まさかのブーメランに

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「アルグ様?」

「ノイエ~」


 疲れ切った足取りでどうにか馬車を降りると、ノイエが月面宙返りを決めて僕の前に着地した。

 とても綺麗な放物線でした。僕に気づいてダッシュで帰って来たんだろうね。でもスカートでそれはダメだと思いますが、ノイエってばその辺のことは気にしないからな~。


 何より目の前にお嫁さんだ。僕のお嫁さんだ。抱き着いても何しても絶対に怒らない愛しい人だ。

 正面から抱きしめて相手の頬に自分の頬をスリスリする。


「ん?」

「もう少しだけ」

「はい」


 甘えたいんです。全力で。だからノイエを抱いてスリスリしてクンクンして心を落ち着かせた。


「終わり?」

「続きは2人っきりになったらね」

「……」

「ノイエさん?」


 ひょいと抱えられノイエの手により運ばれる。向かう先は寝室では無くてお風呂か!


「2人きり」

「まだ早いから!」

「平気」

「何がっ!」


 運ばれつつ……ノイエが器用に服と下着を脱いでいく。その器用さは何? 軽く引くんですけど?

 って僕の服に手をかけて何をする気だ! いや~! ノイエに脱がされる~!


「誰も一度で終わりとは言っていない」

「最近のノイエさんの発言がとっても怖いんですけど!」

「大丈夫」

「だから何がっ!」


 クルッとアホ毛を回していつもの無表情に……ほんのりとノイエは頬を赤くした。


「好きだから止まれない」

「……」


 あれ~? そう言われたら抵抗する意思が無くなるんですけど?


 ズルいぞノイエ。そんな必殺のセリフ、どこで覚えた?




 必要以上に体をホカホカにさせてからの夕飯となった。

 モリモリと食べるノイエは食事の半分ほどを消化し……そして辺りを見渡しだす。


「小さい子?」

「今日はミネルバさんと一緒に叔母様の所に泊まります」

「はい」


 納得してノイエは食事に戻る。


 僕もマカロニみたいな物をフォークで刺しながら深い息を吐く。


 コロネの手術は驚くほどすんなりと成功した。『私を誰だと思っている? リグの父親ぞ?』とか抜かすキルイーツのオッサンは、流石に疲労困憊で今夜は叔母様の所で泊まって行くらしい。

 一応コロネの容体が急変したら対応するという意味合いもあるとか。


 唯一の心配は下町の診療所だ。


 ナーファしか居ないあの場所に急患でもと思ったが、それはそれ。叔母様が事前に手配して治療に長けたメイドさんたちを派遣しているらしい。

 で、詳しく聞くと最近は実地練習を兼ねて派遣していて『あの場所は少々手狭なのが問題です』と打診された。


『今後もメイドさんを定期的に派遣するならウチの本気を見せますが?』と答えると『やはり現場の方が学ぶべきことが多いので』との返事だった。

 メイドランドでは怪我人を治す技術は磨かれるが、病人の方が不得手になるらしい。


 つまり僕と叔母様の意見は一致した。

 診療所の主の意向など無視して診療所の新築拡張が勝手に決まった瞬間だった。


 そして手術中一瞬だけ抜け出してきたポーラだったが、終始コロネの左手を握って……励まし続けたの? 気絶している相手にそんな行為は気休めって身も蓋も無い。


 そもそも麻酔とかってどうなっているの? 毒を飲ませて気絶させる? 必要なら魔法で? あれ? 僕ってばプレートを埋め込む時に激痛に耐えたよね?


『あれは馬鹿をした馬鹿者に対する軽い罰だ』とか、手術の報告を聞いていた時にオッサンが抜かしたので一発蹴りをお見舞いしておいた。

 久しぶりに会心の一発でしたよ。


 麻酔で眠っているコロネの看病をしたいとポーラが言うので、今夜だけは叔母様の所に置いて来た。

 流石に一晩では叔母様とてポーラを洗脳できまい。何より看病と言う仕事を前にしたポーラは決して揺るがずにその任務を果たす。まだ幼いのに徹夜とかって体に良くないんだけどな。


 ミネルバさんは精神的に回復できずベッドの上の住人だ。

 ウチの馬車を動かし僕を屋敷まで運んでくれたのは、ハルムント家の武装メイドさんたちだ。

 明日の登城にも付き合ってくれると言うことで、今夜はお客さんとして迎えるはずが我が家のメイドさんたちに混ざり仕事をしている。


 メイド迷彩とかそんな感じですか?


 違和感なく馴染んで仕事をしているハルムント家印のメイドさんたちが心底怖いです。


 今夜の我が家には主任クラスのメイドさんは居ないけど、元主任さんが居るので心配は要らない。

 後のことはその人に任せれば良い。


「あ~ごめん」

「何でしょうか?」


 そんな元主任さんに声をかける。ミネルバさんが来るまでこの屋敷を取り仕切っていたベテランさんで、ノイエがお城に住んでいた頃からの付き合いである人物だ。


 別名ノイエラブ派の筆頭メイドである。


「実は……」


 コロネと産休のことについて説明をし、現在結婚しているメイドさんたちに対し気兼ねなく夜の営みをして頂けるように説明する。


 そして産んでください。育児室として離れを作りますから。


「離れなど作らなくてもこの屋敷には空き部屋が数多くありますが?」


 皆まで言うな。ただその空き部屋の大半は今後埋まって来そうな気がする。

 アイルローゼが自分の部屋を作ったおかげで、何となく空き部屋について尋ねて来たホリーが居た。ホリーが興味を持つのなら他の姉たちも興味を持ちかねない。つまり部屋が一気に埋まっていく可能性がある。


 それに何かと騒がしい我が家の中では……はい。言い訳です。

 エロスが蔓延しているこの場所に子供たちを置いておくのは何となく嫌なだけです。だから離れで良いじゃん。ちゃんと作らせるから。


「御当主様がそう望むのであれば……」


 僕の言い訳に彼女が折れてくれた。


「アルグ様」

「はい?」

「離れって何?」


 何故かノイエが離れに興味を持った。


 簡単に説明すると……離れって何なんだろう? あれだ。庭に作る別荘みたいなものかな? 別宅かな?


 身振り手振りを加えてノイエに説明すると、彼女はコクンと頷いた。そして興味を失った。

 ノイエの目は残されたお肉をロックオンだ。

 流石だぜノイエさん。自分の好物は最後に残すその辺り……最高です。


 モクモクとノイエはお肉を食べてご馳走様をする。


「続き」

「はい?」


 食事を終えたノイエさんが椅子から立ち上がると……僕の聞き違いですよね?


「続き、する」

「……」


 どうやら聞き間違いではないらしい。

 流石ノイエさん。一度言った言葉は撤回しない女ですね。


 いや~! 最近のノイエさん、本当に容赦ないから~! もう少し優しさとか思い出して欲しいんです~!


「大丈夫」

「何が?」


 必死の抵抗というか、言葉に、彼女が返事を寄こす。


「限界は把握した」

「誰の? 何の?」


 自信満々にノイエが胸を張っているんですけど? アホ毛が誇らしく見えるんですけど?


「だから平気」

「だから誰の~!」


 またノイエに担がれて寝室へと運ばれたのでした。


 確かに今夜はポーラも居ないから好き放題だけど……ノイエさん。少しだけ、本当に少しだけ出会った頃の何かを思い出してくれませんか?

 あの頃の君は……何も知らないだけでここまで貪欲じゃ無かったよね? あれ? つまり僕との出会いがノイエを貪欲にさせたということ?


 まさかのブーメランに僕は心の中で泣いた。




 王都王城内アルグスタ執務室



「どうした友よ?」

「……」


 ごめん。返事をするのも億劫なんです。

 必死の思いと言うか……本当は休みたかったんだけど、借りているメイドさんたちの返却とポーラの回収やらで強制的に登城することとなったんです。気力だけで動いています。


 僕をカラカラの干物にしたノイエさんは朝から元気に仕事へ向かった。

 ただ問題は今朝から小雨が降り出している。

 もうボチボチ本格的な雨期だ。ノイエのお休み期間だ。


 体と心に気合を込めてお城へと来た僕を待っていたのは、変態娘の兄であるマツバさんだ。


「……ノイエが元気で」

「それは仲の良い」


 全てを察してくれる変態娘の兄は深く頷くと僕の机に何やら物々しい筒と言うか書簡だっけ? そのような物を置いた。

 たぶん手紙だね。蝋封もされた正式な物だ。


「何よこれ?」

「うむ。実は今回はこれをシュニット国王に渡して欲しい」

「陳情の類? なら正規ルートで」

「違うのだよ」


 僕の声を遮りマツバさんが薄く笑う。

 線の細いこの人が笑うと、どこか残忍な暗殺者の類に見えるから怖いのです。


「この書簡は神聖国からの……この国に対しての宣戦布告にも等しい書状だと思われる」

「……はい?」


 何か良からぬ単語がズラズラと?




~あとがき~


 ポーラもミネルバさんも居ない。

 つまり今夜は自由だ~とノイエが思ったのかは別として、暴走ですw


 ノイエラブ派筆頭の元主任メイドさんは名前の決まっているキャラですが…まあアルグスタは彼女の背後関係とか気にしないタイプですしね。

 掘り下げないだろうからモブ扱いにして出してませんw


 意外とドラグナイト家のメイドさんたちって複数の所属に分かれていてややこしいんですよね。

 ただ大きく分類するとノイエラブ派とポーララブ派に分かれますが…それと数人だけ魔女様が意外と可愛い派な人たちも居ますがw




© 2022 甲斐八雲

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