閑話 22
ユニバンス王国・王都王城内
「放せ~です~」
響き渡る声に人々は足を止めたが、再起動は早かった。
いつもの声だ。良く響き渡る声だ。
あの体形でよくもここまで大きな声が出せる物だと感心してしまう。
人々の想いは別に元凶たる人物はジタバタと暴れていた。
悪戯を見つかり捕まった猫のように暴れている。本人は犬好きを公言しているが。
「王妃様。知っていますか?」
「何がです~?」
メイドに襟首を握れ捕まった少女のような存在は、決して逃げ出すことを諦めずにジタバタと手足を動かす。
今日も今日とて全力で刺激を求めてお城の中へと冒険の旅に出たのだが、向かった先にそれが居た。彼女専属のメイドだ。
本来の仕事は護衛だが、ほぼ毎日我が儘な“王妃”の世話係と化している存在だ。
猫持ちにされた王妃キャミリーは、自分を掴み上げているメイドに首を傾げその愛らしい顔を向けた。だがメイドにはそんな猫かぶりの表情など通じない。もう見飽きている。
「良い王妃の条件です」
はっきりとメイドがそう言い切った。
「ほほう。私以上に優秀な王妃は居ないです~」
負けじとキャミリー応じた。
「そうですか。なら今からの言葉に王妃様は何なく頷けるはずですね?」
「当り前です~。私はとっても優秀な王妃です~」
吊られながらも王妃はその平らな胸を張る。
ぶっちゃけ膨らみを期待する方が残念なくらいにまっ平らだ。
「良い返事です。なら王妃様。良い王妃とは……メイドに迷惑を掛けない存在なのです」
「……」
「起きてすぐに食事も摂らずにお菓子に手を伸ばさない存在なのです」
「……」
「着替えを準備している間に二度寝を始め、叩き起こしたらベッドの下に逃れ、ベッドを退けたらベッド本体に張り付き逃れようとしない存在なのです」
「……」
全身から溢れ出る冷や汗を止める術をキャミリーは知らない。
今の話は実に拙い。具体的に言うと第三者に聞かれるのは大変に宜しくない。
「分かったです~。悔い改めるです~」
「挙句に」
「人の話を聞け~です~!」
手足を振り回し暴れるキャミリーの言葉になどメイドは耳を傾けない。
例え偽りのメイドであってもそれがユニバンスのメイドとして正しい姿勢だからだ。
「着替えを済ませれば部屋を出るのを嫌がり、少し目を放せば隠し通路から逃亡」
「違うです。ちょっとお花を摘みに行ったです~」
「挙句に」
「追い打ちです~! この状況で死者に鞭打つ非道です~!」
迫って来る相手に王妃は必死に顔を左右にへと振る。
『違う。そうじゃ無い。全部嘘だ』と視線に込めて訴えるが、迫り来る人物の顔は、その表情はとても穏やかだ。
穏やかすぎてとても遠くを見つめている目にキャミリーは拙さを感じる。
「ようやく捕まえたらと思えば……そうそう。本日は陛下との重要な話し合いにご参加するとか。時間は大丈夫でしょうか? 確か昨晩『あんなつまらない話なんて聞きたくないです~。あんな話を聞くぐらいならアルグスタおにーちゃんの部屋に行ってケーキでも食べていた方が楽しいです~』とか言ってましたが本心ではありませんよね? 貴女様は大変優秀な自称王妃様ですから」
「言葉を間違っています! そこは優秀を自称です~」
「そうそう。自称優秀な王妃様でしたね」
ニコリと笑いメイドは掴んでいる存在を隣に来た人物へと差し出した。
「これは陛下。大変お見苦しい所を」
王妃を掴んだままでメイドは一礼してみせた。
「……レイザよ」
深い。深すぎるため息の後に、メイドに陛下と呼ばれた存在は口を開いた。
「はい陛下」
「いつも王妃が迷惑をかけているようだな」
「はい」
否定はしない。否定などはしない。それがユニバンスのメイドだ。
「ですが陛下がちゃんとお話になっていただければ、2日程度は真面目に働きますので」
「もう少し頑張るです~。せめて5日は真面目に」
「キャミリー?」
「シュンです~」
床に下ろされ王妃は身を小さくする。
深く息を吐きだした国王シュニットは……何とも言えない視線をメイドへと向けた。
「レイザよ」
「はい。陛下」
問われメイドは軽く顔を伏せる。
「気のせいか身長が? 何よりその顔は?」
「はい。魔女の魔道具の実験に付き合っていまして現在はこのような格好を」
「そうか」
本来の素顔で告げてくるメイドにシュニットは魔女と呼ばれる者の実力を垣間見、内心で尊敬の念を抱いた。
やはりあの魔女は間違いなく天才なのだと。
「前の方が良ければ戻りますが……魔女様よりしばらくこの義肢を試して欲しいと頼まれていますので」
「そのままで良い。不都合はないのであろう?」
「はい」
顔を上げ軽く微笑み……メイドであるレイザは右腕を横へと伸ばした。
「色々と本当に便利ですので」
「あぎゃ~! です~!」
逃亡を図り逃げ出したキャミリーの後ろ襟を伸びて来たレイザの右腕が捕まえる。肘から先を飛ばし掴んでみせたのだ。
「御覧の通りに」
「……そうか」
若干視線を彷徨わせながらシュニットはどうにか言葉を発した。
どうもこの国のメイドは……おかしな方向へと進化し続けている気がしてならないのだ。
「それにこれは本当に便利でして」
「削れるです~!」
床に這いつくばり、それでも逃れようとしていたキャミリーが引っ張られてくる。
レイザの肘から伸びた硬質の糸が巻かれ、右腕が元の場所へと戻ってきているのが原因だ。
「他の仕掛けも御覧に入れましょうか?」
「……今日は良い。これから王妃を連れて話し合いだ」
「畏まりました」
右腕を戻し、レイザは確保した王妃を彼女の伴侶である国王へと引き渡した。
「王妃様」
「……なんです?」
不貞腐れて頬を膨らませる主人にレイザは柔らかく笑いかけた。
「お仕事頑張ってください。私は今から暇を頂き休んできますので」
「……それでか~!」
いつもの口調を忘れてキャミリーは叫んだ。
「今日は何処か隙が多いと思ったら~!」
「はい」
悪気の無い表情でメイドは応える。
「“優秀”な王妃様なら自分の隙を見逃さずに必ずや逃げ出そうとすると思い……本当に貴女様ほど優秀な人は居ません」
「嵌められたです~! 覚えていろです~! はっ! 放すですシュニット様。私はあんなつまらない税金の話なんて聞きたくないんです~」
脇に抱えた妻を無言で運んで行く国王の背に手を振り、レイザは相手が見えなくなるまで見送った。
「さて」
優秀な主人のおかげで得た休みを、レイザはどう使うか決まっていた。
「今日は歩いて王都を散策しましょう」
声に出し足を動かす。前の人形とは違い自分の足の付け根に床を踏みつける衝撃がやって来る。
本当に失った腕と足を改めて得たのだと実感する。
ただ歩くというだけでこんなにも嬉しいこととは……レイザは知らなかった。違う思い出したのだ。思い出すことが出来るようになったのだ。
「あの~?」
「お気になさらずに」
「……」
頼んだのは自分だが、まさかな人物が来るとは思っていなかった。
相手のことは良く知っている。良くと言えばあれだが、厳密に言うと一方的に相手を知っている程度だ。
何せ相手は有名人だ。ユニバンス王国の王城勤務で彼女を知らないのは不自然なほどだ。夜警の騎士たちが密偵の炙り出しで合言葉とするほどの存在。
それが目の前で何やら怪しげな道具を広げていた。
「横になっていただけますか?」
「それは?」
「はい。“そのまま”の姿で」
「……」
相手の言葉を理解し、長身の女性……レイザは準備されたベッドに横たわる。
診察するように手を伸ばしてきたのは、右目の上に眼帯をした小柄なメイドだ。
この国で最も有名な夫婦……ドラグナイト家の妻であるドラゴンスレイヤーの義理の妹。祝福と魔法の使い手で英雄になれる素質を秘めた初代メイド長垂涎の才能の塊。孤児のポーラだ。
彼女は慣れた手つきでレイザのメイドを解いていく。
「初めまして」
「……ええ。初めまして」
胴体部分を広げられたレイザは改めて相手と目を合わせた。
普段胴体の一部と化している自分がこうして姿を晒すのはそう多くはない。良くて入浴時ぐらいだ。
故にレイザは頬を赤くして少しだけ自分の成長の少ない体を震わせた。
「大丈夫です」
「えっ?」
「体の成長云々に興味はありません」
「……」
自分と大して変わらない背丈の存在にそう告げられ、レイザの頬は増々赤くなる。
正直自分の成長など命が救われたと知った時に諦めた。
両足に右腕と内臓も失った自分が生きているだけでも奇跡なのだ。
それで成長を望むなんて……本当に高望みでしかないと知っているからだ。
「では始めますね」
少女は事務的にそう告げた。
~あとがき~
本編で挟む予定が進行の遅延でズルズルとここまで来てしまいました。
ですので本編最後よりもちょい過去の話になります。まあ暗殺っ娘の絡みもあったんで復讐編の最後に持って来たかったのもあるんですけどね。
そんな訳でレイザです。
新しい体…人形はゲットしていますが、最近はもっぱらこっちのスタイルで居ます。
両の義足と右の義碗です。人形師と呼ばれるほど操作系魔法に優れているレイザだと、同時に3つの腕や足を動かすのにタイムラグが発生しません。
そしてやはり暗躍している刻印さんなのですw
© 2022 甲斐八雲
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