きっと、暴れる。凄く、危ない

 ユニバンス王国・王都王城内大会議場



「にゃ~」

「よしよしよしよし」


 猫が鳴くと何故か皆様が机の下へと沈んでいく。

 だからウチの猫はそんな簡単に暴れたりしませんから。見なさい叔母様を。流石はユニバンス最強の御方です。ファシーの前でフリフリと猫じゃらしを……猫じゃらし?


「シャー」


 怒った声を上げて猫が猫じゃらしに猫パンチを。

 左右のパンチを猫じゃらしが回避し、会心のアッパーカットもするりと避ける。怒っているように見えて全力で遊ばれているファシーもあれだが、顔色一つ変えずに弄ぶ叔母様も凄いな。

 おや? 飽きたのか猫じゃらしをポーラに押し付けましたね。おやおや。回避が甘すぎます。あっという間に猫に襲われて組み敷かれています。


「にいさまっ! ひゃんっ!」

「なぁ~」


 捕まえた獲物を猫が舐めて弄んでいる。首筋を舐めるために可愛らしい悲鳴を上げて……ノイエさん。ちょっと君のお姉さんを回収して来てくれますか?


 午前中に一応ノイエ小隊の待機所に出向いたノイエさんは、アホ毛をしょんぼりさせて戻って来た。もうどうやら完全に休みらしい。

 ので僕の隣に座って居るが、促すとポーラを襲うファシーを抱きかかえて戻って来た。


 会議中央の床の上で痙攣させて横たわる妹が。


 ノイエっ! 猫をこっちに投げてポーラを確保っ! ハルムントのメイドたちの狙いは痙攣しているポーラだっ!


 ポンっと投げられたファシーが僕の前で無事着地する。

 その隙にノイエがポーラを確保して戻って来た。


 偉いですよ~。なでなでです~。


 ノイエを撫でていると猫が間に入って来た甘えて来た。


 ファシーもなでなでだよ~。


 両方撫でていると完全に疲れ切った陛下の視線が僕を見つめているのです。

 背後に誰も居ないから確実に僕を見ている。


「もう良いか?」

「は~い」


 気配を消して2人を撫で続ける。

 陛下は疲れた様子で宰相代理となっているイールアムさんに後を託した。


「本日緊急に集まって貰ったのは他でもない。大陸西部の神聖国から届けられた書簡に関してだ。神聖国を詳しく知らない者も居ると思われる。だから我らが集めた情報をここで開示する」


 大陸西部に支配地域を広げる神聖国はこの国でも珍しい女王が支配する国だ。

 話を聞く限り……ウチにはマツバさんとモミジさんというあっちの出身者が居るので情報集めは簡単さ。


 簡素な報告書は陛下の元にも送ったが、僕の手元にも残っている。


 印象としては中世のアラブかな? 複数の部族と言うか豪族と言うか貴族と言うかそんな感じの人たちが女王を支えている感じだ。ぶっちゃければ武闘派の脳筋集団だと思われる。

 だってあのサツキ家が属しているのだから。


「……その国よりゲートに関しての警告が来た。どうやらその国は古い時代に召喚の魔女よりゲートの管理を任せられたと言うことで、今回の移設の件で許可なく実行した我が国に対し詳しい事情説明を求めている」


 イールアムさんもあの脅迫の件を知っているのだろうが口にしない。言えば場が荒れるのを知っているからだ。

 僕なら言って場を乱してから自分のペースに持ち込むんだけどね。


「この件を大臣たちと共に協議した結果……アルグスタ殿に一任すると言うことで話が纏まった」

「へっ?」


 思わず声が出た。ノイエが甘い声を出して猫が『シャッ』と声を上げた。

 撫でていた手がアホ毛を掴んで、猫のお腹を撫でていた手がそのお腹を掴んでしまっただけだ。


 猫だって女の子だもの……お腹の脂肪を掴まれれば怒りもする。でも痩せすぎているよりか少しふっくらしているぐらいの方が僕は好きなんだけどね。

 ポーラも出合った頃より今のふっくらした方が好きだし。


「だからアルグスタ殿に一任します」


 大切なことだからイールアムさんがもう一度言って来た。


 断るって選択肢はあるのでしょうか?


 陛下に目を向けたら……静かに首を左右に振っている。どうやら断ることは許されないらしい。

 ならばいつものお断り文句。僕がここを離れればノイエも……雨期でしたね。ドラゴンもお休みでしたね。仮に出て来ても少数だから国軍で対処できるし、何より我が国は小型のドラゴンなら仕留めることの出来る魔道兵器が存在している。


 ルッテは王都から一生離れられない存在になりつつあるな。


「陛下。宜しいでしょうか?」

「質問であるか?」

「はい」


 公の場だからこちらも一応言葉を選ぶ。


「同行者は自分が選んでも宜しいのでしょうか?」

「……現時点で誰を連れて行こうと?」

「はい。まずノイエは自分から離れることを嫌うので。何より彼女が居ませんと緊急事態に逃走が出来ません」

「そうだな」


 ノイエの同行に関しては陛下も不満はないらしい。


「自分の身の回りの世話と護衛として妹のポーラを。彼女以外の適任者は居ませんし、何よりポーラはあの馬鹿従姉ばかあねに命じられて僕の監視役を強制的に行っています」

「ならば仕方ない。連れて行くと良い」


 本当は連れて行きたくはないがポーラの中の悪魔が勝手に動くぐらいなら最初から首輪を嵌めておいた方が良い。好きに動かれて怪我とかされたら嫌だしね。


「それと西部の実家よりモミジ・サツキの一時帰国を求められています。彼女の婚約者を連れて一度帰ってきて欲しいと。ですので今回共に西部へ移動し、彼らにはサツキ家での挨拶が済み次第ユニバンスへ戻るようにと考えています」


 婚約者を連れて帰ってくるようにとカエデさんから何度もお願いされている。

 マツバさんがあれだし、自分が結婚する気が無いとかでモミジさんが跡取りを作るために相手を見つけたと村で公表したいらしい。


「共に行くと言うことはアルグスタも一緒に挨拶をすると?」

「はい。自分はモミジさんの上司ですし、王族でもあります。説明するにはこれ以上に適した人物も居ないと考えるので、出来れば臨時で宜しいので何かしらの権限を頂ければと」

「ふむ」


 顎に手を当て陛下が押し黙る。


 権限を求めたのはサツキ家の村で何かしらの交渉事が生じた場合を想定してだ。いちいち本国に問い合わせて~とか面倒だしね。

 高度な交渉じゃなければ僕の裁量で処理したい。楽だしね。


 しばらく考え込んでから、陛下はゆっくりと口を開いた。


「神聖国へ出向いてもらうのであるからな。分かった。今回に限定して何かしらの権限を与えることとしよう。ただそれ内容はこれから話し合って決めるものとする」

「分かりました」


 これでたぶん時間は稼げるはずだ。


「他に誰を?」

「今回は少数で行こうかと思っています」


 ぶっちゃければ神聖国に一緒に行くのはノイエとポーラだけだ。


「魔女を共にとは考えていないのか?」

「あ~」


 僕の目が泳ぐ。


 陛下思惑が見えた。そしてこっちを見ている馬鹿貴族たちの腹の底も読めた。

 アイルローゼが一緒に行くとなれば話し合いと称してお城に呼んで魔道具の製作を頼む気なのだろう。


 駄目だ。今のアイルローゼは嫉妬にまみれて危ないらしい。具体的に言うとファナッテとエウリンカが液体になっている。その原因が僕への嫉妬らしい。

 先生……デレてくれるのは物凄く嬉しいのですが、愛情の闇と言うか暗黒面に落ちないでください。


 今度アイルローゼと落ち着いて話せたら、猫可愛がりしてみようかな? デレてる先生とかどこまでデレるか見てみたい。


「ファシー」

「にゃん?」


 お腹では無くて背中を撫でることで、相手の怒りを解消した僕の問いに猫が可愛らしい声を上げた。


「アイルローゼって最近何しているの?」

「……凄く、機嫌が、悪い」


 猫の声に会議場が静かになった。


「きっと、暴れる。凄く、危ない」

「そっか~」


 もうこの猫ったら本当に可愛いんだから。

 おや? 何故かウチのニクことリスのニクが? どうしたお前。ファシーに用事があるのか? お~いファシー。どうやら君の獣魔が主に用事があるそうだぞ?


 ファシーのニクに気づいて僕の太ももに預けていた顔を剥がして椅子から降りる。

 ニクを連れて会議場から出て行ってしまった。流石猫だ。自由だな。


「陛下。ファシーが言うにはそんな状態らしいですが、来て貰うように頼んでみますか?」

「……そのこともこの後で話し合うこととしよう」


 苦笑しながら陛下はたぶん諦めた感じだ。ただ馬鹿な貴族たちは知らん。

 それから一応話し合いが……と言うより説明が続いて、それから『詳しい話し合いをするので今日はここまで』となった。


 たぶん何処からか神聖国からの書簡と言う情報を得た貴族たちが騒ぎ出したからこんな報告会みたいな場を作ったのだろう。さて。話し合いも終わったし僕らも帰ろうか?


 ニクも宝玉を玉乗りして戻って来たし、あのリスはどんどん賢くなっているな。

 少しは見習えロボよ。掃除だけが仕事じゃないぞ。


 席を立ち逃げ出そうとしたら馬鹿兄貴が完全装備で待ち構えていた。


 何故完全装備? 猫が居たから? 貴方って猫嫌いでしたか? あの猫が嫌い? その発言はファシーに告げ口しておいてやる。足を踏もうとするな。痛そうだから。


 諦めて僕は元の席へと戻ってノイエを撫でることにした。

 ついでにポーラも甘えさせてあげよう。




~あとがき~


 会議室でお話し合いです。

 貴族たちの問いに臨時で開催した感じですね。


 アルグスタが行くことはほぼほぼ決定事項です。

 転移魔法を所持しているとなっているアルグスタはこれから厄介ごとが。


 まずはサツキ家の村を目指すこととなりますが、その前にあそこへ




© 2022 甲斐八雲

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