もういっぱいしたでしょ?

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「かあ、さん」

「はいはい」


 くひっていたファシーが借りてきた猫のようだ。

 大人しくなってセシリーンに抱かれその背を撫でられている。


「もういっぱいしたでしょ?」

「でも……」

「ホリーは泣いて逃げ出したから貴女の勝ちよ?」

「……ほん、とう?」

「ええ」


 慈愛に満ちた笑みを浮かべ、セシリーンがファシーに語り掛ける。


「貴女の圧勝よ。流石私の自慢の娘よ。あのホリーが内心で負けを認めて逃げて行ったのだから」

「……嬉しい」


 全裸のファシーが尻尾を振りそうな感じで笑っている。

 猫って嬉しくても尻尾とか振らないか。


「ほらちゃんと体を拭いて。服を着なさい」

「は、い」


 歌姫の手を離れてファシーがタオルで自分の体を拭き始める。


 どうやら僕は救われたらしい。

 と、セシリーンはゆっくりと手を動かして辺りの様子を確認する。本当に手探りだ。


「どうしたの?」

「どうも普段と感触が違くて」

「はい?」


 恐る恐る手探りを続けながらセシリーンは僕の方へと来た。


「耳の感じも違うし、体も重く感じるし……旦那様」

「はい?」


 彼女が伸ばして来る手を掴んであげると、どこかホッとした感じでセシリーンが微笑む。


「これはちょっとダメそうですね。自分の体とは思えません」

「何ごと?」

「説明しよう!」


 バッと何かを振り払うように腕を振った姿で悪魔が姿を現した。


 ちょっと待て? その光学迷彩チックな姿になって君は何をしていた? 今夜のポーラはミネルバさんとコロネの看病をしているはずだよね?


 だか悪魔はポーズを決めて僕の前に居た。


「その歌姫に新しい魔法の実験に付き合って貰ったのだよ!」

「……それで?」

「もう少し乗ろうよ。つまらないお兄様ね」


 何故か怒り出して悪魔はベッドの端に座る。


「お姉さまの体を使って外に出る魔法の最新版ね。姿を変えてみようと目論んだんだけど……ダメ?」

「はい。違和感が凄すぎて」

「そっか~。やっぱり肉体と精神の壁は簡単に飛び越えられないか」


 うんうんと頷いている悪魔が何を考えているのは良く分からない。

 ただノイエの体を歌姫さんのモノに替えたってことかな?


「変化させているの?」

「そんな感じなんだけどね」


 両足をブラブラさせて悪魔が気の無い返事を寄こす。


「身長は弄れないし……使いどころが少なすぎる魔法なのよね。あまり激しく動かれると強制的に解除しちゃうしね」

「だからの歌姫さん?」

「ええ。魔眼の中で一番動かない人だし」

「……動かないんじゃなくて」


 皆まで言うなセシリーンよ。分かっているから。分かっているから。

 良し良しと彼女を撫でてあげたら……僕とセシリーンの間に猫がその身を捻じ込んできた。本当にファシーは猫だな。構ってちゃん的な雰囲気が半端無いぞ。


「ファシーも良し良し」

「にゃん」


 猫を可愛がる方向に舵を切ってもセシリーンは怒らない。

 娘を見守る母親のような表情を僕の方に向けて来る。


 暫く猫を撫でていたら満足したのかファシーはベッドで横になって身を丸めた。全力で猫だな。

 僕が猫の相手をしている隙に悪魔がセシリーンの体を色々と確認している。


「体の方も極端な変化は……やっぱり幻術の類でそう見せるだけになるか~。気分は?」

「最悪です。グラグラと頭の中が揺れて」

「その原因は謎ね。考えられるのは……船酔いみたいな感じかしら?」


 ちょっと待て。そこまで観察する必要があるのか? あるのね。完璧な複製が目標ですか……歌姫さんの肉体を完璧に把握しているのですか? しているのね。しているのか。何処で学んだ? 魔眼の中なら自由自在? ちょっと羨ましいぞ。マジで。


「失敗と断言できないけどこのままだと無理ね。ちょっと腕を動かしてみて……どう?」

「反応が遅いと言うか、重りを付けられているような感じがして」

「ラグかバグの類か。その辺って原因究明するのが面倒なのよね。あの赤毛の魔女にでも丸投げしようかしら」


 色々と確認し飽きたのか、悪魔がセシリーンから離れると瞳の模様を消した。


「うたひめさま?」

「はい」

「こんばんは」


 丁寧に頭を下げたポーラが僕を見て、そしてセシリーンを見て、ベッドの上の猫を見てから……その視線がまた僕へと戻って来た。


「にいさま」

「はい?」

「ふく」

「……」

「おさかんですね。けっ」


 スタスタと歩いてポーラは去って行く。


 違うんですポーラさん。僕が全裸なのは猫の相手を……気づけば猫は服を着て寝ている。そして色々と悪魔に確認されたセシリーンは最初から裸だった。よくよく思い返すと最初から全裸でした。

 自分は裸なのに娘と呼ぶファシーに着替えを促した剛の者だ。


「あらあら。勘違いされてしまいましたね」

「何故に嬉しそうな声で?」

「うふふ。気のせいです」


 ベッドの上に座ったセシリーンは、その手で猫を撫でだす。


「ところでセシリーンさん」

「はい?」

「いつそれって元に戻るの?」

「……知りません」


 小首を傾げて歌姫さんは困った様子で……動じていないだと?


「きっと魔法の類ですから魔力が切れれば戻れます」

「そうだね」


 それもそうだと納得したら何故か歌姫さんが手招きする。

 釣られて行けば彼女は自分の太ももをポンポンと叩く。


 はいはい。膝枕してくれるんですね。


 誘われるままに横になる。


「うふふ。可愛い娘と女癖の悪い旦那様に囲まれて私は幸せですね」

「ちょっと待て? 解せない言葉が僕の耳と心に突き刺さったのですが?」

「事実だと思いますが?」

「……」


 反論の言葉が出ない。

 女癖が悪いのか? 違う。求められるままに……それに必死に抵抗しない僕も悪いのか?


 苦悩する僕にセシリーンはクスクスと笑いだす。


「少しは気を付けないと危ないですよ?」

「……具体的には?」

「ホリーとアイルが最近怖いです」


 それはマジで怖いな。だから前回のホリーは……お姉ちゃんはいつも通りだった気がします。

 つまりアイルローゼが危険だという忠告か? 呼ぶのが躊躇われるぞ?


「ファナッテとエウリンカは液体になっているからしばらくは大丈夫だと思いますが」


 何が大丈夫なのかは聞かない。そして誰が液体にしたのかも聞かない。


「最近だとシュシュもレニーラも呆れ気味ですしね」


 あの2人に呆れられるのは……と言うかレニーラに呆れられるのがショックだわ。


「リグは普段からあんな感じですし、ファシーは……本心だと怒っているのかもしれないですよ?」

「肝に銘じます」

「うふふ。でも旦那様は自然と女性を口説きそうですから」

「人聞きの悪い」

「あらあら」


 機嫌良さそうに笑う歌姫さんは優しく僕も撫でてくれる。


「でも少しは気を付けてくださいね。その内刺されますよ」

「気を付けます」

「はい」


 ポンポンと胸を叩かれ疲労と睡魔から瞼が重くなる。

 深く息を吐いていると音が聞こえて来た。きっとセシリーンの……




~あとがき~


 刻印さんの新作魔法は成功だけど満足いく結果とはなりませんでした。

 こうなるとやる気を失うのが刻印さんです。アイルローゼに丸投げしようかと考えだします。


 最近色々と手を出しまくっている主人公に忠告です。

 アイルローゼの嫉妬は、と言うか女性の嫉妬は恐ろしいんですからね




© 2022 甲斐八雲

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