエは僕が持つナース服を見て『それ知らない』と言う雰囲気を漂わせる。
うん。僕も知らなかったから大丈夫。知ってたら昨晩先生に着せていただろう。
ワンワン先生も捨てがたいんだけどね。あれはあれで愛らしいから。
「ねえアイル?」
「……何も言わないで」
膝を抱えて蹲る魔女に歌姫は掛ける言葉に困る。
あんなにノリノリでわんわんしていただけに、戻って来たからの自己嫌悪が半端無いのだ。
「私は可愛いかったと思うわよ?」
「……」
「それに猫はウチの可愛い娘の物だし」
そんな猫はリグを連れて散歩に出ている。
何でも深部で怪我人が複数発見されて面倒なことになっているとか。
魔眼の中だと良くあることだが、治安維持のためには鎮圧も大切だ。ただリグを連れて行ったと言うことは非戦闘系の者も被害を受けているのだろう。
自慢の娘は昔と違い戦わない者に対しては優しく振る舞えるようになっている。
過去の行いから相手に怖がられてもだ。
「それにアイルだって嫌ならもう少し抵抗しないとね?」
最初は抵抗を見せる魔女だがいつも最後は彼に押し切られてしまう。
『大丈夫。耳だけ。耳だけだから』と言われカチューシャ状の犬耳を装着し『耳には尻尾も大切だから。一緒だから。付いてない方が不自然だから』とどんどん追い込まれる。
ただ最終的には『本当にこの犬は可愛いな。気品があって』とか言われてその気になってしまう魔女が悪い。
ノリノリで犬になってわんわんしてしまうのだ。
「それに胸を見られないから良いんでしょう?」
「……」
歌姫の言葉に魔女は増々自己嫌悪の沼に沈んだ。
確かにわんわんしていると胸は見られない。見られたとしてもノイエの胸のはずなのだが、魔女はそれでも意識して隠そうとするのだ。結果、彼に背中を見られる姿勢ばかりとなって……アイルローゼは頭を抱えて激しく打ち震えた。
違う。あれは自分ではない。あんなのはただの獣であって、やっていることは繁殖行為でしかない。本能のままに子孫を残そうとしているケダモノと同じだ。
「アイル。前からずっと言おうと思っていたことがあるのだけど、言ってもいいかしら?」
「……なに?」
「貴女ってたぶん自分が思っているよりもあの手の行為が好きなんだと思うわよ?」
「っ!」
息を詰まらせ魔女は顔を上げた。
穏やかな表情を浮かべる歌姫は、まるで母親のような雰囲気を漂わせている。
「別に良いじゃないの? 貴女が乱れれば乱れるほど彼は喜ぶのだから」
「……嫌よ」
「どうして?」
「そんなの私じゃな~い!」
絶叫して魔女立ち上がるとその場から逃げて行った。
ようやく静かになった魔眼の中枢で歌姫セシリーンは深いため息を吐いた。
別に好きな相手を前に乱れることなど……一瞬考えた歌姫は苦笑する。自分の場合は目が見えないためにどうしても警戒してしまう。相手を傷つけてしまわないか不安になってしまう。
「にゃん」
「あらお帰りなさい」
「ただ、いま」
この足音は耳に届いていた。
何処か機嫌が良さそうな足音だったからそのままにしていたのだ。
「母さん。どうか、したの?」
「どうして?」
近づいてきた猫が抱き着いて来て甘える。
フニフニと胸を押して……どんどん行動が子猫化している気がしてセシリーンは増々相手が可愛くなってしまった。
「魔女が、泣き、ながら」
「それね」
クスクスと笑いセシリーンは我が子を抱く。
「アイルが素直じゃないからよ」
「素直?」
「ええ」
そっと頬を撫で相手の頭の位置を確認し、セシリーンは自分の額を我が子の物に押し付けた。
軽く記憶を拾い上げ……深部での出来事を理解する。猫が喜んでいた理由も分かった。
「フリューレに感謝されたのね」
「は、い」
「そう」
良し良しと猫の頭を撫でてやる。
深部の中でも最も深い場所に位置する所を根城としている女性は争いを嫌う人物だ。自ら戦うことも無くまたとにかく戦いを好まない。常に誰かの接近を許さずに居る。
そんなフリューレの元を訪れるのはほぼ居ない。
「約束したの?」
「は、い」
我が子の記憶を読んでセシリーンは微かに驚いた。
あのフリューレが感謝以外の言葉を口にした事実に。
「良かったわね」
「は、い」
だから猫の機嫌が良いのだ。
「彼女ならたくさんの物語を知っているからいっぱいお話を聞かせてくれるわ」
「は、い」
とても穏やかな音を奏でる娘をセシリーンは優しく抱きしめた。
決して関わらずのフリューレが我が子に『今度物語を聞かせてあげる』と言ったのだ。あの“書庫番”が。
それはノイエに次いでの快挙とも言える。
ノイエは彼女の膝を枕に物語を聞くことを好んでいた。
セシリーンは猫を撫でながらそのことを思う。
『今にして思えば……フリューレはずっとノイエが来ることを待っていたのかもしれないわね』
深部の奥でたった1人心を許した妹をずっと待っているのだ。
「お姉さま。これは?」
「それはよくわかりませんが、ていねいにふいて……」
それはホリーを黙らせようと悪魔に作って貰った凶器です。何故かお姉ちゃんが大喜びして僕への猛攻を加速させました。恐ろしいのです。
一度先生に使ったら全身を震わせて涙目で許しを乞うてきたな。姉たちによってリアクションが異なるので色々な人に使ってみようかと思ってます。
「お姉さま。これは?」
「それは……なんですか?」
こっちを見るな妹よ。使い方は作った君の中の悪魔に聞くと良い。
「アルグ様?」
「ノイエはその衣装を今夜着ることだけを考えていれば良いのです」
「はい」
自然と魔道具に魔力を流すノイエによって複数の物がモゾモゾと動き出している。
ポーラは表情一つ変えずに掃除していき、コロネは終始首を傾げている。コロネはまだエロの暗黒面に染まっていないことが分かって僕は嬉しいよ。
「旦那様」
「はい?」
ゴミを見るような目でミネルバさんが僕を見る。
だからこれでもドラグナイト家の当主ですからね?
「遊んでいるようなのでご指摘しませんでしたが……お仕事の時間は宜しいのでしょうか?」
「はっ!」
~あとがき~
忘れた頃に増えて来る…ノイエの姉がまた1人登場です。
その名はフリューレ。書庫番と呼ばれる人物です。
詳しい能力は…本編で書かれるのかな?
アルグスタたちの寝室には秘密がいっぱいです。
時折新作が勝手に増える不思議仕様ですがw
© 2022 甲斐八雲
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