溢れ出そうなんだ!

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「アルグ様」

「はい」

「お姉ちゃんが……つまらない」


 ノイエさん。お姉ちゃんを玩具扱いしないの。


 馬車の座席に腰かけているエウリンカは遠い何かを見つめたままである。

 絶望に暮れているエウリンカにどうにかメイド服を着せた。その際着替えを手伝っていたメイドさん一同が『どうしたらこんなに差が?』とか不思議な言葉を発していた。


 当主権限でミネルバさんに問うと、何でもエウリンカのトップとアンダーの差が凄いらしい。

 男性の僕からしたら謎な言葉だったので、ポーラに救いの目を向ければ彼女はまだ拗ねていた。

 きっとスタイルだけは抜群なエウリンカは凄いと言うことで終わっておこう。


 そんなエウリンカを観察していると今度は壁に寄り掛かってブツブツと呟きだす。

 聞き耳を立てれば『婚礼までは純潔が普通だというのに……』と胸を抉る言葉が。確かにユニバンスの一部女性にはそのような考えがあると聞いたことがある。


 だからどこかの売れ残りのように永遠の純潔状態となる。

 あれは異性にモテなかっただけか。


 でも昨今のユニバンスはそのような考えは廃れだし、婚礼前に婚約者と関係を持つ女性も増えている。主な原因としては、ぶっちゃけ過去に大戦を経験しているユニバンス王国の男女比に狂いが生じているからだ。

 王都では6対4で女性が多い。地方だと7対3と言う場所もあるとか。


 よって異性を奪われたくない女性が既成事実を、とか何とか。

 どこぞのサムライ娘のように飢えて相手に手を出す馬鹿も居るらしいが。


「お姉ちゃん」


 馬車に乗ったノイエがエウリンカに抱き着く。


 本日の馬車は王家所有の普通の物だ。借りパク……借用したままの馬車だ。

 我が家用にと普通の馬車を注文する予定ではあるが、予定のままで止まっている。

 だから全ては工房を独占している馬鹿貴族たちが悪い。


 パパンの車椅子の製造が終わったからそろそろ注文するかな~と思ったら、馬鹿な貴族たちがオリジナリティーを求めた馬車を発注し始めたおかげで順番待ちになった。

 出来合いの馬車で良いかとも思ったが、そこはお金持ちであるドラグナイト家。普通では面白ない。結果として発注待ちの状態で止まっている。

 そろそろ真面目に図面を引いて発注しよう。今度シュシュに出て来て貰うかな。


 ノイエがエウリンカに抱き着いている都合並んで座れない。

 彼女らと向き合う形に置かれている座席に腰かける。

 隣にはポーラだ。ミネルバさんは迷うことなく御者席に座る。


「自分は……」

「つまらない」


 スリスリとエウリンカの胸に頬を寄せながら、ノイエがそんなことを言っている。

 城に着くまでに何かエウリンカが目覚めるような方法を考えないとな。




 王都王城内・アルグスタ執務室



「アルグスタよ。内密かつ重要な話があると聞いたのだが?」

「本当に申し訳ないです」


 結果として呼び出す形となってしまったお兄様に頭を下げる。


 王族たる者頭を下げてはいけない的な話もあるが、僕はそんな常識は知らない。

 悪いと思えば誰にでも頭を下げられる。


 謝罪をしてからお供と護衛のメイドたちを連れてやって来た陛下にソファーを勧める。

 ソファーに腰かけた陛下の目が、自分の前に座るメイドの姿を見て何とも言えない表情を浮かべた。


 結局絶望したままのエウリンカは復活しなかったのだ。

 だから陛下の元に連れて行くことを諦めた。


「アルグスタよ?」

「あ~陛下。大変説明が難しいのですが、簡単に説明しても?」

「うむ」

「これが例のあれの製作者です」

「そうか」


 深く頷いてからお兄様の動きが止まった。

 頷いた姿勢からゆっくりと頭を上げて……もう一度僕に顔を向けて来た。


「今、何と?」

「はい。ですから彼女こそ普段は問題児の元に居て、今回騒ぎになっているあれを作った者です。メイド服を着ているのは変装の一端と言うかそんな感じです。僕の趣味ではありません」


 説明は終えた。後はお兄様が納得してくれるかどうかだ。

 ただ死んでいるエウリンカが“魔剣工房”と呼ばれる規格外のチート魔法使いとは信じられない様子だ。


「して彼女はどうしてこのような……病か?」

「病と言えば病でしょうね」


 昨夜色々とあって精神を病んでいます。


 本当にどうしようかと思ったら、登城すると同時に消えていたポーラが戻って来た。

 ただその様子……片目を閉じて一本の剣を抱えている様子に不安しか覚えない。


「へいっ! お待ちっ!」


 駆けこんできたポーラが剣をエウリンカに向かって投げた。


 やっぱりか! こんな時に湧いて出たかこの悪魔!


 護衛のメイドさんたちが動き出す中、投げられた剣はエウリンカの胸に挟まった。

 綺麗にスポッと縦に真っ直ぐにだ。

 全員がその様子に呆気に取られていると……死んでいたエウリンカの頬に赤みが差す。


「これは……300年前に作られたという帝国に吸収された王国で作られた魔剣では無いか! 間違いない。この剣に封じ込まれている魔力は間違いない! この独特な流れは何と言う芸術的な!」


 剣を掴んで鞘から中身を引き抜き激しく上下に出し入れする。


 エウリンカさん? 淑女が~とか純潔が~とか言っていた人が、陛下の前で剣を胸に挟んで上下に激しく出し入れって何かが終わってやいませんかね? それで良いのかユニバンスの淑女論は?


「アルグスタよ」

「はい」


 ただエウリンカの奇行に皆が何とも言えない冷めた視線を向ける中、唯一陛下だけが落ち着いた感じで僕に顔を向けて来た。


「何故、宝物庫の最深部に保管されている魔剣がこの場にあるのかを聞いても良いか?」

「……ポーラ?」


 犯人に自主的に全てを暴露して貰おう。

 すると片目を閉じた悪魔は、可愛らしく自分の頭にコツンと拳を当てた。


「兄様の命令でした。本当に嫌々でした。でも必要だからって……ごめんなさい」

「……アルグスタよ?」


 テヘペロ状態の悪魔に対し、陛下がまた冷たい声を。

 大丈夫です。お待ちください。


「分かっていますとも。陛下。この小悪魔を退治したらちゃんと言い訳を考えますので今しばらくの猶予を!」

「……言い訳を考えるぐらいであるならばもう良い」


 深い深いため息を吐く陛下をひと先ずスルーして、『お兄様のご乱心~』とか言って部屋の中を逃げ回る悪魔の捕縛に全力を傾けた。


 もう許さん。今日こそは反省を促す。




「私に魔剣を! もっと魔剣を! 何かが思いつきそうで……溢れ出そうなんだ!」


 だから国宝らしい魔剣を胸に挟んで上下しない。


 君のその立派な胸は剣を飾る台の類なのか? それでも良いからもっと魔剣を寄こせ?

 駄目だ。会話が成立しない。

 ある意味でエウリンカの復活だ。奇人変人に逆戻りしているけれど。


 変態っぷりを見せるエウリンカに対し、陛下が馬鹿兄貴を呼び出し……もう数本国宝クラスの魔剣が運ばれてきた。

 ちゃんと台車に乗せて専用の台に置かれ丁寧に運ばれてくる。間違っても抱えて運んで来るような暴挙は犯さない。


「にいさま~」

「今回ばかりは君の呪いを恨みなさい」

「はい」


 正座をし額に紙を張られたポーラがシュンとしている。


 紙には『反省中』とはっきりと書かれている。

 ちなみにポーラの奇行は全てグローディアが彼女に施した呪い的な何かと言うことにした。

 たまに発動して暴走するのだと説明したら、何故か僕の部屋付きのメイドさんたちが納得した様子で頷いていた。あの悪魔は僕の知らない所で何をしているのだ?


 で、エウリンカよ? 魔剣は胸で挟む物ではないぞ? ほら3本とか挟み過ぎだろう? 1本も挟めない人だって居るんだからそんな欲張りは良くない。

 まだいける? 後2本なら平気? どう見てももう限界だろう? 胸周りがきついだけでメイド服を脱げばいけるの? マジで?

 ミネルバさんに目を向けたら彼女は頷いていた。


 何と恐ろしいエウリンカの魔剣魂。と言うか3本で満足しろ。とりあえず正気に戻れ。

 こちらの優しさを理解しない彼女は、激しく3本の魔剣をとっかえひっかえ出し入れを始めので……馬鹿の後頭部にハリセンを呼び出して激しい一発をお見舞いした。


 刃物を持つ人に対してこのような激しいツッコミはしちゃいけません。

 僕はプロなので問題ありません。エウリンカも生粋の変態だから問題はありません。




~あとがき~


 やってしまったことで廃人と化しているエウリンカを連れてお城ヘゴー!


 魔剣工房と呼ばれていたエウリンカはその存在を広く知られていましたが、魔法学院の地下でその存在は秘匿されていたので…彼女を知る人は極少数です。

 現状の国営に携わっている人たちは面識がほぼ無いかも?


 で、彼女を復活させるのはとても簡単でした。

 古くて貴重な魔剣を手にしたら…それって国宝クラスですよね?




© 2022 甲斐八雲

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