分かるか小僧!

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「アルグ様。約束」

「……」


 スリスリと甘えて来るノイエが離れない。離れてくれない。


 なんてこった。これは想定していないぞ?


 僕は目の前の存在を見て動きを止めた。


 帰宅して休憩してからと色々と考えていたが、まさかの事態発生だ。

 玄関の隅に置かれた大きなクッションの上で猫が丸まって寝ていた。


 猫だ。人の形をした猫だ。それが身を丸くして寝ている。それは良い。

 それを眺めて『ほふっ』と熱いため息を吐き出しているメイドさんたちはどこの人たちでしょうか? ハルムント家所属のメイドさんですか? これはこれは丁寧なご挨拶をどうも。


 それで貴女たちがどうしてここに? 荷物の輸送を手伝ったと……荷物?

 ミネルバさんは荷物ではありませんよ? 立って歩けないメイドなど荷物以下って言う意味では無くて、本当に荷物じゃないですから。だから簀巻きにして運ばないであげてください。

 ずっと枕を濡らしていても彼女は我が家の主任メイドですから。


 で、もう1つの荷物って……ハルムント家って立って歩けないと人でも荷物扱いなの? その通りって力強く頷かないでください。何よりコロネの場合は怪我人であって昨日手術したばかりでしょう? そんな人を簀巻きにして運ばないでください。

 止血帯ですか? 後付けの言い訳に見えるんですけどそう言うならそれで良いです。


 コロネは動かしても大丈夫なんですか? これが居るとキルイーツのオッサンとあのゴーレム使いが様子を見に来て面倒臭いと。

 誰の本音? 叔母様ですか? こっちを見なさいメイドさんたちよ!


 苦情を言おうとして居たら小さなメイドが姿を現した。

 我が家のもう1人の癒し系であるポーラだ。


「にいさま。おかえりなさいませ」

「ただいま」


 トコトコと歩いて来たポーラの姿に僕の頬がヒクっと動いた。


 どうして君はそんなに血まみれなのでしょうか?

 僕の視線に気づいたのか、ポーラが自分の姿を見つめた。


「ごめんなさい。にもつのせいりとさぎょう、」

「ちょっと待て」

「はい?」


 小首を傾げてポーラが僕を見る。


「君も人を荷物扱いするのかね?」

「にいさま?」


 ポーラが少し驚いた様子で口を開いた。


「ひとはひとです。にもつじゃありません」

「ですよね!」

「ただたってあるけない、もぐっ」


 近寄ってポーラの口を手で塞ぐ。

 それ以上の言葉を僕は君の口から聞きたくないのだよ。


「で、その返り血は?」

「……ちではないです」


 ポーラが言うには塗料とのことだ。

 僕らが早く戻って来たので作業の手を止め急いでこっちに来たとか。で、何の作業?


「おへやのもようがえです」

「そっか~。誰の?」

「コロネとファシーねえさまの」

「……」


 コロネの部屋は臨時らしい。まだしばらく傷の手当てが必要と言うことで個室を与えて治療に専念するとか。理由を聞けば納得だ。流石ポーラは優しいと頭を撫でてあげる。

 でだ。どうしてファシーの部屋?


「ねえさまがつくってと。だめでしたか?」

「ダメじゃないんだけどね」


 急な話でビックリしただけです。

 何よりあっちでメイドさんに囲まれている猫も居ますしね。納得です。


 出て来てからポーラに命じたのかな? それなら別に驚かないんだけど……ちょっと聞いても良いかな? その赤い塗料は何処に使ったの? ファシーの部屋ですか。予想通りで驚けないや。

 それで部屋中真っ赤とか? それは違うのね。ベッドだけ赤く塗ったの? どうしてベッドだけ? 赤い色を見ると興奮するとファシーさんが言ったのね。何て恐ろしい。


「まっかにぬりました」

「そっか~。頑張ったのね~」


 追加でポーラの撫で撫でを続行する。

 僕に甘えていたノイエも手を伸ばしてポーラを撫でだす。


「で、どうしてファシーが居るの?」

「しりません」


 ポーラがミネルバさんとコロネと言う荷物……怪我人を運び屋敷に帰って来ると、ファシーが屋敷内を徘徊していたという。

 その行動はまるっきり猫で、屋敷の隅々で体を擦り付けていたとか。


 僕とノイエが仕事で居ないことを説明すると、ファシーは玄関で丸くなって寝始めたそうだ。

 石畳の上で寝るのは可哀想だからと言ってハルムント家から荷物運びの手伝いに来ていたメイドさんたちが大きなクッションを準備して猫に与えたと。


 謎は全て解けた。何一つ分からないがとりあえずファシーは出て来ただけのようだ。


「……ん~」


 僕らの視線に気づいたのか猫がコロッと寝返りを打ってから起き出した。

 腰を上げて背を伸ばして……人間って衣装だけであそこまで猫になれるのか?


「む」

「ノイエ?」


 ノイエが突如として僕の腕に抱き着いていた手を放してファシーの元へ歩き出した。

 顔を洗っていたファシーも気配に気づいて……今のは錯覚か? 違う。まさかっ!


 僕もその事実に気づいたが、その先に気づいていたノイエが猫を抱え込んでスリスリと自分の頬を相手の頬に擦り付ける。

 ピョコピョコとファシーのフードに付けられている猫耳が動いた。


「まさか……なんて技術の無駄遣いなっ!」


 驚くほどに無駄遣いだ。

 だが僕はあんな風に技術を無駄遣いする人物を知っている。

 ハッとして顔を向けると、悪魔が笑みを浮かべていた。


「分かるか小僧!」

「流石です。師匠!」


 床に膝をついて悪魔に縋りつく。


 本当にこのお方は……全てを理解している。

 あれは確かに技術の無駄遣いだ。万人がそれを認めるだろう。

 だがその無駄が大切な時がある。僕も悪魔もそれを知る人物だ。


「それであの耳は!」

「ふっ……ただ動くだけよ」

「完璧です。師匠!」


 満点回答だ。素晴らしいとしか言えない。

 涙ながらに悪魔に縋りついていたら周りの視線が……と、伝説の魔女をその身に宿すポーラが指を動かし宙に文字を綴ってそれを押すことで魔法とする。

 いつ見ても芸術的に美しい魔法だ。格好だけでその気になれば無詠唱で行動も必要としないで魔法を使えるそうですけどね。


 こっちを見ていたメイドさんたちが全員棒立ちになって遠くに視線を向けた。


「無駄にこの世界の魔法を超越しているよな」

「当り前でしょう? この世界の魔法は私たちが作ったのよ」


 三大魔女の1人だから言える言葉だ。実際にその通りだしね。

 何やら命令する悪魔の声に従ってメイドさんたちが玄関の隅で一列に並んだ。


「この人たちにどんな記憶を?」

「ん? 姉さまとお馬鹿なお兄様が乳繰り合う姿、をっ!」

「何を見せているのかな?」


 顎を掴んで悪魔に教育的指導を繰り出しておく。


 よりにもよってノイエと僕のエロシーンだと?


「なら魔女の一人遊び、をっ!」

「それは僕の物だ!」

「我が儘な……なら最新のエロを」

「誰の何よ?」

「うふふ。同性愛者が一方的に女性を凌辱す、るっ!」

「知らない。僕の知らない話をするなっ! 羨ましいだろうがっ!」


 何ですかその新作は? 同性愛者? 居たな……あれか。それが一方的に女性をだと? 大丈夫か? 色々と危険な行為が発生していそうで、確認するべきだと僕の魂の奥底が叫んでいる。


「だからお前が持つ全てのエロを僕に提供しろ!」

「だが断る!」

「なろ~! ならばお前で最新作を作ってくれようか!」

「いやん。お兄様に犯される~」


 顎掴みから抜け出した悪魔がお尻を振りながら逃げ出した。

 なろ~! やはりアイツには一度現実の厳しさを叩きこんでくれる~!


 逃げる悪魔を追いかけようとしたら僕の背中に重さが。


「にゃん」

「……」


 猫が背中に飛び乗って来た。

 スリスリと甘えて来る。それは良い。正面からゆらりとノイエも迫って来るのですが?


「アルグ様」

「はい」

「約束」

「……あっ」


 忘れていた。と言うかたぶん僕の中の何かが拒絶していたのかもしれない。

 だってノイエとの1回が終わっても間違いなく背中の猫との連戦が待っているんだよ? 今夜が僕の命日になるかもしれないんだよ?


「アルグ様」

「はひ」


 正面からノイエが抱き着いて来た。


「頑張る」


 頑張らないで~!




~あとがき~


 屋敷に帰ると玄関に猫が寝てました。何故にファシー?

 叔母様の屋敷からも荷物が運びこまれ…人が荷物なのか?


 で、今日も主人公は眠れないw




© 2022 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る