閑話 23
「まずわっと」
「えっあっちょっと」
驚くレイザをスルーしてポーラは彼女を抱える。
何処にそんな力がとも思ったが、少女はレイザを抱えて人形の横へと置いてくれた。
そっと視線を横に向ければそこには長いこと付き合って来た人形が横たわっている。
本当に長いこと付き合っているから至る所が故障している。むしろ無事な部分を探し出す方が大変なほどだ。
魔法学院に所属している魔法使いに言わせれば『もう限界ですね』とのことだ。
友人であり魔道具に詳しいイーリナですら言葉に迷う。
分かっていたことだ。
道具は使えば劣化する。劣化すれば壊れるのだ。
どんなに大切に扱っても、どんなに手入れをしても……人と同じで必ず最期を迎えるのだ。
丁寧な手つきで天才少女と名高い小柄なメイドが、各部を調べては時折右目の眼帯に触れる。
「その右目は?」
「魔道具です」
作業に集中しながら少女は言葉を綴る。
「魔女様が持つ魔道具と繋がっていて、彼女はこの眼帯の水晶を通して私の作業を見ています」
「……物凄い魔道具ですね」
遠隔で物を見るような魔道具をレイザは知らない。故に素直に驚いた。
「秘密ですよ。これが知られると色々と揉めますので」
「……分かりました」
今回は自分の我が儘を聞き入れて貰った状態だとレイザは理解している。だからこそ守らなければいけない部分は存在する。
王家にとって重要な情報だとしても不義理になるのであれば口を紡ぐ。
自分はユニバンスのメイドの振りをした魔法使いでしかない。メイドとは違いそこまでの忠義は持ち合わせていない。
「もうこれは……」
人形の全身を確認した少女が口を開いた。
「魔女様が言うには手の施しがないそうです」
「そうですか」
分かっていた。
たぶん自分はその言葉を得て認めるために、歴史に名を残す術式の魔女に修理依頼をしたのだ。事実を知って全てを諦めるために。
ただ王家は自分の実力を高く買ってくれている。
魔法学院と組んで遠隔による人形の操作の実験を行ってくれるほどにだ。でも操るべき人形が無いのなら“人形師”は廃業だ。
「ですので、これは諦めましょう」
「……はい?」
余りにも軽い口調にレイザは間の抜けた声を発した。
自分を見つめる少女は……本当にまだ未成年なのかを疑いたくなるほど怪しげな笑みを浮かべていた。
どこか妖艶で異性も同性すらも魅了しそうな笑みを浮かべているのだ。
「新しい……と言うには語弊があります。これと同等の未使用の人形を魔女は所有しています。それとこれを入れ替えるというのであれば交換に応じるそうです」
「本当ですか?」
体を起こそうとしてレイザは右腕を滑らせる。
日々人形に任せているせいで筋力は赤子ほどしかないと自負している。女子供にも負ける自信がある。
おかげでお風呂に行けば友人のネルネに玩具にされるが……あれはあれで悪くないから開き直っている。
最終的にピカピカに体を洗ってくれるから文句はない。ただその過程に難があるだけだ。
「本当に新しい体を?」
「はい。ですが魔女様は、もう1つ条件を提示しています」
「条件?」
「ええ」
キラリと少女の左目が怪しい色を見せた気がした。
「実験です。新しい……魔道具の実験です」
「魔道具の?」
「はい。それも貴女にしかできない新しい形の魔道具です」
「……」
言いようの無い恐怖を感じた。
詐欺師を前にしたような感じがして……でもレイザは迷いはしたか悩まなかった。
「お願いします。私が出来ることであるなら何でも」
「迷わないのですね?」
少女の問いにレイザは首を振る。
「迷いました。でも悩まなかっただけです。だって人形は私にとって必要な物ですから」
「それは貴女が人形師と呼ばれているからですか?」
「……それも理由の一つです」
落ち着いてレイザはベッドに横になと、天井の一点を見つめて言葉を続ける。
「私は決して強くない魔法使いです。ただ器用なのと魔力量が豊富なぐらいで」
「ええ。その点は魔女も感心しています」
少女の言葉にレイザは笑う。魔女に褒められたのは純粋に嬉しい。
「だから人形は必要です。ですが……こんな私でも誰かの役に立つなら嬉しいじゃないですか。本来なら死んでいただけのこの私が国の役に立つなら」
「崇高な志ですね。私の兄にその言葉を聞かせたいです」
「アルグスタ様はこの国の英雄です。私なんかより遥かに素晴らしい人です」
「……ついでにその目が腐っていないかも確認しておきます。目よりも脳かな?」
義理とはいえ実の兄に辛口な言葉にレイザは苦笑する。
何だかんだここで酷い言葉を言っていても彼女が兄を慕っているのかは有名な話だ。
「だから使ってください。私で良ければ」
「そうですか。分かりました」
返事を寄こし少女は移動を始める。
まず部屋の出入り口に鍵をかけ、窓を開いて鎧戸を閉じる。勿論鍵も閉じられた。
外からの明かりを失い室内にはランプの淡い光で満たされる。
「あの~? 何を?」
「だから実験です」
返事はするが相手の姿が角度の都合見えない。必死に首を動かし覗こうとするが駄目だ。
「新しい魔道具の実験をするに辺り重要なことがあります」
「重要?」
「ええ」
スッと姿を浮かび上がらせて少女は、何故か両手をぬらぬらと光らせていた。
たぶん両腕を粘度の濃い液体で包んでいるような……そんな感じだ。
「えっと……何を?」
「だから実験です」
「どんな?」
しつこいぐらいの質問に少女は天使のような笑みを見せた。
「全身を隈なく確認して全てを把握します」
「はあく?」
「はい」
相手の言葉を受け入れられず、レイザは間の抜けた声を上げる。
ただ何となく……相手の両手が物凄く危険で怪しい感じに思えてきた。
「全身隈なく……隅までしっかりと」
「隅まで?」
「はい。それに中の中まで」
「中まで?」
「はい」
何故か少女は上唇を舐めると、何とも言えない熱い視線をその左目から発して来た。
「では……いただきます」
「えっ? ちょっとそこは……んんっ! そんな……いきなりっ! んっ!」
抵抗など許されずレイザはしばらくの間全身を隈なく調べられた。文字通り全身をだ。
夕刻城から出て自室へと向かうレイザの姿を目撃したメイドたちは、口をそろえてこう証言した。
『ネルネも後ろは……手を出さなかったのに……』とその顔は人形なのに泣いていたと。
「油断したな~です~!」
本日も元気で間抜けな声が響き渡る。
変わらず元気な王妃様だ。自称王妃……ではなく自称優秀な王妃様だ。
対するのはレイザだ。
ある日を境に身長が縮み、その顔を生身の童顔にした王妃専属のメイドだ。
はっきり言えば別人でしかないのだが、声は間違いなくレイザなので、皆が『人形を変えた?』ぐらいで受け入れた。
その切り替えの速さが求められるのが現在のユニバンスと言う国でもある。
何故か王妃様は階段の上の踊り場でない胸を張って専属メイドを見下ろしていた。
そんな彼女の傍には2枚の盾が浮かんでいる。誰かが掲げているわけではない。プカプカと宙に浮いているのだ。
「この盾があればその右腕は通じないのです~!」
「失礼ですが自称馬鹿な王妃様。その盾は?」
「馬鹿じゃないです~。アルグスタおにーちゃんの所の小さい子に借りたです~。これぐらいなら丁度いいでしょうと言ってたです~」
「そうですか」
確かに丁度良い。
盾により弾かれた右腕を戻し、レイザは左手を相手に向ける。
「知っているです~。その左腕は生身です~」
「どうしてそれを?」
「体温です~」
正解だと言わんばかりに王妃は踏ん反り返る。
「両足と右腕に温度は感じないです~。でも左腕には温度があるです~。つまり本物です~」
「正解です。王妃様」
だから迷うことなくレイザは『魔法』を盾に放つ。
別に殺傷能力がある魔法ではない。ちょっとした印を刻む魔法だ。
「不発です~?」
「いいえ」
クスリと笑いレイザは片膝を着いた。そして右膝の蓋が外れる。
不思議そうに見守るキャミリーは不意に自分を守る盾が音を立てて割れるのに気づいた。
綺麗に真っ二つだ。原因は……真っすぐ縦に撃ち込まれた矢だと思われる。
「隠し武器なんてズルいです~!」
マジ泣きでキャミリーは吠える。だがレイザは足を入れ替え次いで左膝を起こしていた。
「次行きますよ。王妃様」
「ダメです~! 矢は禁止です~! 王妃命令です~!」
「分かりました」
我が儘な王妃の命令をレイザは受け入れた。
「ですがこちらは矢ではなく炎の魔法が噴き出ますので」
「はい?」
カクンと首を傾げるキャミリーに炎の魔法が迫り寄って来た。
「うぴょ~!」
全力で叫んで王妃は逃げ出す。
「お待ちください王妃様。まだあと7つほど実験したい武器が」
「詰め込み過ぎです~!」
泣きながら逃げる王妃を義足とはいえ自分の足で走るレイザは楽しげに笑っていた。
決して王妃をイジメているのが楽しいわけではない。
自分の“足”で走れるのが嬉しかったのだ。
~あとがき~
ネルネも刻印さんもレイザを玩具にするのが好きねw
一応トレードと言う形で新しい人形をゲットしたレイザですが、そっちはたまにしか使わずに普段は義足と義碗を装着してメイドをするようにしています。
だってそっちの方が楽しいから。自分の足で歩けることが本当に嬉しいから。
ちなみに刻印さんが全身隈なく調べたのは、寸法やら魔力の流れやらを直に触れて確認しただけです。趣味半分です。ちゃんと仕事も半分ほどやってますから!
で、この技術が…暗殺っ子に使われます。それは次章の本編にて。
問題は刻印さんが作る物は…どんなギミックが付くのでしょうね?
まだアイルローゼが作った方が…あれも趣味に走る傾向があるから変わらないかw
次回は人物紹介をし、本編再開です。
人物一覧は…作っている途中で色々と挫折し、現在新しく作り直しています。
脊髄反射で生みだしたモブの名前なんて覚えてないんや…
© 2022 甲斐八雲
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