お姉ちゃんが虐めるんだよ~!

 ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室



 また室内の人口密度が上がった。

 宮廷魔術師であるクロストパージュのエロ親父ことケインズのオッサンと、魔法学院から短剣欲しさに交渉と言う名の権力抗争に殴り込んで来ていた魔法使いがエウリンカの話を聞きつけてやって来たせいだ。


 で、その魔法学院の魔法使いは魔剣の研究をしているそうで……エウリンカが適当にやっつけた駄作を両手に持って感極まって泣いている。

 生き別れた兄弟とでも出会ったのかというほどに泣いている。


「あり得ない。二つの魔法を同等に付与し干渉しないように配慮されている。これなら魔力を流しても反発することなく使い手に優しいことこの上なし、何より滑らかに魔力が行き渡る様子は芸術的だ。本当に素晴らしい。これは至高の作品だ!」


 大絶賛だ。


 長々とした説明を皆が真面目な顔をして……ところでミネルバさん。どうして貴女も合流しているの? ハルムント家のメイドの中には魔力持ちが居るので、もしかしたら叔母様が欲しがるかも? あの人は武器に頼らず自らの拳を鍛えるように推奨する武闘派でしょう? 意外とその辺は臨機応変? 確実に職務を遂行するのであれば道具の使用もいとまない。納得だ。


 陛下も真面目に聞いているし、何より馬鹿兄貴が前のめりで聞き入っている。


 あの馬鹿は魔力が無いから魔剣の類は扱えないと聞いたんだけど? コレクションするの? 武器を壁に掛けるような無駄遣いは……脳筋武闘派との交渉で交渉材料になったりする。

 ふむ。その魔剣の所有者を決めておこうじゃないか。

 材料を提供したから王家の物? ……今回は譲ってやろう。負け惜しみではない。問題無い。


 クロストパージュのオッサンが『なら王家は短剣の交渉から手を引け』と騒いでいるが、あの短剣ってそんなに価値あるの? 武器を持ち込めない会場でも短剣なら飾りとして携帯できる? 魔力持ちの貴族なら喉から手が出るほどに欲しがる?

 問題は多少腕に自信がないと意味無いでしょう? 僕みたいに剣に自身の無い物は無用の長物かと? 手を上げている貴族はそこそこの腕前の人たちなのね。

 待て。ケインズのエロ親父は僕と同じで剣はダメだろう? 魔法と言う名の強化がある? 何て卑怯な! 僕なんてノイエの盾と言う……全員で『それこそ卑怯』とか言わない。

 僕は常にお嫁さんを横に置いておきたいだけです。


「で、エウリンカ。生きてる?」

「……」


 盛り上がっている人たちを一度スルーし、僕はソファーに突っ伏しているエウリンカの尻を見る。スカート越しでも形の良いお尻がはっきりと。本当無駄にスタイルの良い変態だ。


 魔力を出して燃え尽き系のエウリンカは……ここで姿を消されるのはマズい。今日は宝玉回収係のニクが居ない。あのニクは屋敷でのんびりすることを覚えやがった。

 それか屋敷の隅を掃除しているロボと一緒に居る姿が良く目撃されている。帝国で地獄を見た者同士、友情でも芽生えたのだろう。


 それは良い。問題は今だ。

 仕事に戻ったノイエを再召喚してエウリンカを屋敷に運んで貰うか?


 何となく逃げ出せそうな雰囲気を感じない。馬鹿兄貴の部下と言うかメイドさんたちが部屋の出入り口をガッチリガードしている。

 チビ姫専用の隠し通路の出入り口にも人が立ちチビ姫の突入を阻止している。


 何度かガンガンと隠し扉が叩かれたから、一度扉を開きかけて一気に戻すという暴挙が発動した。それから静かな様子からして……隠し通路の中でチビ姫が気絶しているとか無かろうな? まああの馬鹿ならその辺に放置していても死にはしないだろうど。


「ふむ。どうするか」

「そんな時にはお兄様」

「すり寄るな偽者」

「酷い。お兄様」


 悪魔と化したポーラが……両足を引きずり這い寄っていた。ずっと正座させていたから両足が死んでいる様子だ。


「その足を叩かれたくなければ」

「待ちなさい。交渉材料はあるから」

「……」

「本当にあるの」


 床の上に寝っ転がって仰向けになった悪魔がエプロンの裏をゴソゴソする。

 取り出したのは宝石の付いたネックレスだ。


「何よそれ?」

「うふふ。これはまだ試作品のお姉ちゃんたち専用の魔力回復アイテムよ」


 自信満々でそんな恐ろしい道具を!


 ノイエの目は無いな? あれに見つかったら……視線を感じたのでスススと移動し、窓の外からの何かから僕の体を盾にする。

 決してお嫁さんに知られてはいけない事実もあるのだよ!


「具体的な効果は?」

「ん~。魔法を使われるとアウトだけど、何もしないのであれば理論上半日程度は時間延長できるはず」

「使用したらそれは?」

「使い捨て。だから試作品なのよ」


 床に転がったままで悪魔が腰に手を当てて胸を張る。

 相変わらずに小さな胸だ。出会って頃よりかは確実に膨らんだけど。


「自然回復機能は無しで使い捨てで滞在期間延長に特化した場合はどうなる?」

「……良くて一日半かしらね?」

「つまり本来の能力プラスで……そっちのネックレスの方が性能良くない?」


 宝玉だと1日しか外に出ていられないしね。


「宝玉は対象者を外に出すのに大半の魔力を使うのよ。外に出て状態を維持するのは、残りカスみたいな魔力だからね。同調に神経を割いたりして大変だったのよ」

「ほほう。まあ良い。次からは滞在時間延長型で」

「もうお兄様って本当に助平なんだから」

「その足にトドメを刺すぞ?」

「申し訳ございません!」


 仰向けのままで土下座するという高等技術を妹様が披露した。


「まあ良い。とりあえず借りるわ」

「どうぞどうぞ」


 すんなり悪魔が譲ってくれたので、受け取ってエウリンカの首にネックレスを掛ける。

 だがどこかの馬鹿は死んだままだ。


「失敗か?」

「違うわよ。ただ寝てるだけ」

「……」


 悪魔の言葉にエウリンカを見る。

 突っ伏したまま……肩が一定の間隔で動いている。もう完全に寝ているような感じだ。


 変態に天罰を下す前に悪魔の方から何やらメモ紙が。

 受け取ってそれを開いて……内容を二度見した。


「何だ……この金額は……?」


 驚きの金額がメモに書かれているのですが? 久しぶりに金額で引いたよ?


 ただ悪魔がめっちゃ笑顔を向けて来る。


「お兄様ったら使っておいて代金未払いとか言い出さないわよね?」

「まさかあれ1個の値段か?」

「もちのろん! はぎゃっ!」


 バシンと悪魔の足を叩いたら、悪は両足を抱えて滅んだ。

 それは良い。この金額だと安易に使用できない。

 相談役で先生とか、相談役でホリーとか、癒しでファシーとか、娯楽でレニーラとかの目論見が。


 頑張れノイエをするか? ただ現在ドラゴンの退治数は決まっているからな~。

 ここでその枠を使用し過ぎると後で現金が必要になった時に泣く。

 我慢だな。予備で何個か作らせて……魔眼の中の人たちに知られないようにしないと。


 さて。そろそろ向こうの話し合いが終わりを迎えている。

 僕もエウリンカを叩き起こして話し合いに参加するかな。


 それにしてもエウリンカって個性を消して適当に作った物の方が評価されるんじゃない?

 先生も個性を発揮すると……これだから天才は。今度会ったらお説教だな。


「ほら起きろ」

「……無理だ」

「ほほう」


 ソファーに突っ伏しているエウリンカの背に向けて僕は不敵に微笑んだ。


 自分の机に戻って鉄製の文鎮を手にする。これは皺が寄った紙をゴリゴリして伸ばしたりするために作らせたものだ。

 こっちの世界と言うか、たぶん日本の紙が良すぎるのかもしれないが、紙の質が悪すぎて結構簡単に皺が寄るんだよね。

 だから伸ばして使うんです。伸ばすのはポーラの仕事ですけどね。


 で、何故これを手にしたかと言うと……そっと先端をエウリンカのお尻に突き立ててみる。

 するとどこぞの変態は自分のお尻を押さえて立ち上がった。


「こんな場所で!」

「何が?」


 顔の前で文鎮を振ったら……どこぞの変態の表情が変わった。あっキレた。

 何も言わずに首の後ろに手を回し、その長い髪の中に差し込んだ。


「エウリンカ?」

「……」


 無言で禍々しい形をした剣をその手に握っているのです。


 フッだが甘いな。僕がそんなことで屈するとでも思ったか?


 窓に駆け寄り外に向かって吠える。


「ノ~イエ~! お姉ちゃんが虐めるんだよ~!」




「へ~」

「かあ、さん。どうした、の?」


 スリスリと胸に頬を押し付け甘えていた猫の格好をした少女は相手の顔を見た。

 普段から微笑んでいるように見える女性が確かに笑っていた。


「ん~。何でもないわよ。でも今度外に出たら彼に『何か隠しているでしょう?』と言って問い詰めてあげなさい」

「良い、の?」

「ええ。それでも秘密にするなら私の代わりに彼をイジメてあげて。もし彼が素直に教えてくれたらご褒美にいっぱい甘えてあげて」

「……分かった」


 コクコクと頷く我が子を女性……セシリーンは抱き寄せる。


「それと彼は大人しい貴女に会いたがっているから今度外に出たら……彼の妹のように甘えてあげなさい」

「いつも、甘え、てる」

「ええ。もっともっと甘えて良いの」

「……分かった」


 少女……ファシーは頷くとまた彼女に甘えだした。




~あとがき~


 色々と勘違いして飛び起きたエウリンカは事実を知ってプチっとね。

 長い髪の裏側は…ポーラのエプロンの裏並みに謎ですが、ちゃんとしたカラクリが存在しています。その辺の説明は、主人公が気になったら調べるんじゃないの?


 そして最近歌姫さんが魔眼内の情報収集が甘くなっている理由…ノイエと主人公に大半のリソースを割いているからです。

 ですから主人公が隠した秘密は伝わっておりますw




© 2022 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る