その魔剣を貸して欲しい

 ユニバンス王国・東部



「あ~腰がしんどい」

「……」


 僕の声にノイエは小首を傾げてアホ毛を揺らす。

 君はとても便利に祝福を持っているから疲労知らずですよね。僕はずっと馬車の中で横になっていても疲労がたまるんです。


「で、ここで良いの?」

「はい。そうなのですが……」


 合羽を羽織ったミネルバさんが簡易的なテントの中に入って来て説明してくれる。


 前入りした彼女が色々と調べてくれて……はい。ポーラをどうぞ。今なら視線を逸らしていますから抱きしめて頬擦りまで許可してあげます。ポーラもここは持ち前の優しさを発揮して先輩の頭を撫でてあげるくらい……先輩の頭を撫でるのは失礼でしかないと。むしろ無反応の方が良いの? 反応を示すと調子に乗る? ポーラさん。ちょっとあっちでユニバンスのメイド道について色々と語ろうか?


 ならせめてドラグナイト家の令嬢として頑張ってくれたメイドを労わってあげなさい。感涙しているよ。言葉だけで人ってあんなに泣けるんだ。

 で、コロネ。まだ無理しなくて良いんだからね? だから睨むなって。ポーラが怒るから。君はとりあえずノイエに食べ物を運びなさい。


 毒を入れたらどうするって? ウチのノイエは毒ぐらいじゃ死にませんが、そんなことをしたら100回拷問死させてやる。大丈夫。死んでも生き返らせてまた殺すから。魔女を支配に置く僕に蘇生が不可能だと本気で思うか? 別に肉体なんて復活させなくても良い。感覚と精神だけが蘇れば良いんだよ。で、それがあれば拷問にかけて殺してやるから心配するな。


 違うんですポーラさん。コロネをイジメていませんから。泣いているのは……ほらまだ義腕が馴染んでなくて痛いに違いない。

 嘘はダメ? あっちで正座? はい。




 モクモクとお肉を食べながらノイエは周りを見る。


 オレンジのメイドは頬を真っ赤に染め上げて身を揺らしている。

 片腕の小さな子は泣いている。で、泣かせた彼は小さな子に叱られている。


 みんな自由にしている。


「むう」


 小さく唸ってノイエはまた肉を口に運んだ。




「で、だ」


 ポーラのお説教は終わった。


 コロネが睨んできたこととか毒の一件は全て僕が飲み込んでおいた。

 知るとポーラが絶対に怒りだすから。何より『お姉さま』と呼んでコロネがポーラを慕っているのは知っている。怪我を押して今回付いて来たのは慕うポーラに少しは良い所を見せたいとかそんな感じらしい。


 とは言っても本当に義腕に慣れていないので、ノイエに食事を運ぶくらいしかさせていない。細かい操作と言うか動かすだけでも精いっぱいらしい。


「魔剣使いの関係者のお墓は?」


 トコトコと料理を運ぶコロネの様子は子犬のようだ。

 ノイエもご飯を運んでくれるのでコロネを嫌っていない。何より怪我人に対してノイエは優しい。


「はい。村長に問い合わせたのですが『教えられない』の一点張りでして」

「ふむ」


 余所者と言うか王家から来た上級貴族程度じゃダメですか?


「ならこの手の類は好きじゃないんだけどね」


 机に頬杖を突きながら僕はミネルバさんに命じる。

 上級貴族を相手に抵抗する覚悟は嫌いじゃない。でもね……こっちも時間と言う制限があるから大人しく引き下がるとか出来ないんです。


「これを貸すから村長さんを呼んで来てくれる?」

「宜しいのですか?」

「良いよ」


 腰の飾りを……上級貴族と“王族”の地位を表す物を外してミネルバさんに手渡す。


「僕はノイエの家族に対して甘すぎますので」


 悪い貴族と呼ばれても構わない。

 ノイエの家族が望むのであればそれを叶えるまでです。




 静かな雨が降る中で黄色いノイエが静かに立っている。

 彼女が見つめる先は……簡素なお墓が存在している共同の墓地だ。その一角に立って彼女はただずっとその場所を見つめていた。


「にいさま?」

「良いよ。もうしばらくこのままで」

「はい」


 傘とカッパを左右の手に持ったポーラが今にも走って行きそうな雰囲気を醸し出している。

 でもこんな時は1人の方が良いんだ。きっと今頃彼女は……自分の心の中で色々と考えているはずだから。


 泣いているのかもしれない。それだったらこの静かな雨は丁度良い。

 そこまで冷たくはないけれど彼女の涙を隠す程度に降っているからだ。


 権力で呼び出した村長さんは完全降伏でポツリポツリと話してくれた。


 彼女……スハは故郷であるこの村で自分の家族と婚約者と言うかほぼ夫と呼んでも良い人を殺害した。彼女は自分の罪を受け入れ素直に捕まった。

 村民たちは二手に分かれ擁護派と非難派となってスハの取り扱いで揉めたと言う。


 それを覚えている村長はスハの関係者である人たちの墓を隠したそうだ。

 現在墓地に立っている墓石には何も刻まれていない。それはそれでとても寂しい。


「お姉さま」

「なに?」


 まだ傘とカッパを手にしたポーラにコロネが首を傾げている。


 ノイエの変化もポーラが『姉さまはあれが普通です。他言無用です』と命じただけで素直に受け入れた。それはそれで大丈夫かと言いたくなったが誰もツッコまないと僕もツッコめないのでスルーした。


 そんなコロネは疑問に思ったことを素直に口にする。


「あの日って何ですか?」

「「……」」


 ポーラが黙って僕を見る。ちなみにミネルバさんは馬車の管理と今夜の宿の手配に大忙しだ。

 別にテントでも良いのに空き家を借りてそこで一泊という流れらしい。ミネルバさん的には僕らよりもポーラをテントで寝かせたくないっぽい。


 おかげで色々と誤魔化す手間が省けました。で、黙ってスルーする気が視線が動かない。


「10年とちょっと前にユニバンスを中心に起きた事件だね」


 この国であの日に関しての第一人者を自負している僕としては、たぶん裏の出来事を含めて色々と知っている。何せ当事者から遠回りで話を聞けるから。


「馬鹿従姉ことグローディアの馬鹿が悪い人たちに操られ、異世界から何かしらの何かを召還した余波で、年頃の人たちが発狂して人を殺してしまった出来事のことだね。他国だと別の呼び方があるそうだけどこの国だと『あの日』と呼ばれているんだ」

「……」


 何か反応ぐらいしなさい。

 いくら僕のことを嫌っていもそんな態度をするとポーラが……何故か姉貴分のポーラは生温かな視線で妹分を見つめている。


 何その視線は? 我が儘な妹を見つめるような慈愛を感じるぞ?


「陛下がその罪を許したから、罪人となって囚われ処刑された人たちの名誉は回復したけどね」


 あくまで建前だけだ。現にあそこで墓を見つめているスハが居る。

 そんなスハに『もう貴女の罪は許されたのだからそこまで思いつめなくても良い』とは言えない。その言葉を受けた彼女が本当に救われたと思えるだろうか?


「今ノイエの体を借りているスハと言う女性は、自分の両親をその手で殺したんだよ」


 ただの事実だ。


「そして自分が愛し結婚を誓っていた人も殺した。その人たちがあの場所に埋まっている」


 スハが犯した罪だ。


「彼女はそれを無意識に実行した。大半の犯罪者と呼ばれる人たちが無意識で行ったという」


 自分の意識がなくとも行ってしまった犯罪だ。


「君たちはそれを聞いて何と思う? 可哀想だと思うだろう。悲しい話だとも思うだろう。でも僕らはその話を聞くことしか出来ない。聞いて勝手に相手の気持ちに近寄ったと勘違いして同情する。本当の気持ちなんて彼女にしか分からない。だから今はこうして1人にしてあげる方が良いと思う」

「でもにいさま?」


 優しいポーラは僕の顔を見つめて来る。


「分かってるよ。でもノイエの姉たちが弱いと思う?」


 フルフルとポーラは顔を左右に振った。


 正解だ。


 僕は自分用のカッパを羽織りポーラが持っていた傘を受け取ると、簡易テントから出てゆっくりと歩いていく。

 ずっと下を向いて墓を見ていたスハは、顔を上げて空を見上げていた。


 静かに傘を広げてスッと彼女に差し出す。


「……意外とノイエの夫は紳士的なんだな」

「自分これでも元王子ですので」

「そうか」


 傘を受け取らずに彼女は顔を起こすと僕を見た。

 思ったよりも今日は多く雨が降っているっぽい。


「紳士的な相手なら少し頼まれてくれるか?」

「何でも」

「その魔剣を貸して欲しい」


 僕の腰に差している魔剣を引き抜き、スハは何も刻まれていない墓石に傷を刻んだ。

 名前だ。


「……非難を受けたら頼む」

「ノイエの姉の言葉でしたら」

「ああ」


 泣きながら笑い……スハは僕の腰の鞘に剣を戻した。




~あとがき~


 勝手にアイルローゼが交わした約束を守るため、主人公たちはとある村へ。

 そこはスハの故郷であり、彼女が望むのは墓参り。


 静かな雨が降る中で…シリアスさんが仕事をしに舞い戻ったみたいですw




© 2022 甲斐八雲

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