幼い自分が恨めしい~!

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「だめです!」

「……はい?」


 強めな拒絶に僕もビックリだ。

 らしくないほどポーラが怒り、腰に手を当てている。


「にいさまはあんいにめいどふくをきせすぎです」

「安易と言うか……」


 部外者をお城に連れて行くには、メイドの格好の方が楽なだけだ。

 なにぶん我が家も多くのメイドさんを雇っているので服のサイズが色々と揃っている。


 ミネルバさんにまだ半ば精神的に死んでいるエウリンカを計測して貰ったら、『ギリギリどうにか……多少胸の辺りを手直しをすれば一着ぐらいなら』と若干頬を引き攣らせながらそんなことを言っていた。


 でもこれがドレスの類になると絶望的だ。


 この屋敷には基本ノイエのサイズしかドレスのストックが無い。

 残るはポーラのドレスと先生用のドレスぐらいだ。


 ん? 馬鹿従姉のドレスもある? そんな物は焼いて灰にしてしまえ!

 あの馬鹿にドレスなんてもったいない。タオルで十分だ。


「メイド服が一番手軽なんだよね」

「それがだめだといってるんです!」


 またポーラの琴線に触れたのかお怒りに。


「そもそもこの国におけるメイド服はとても神聖な物なのです。メイド長様から与えられる戦闘服なのです。それを得るためにみんな頑張って修行しているというのに……世の貴族の方々は格好から入る人たちばかりで。だからこそメイド長様はメイドの質が落ちることを憂いているのです」


 ポーラさんポーラさん。熱くメイド論を語るのは良いのですが、熱くなりすぎて舌ったらずな感じが消え失せていますから。


「格好だけのメイドは見せかけのメイドです。私はそんなメイドを許しません! メイド服とは厳しい修行の末に手に入れるモノなのです!」


 言い切ったよ。我が家の妹様がはっきりと言い切ったよ。


 見なさいポーラさん。ハルムント家印の付いていない我が家のメイドさんたちが全員涙を浮かべ……これから修行する?

 全員居なくなると我が家の運営が……大丈夫? ここに若きメイド長候補が居るからその人について学べば良いと。


 ふむふむ。ちょっとウチの妹を持ち上げすぎているメイドさんたち。一回本場の地獄に2泊3日ぐらいで体験入学して来る? ねえ? 当主の目を見ろ!


「って、ポーラも修行受けてないのにメイド服着てなかった?」


 逃げ出したメイドさんたちを追うのを止め、思い出した事実に……こっちを見ろ。妹よ。


「ポーラ様の場合はその類稀な才能に惚れこんだ先生が先手を打って確保に……」


 仲裁に入ったミネルバさんの視線が何故か横に泳ぐ。

 確保以外にどんな言葉が出て来るのかちょっと期待している僕が居る。


「手懐けようとしたのだと思います」

「言葉を飾らないではっきりと言い切った!」

「事実ですので」


 悪びれた様子も見せずに……これだからハルムント印のメイドは恐ろしいのです。


「先生は優れた人材を得るためなら前例を覆す柔軟な思考の持ち主ですから」

「前例を作っている人ならひっくり返すのも簡単だよね」


 まあ良い。ここでメイド論争を繰り広げても時間の無駄だ。


「とりあえずエウリンカにメイド服を」

「ダメです」

「ポーラ?」


 頑なに拒絶するポーラも珍しいな。


「何でダメなの? 今回は変装だからメイド論は大目に見てよ」

「……あの人からは怠惰な空気しか感じません」


 舌足らずを忘れたポーラが若干エウリンカを睨みつけている。

 変人さんはまだ両膝を抱いて床の上に転がっている。そろそろ復活して欲しいんだけどな?


「あんな怠惰な人にメイド服は一番ふさわしくないのです!」

「まあ怠惰なのは否定しないけどさ」


 だってそれがエウリンカだしな。

 怠惰で気分屋な職人気質。何故かそれだけで名工な感じがプンプンとするから不思議だ。


「まあ今日だけだしさ」

「……」


 ポーラが増々エウリンカを睨みつける。


 仕方ないので頭越しにミネルバさんに指示を出して服の準備をしてもらう。

 僕とポーラを交互に見比べたミネルバさんは、頑なに拒絶するポーラの方が間違っていると判断したのか部屋を出て行った。


 それを見送ると……ポーラがとても深いため息を口にする。


「あの人から兄様の匂いがします」


 断言だ。迷うことなく妹様がそう言い切った。

 そして僕の視線はポーラから横へ横へと。


「どうしてですか?」

「え~っとですね」

「姉様の体では無いですよね? 何よりあの人は誰ですか?」


 お怒りモードのポーラ様の問い詰めるような口調に僕もタジタジです。助けてノイエ!


 お嫁さんに救いを求めたら彼女はベッドに腰かけて……こっちを見ていない。


 怒れるポーラと関わるのは危険だと判断したか? ほらノイエさん。君を無視して僕とポーラが遊んでいるよ? ノイエも合流して……おいアホ毛。何その邪魔者でも追い払うようなシッシッとした動作は? ノイエの意思じゃなかろうな?


「彼女はエウリンカと言ってね」

「姉様のお姉さんですか?」

「そのような存在ですね」

「……そうですか」


 一歩引いたポーラがニコリと笑う。


「で、したんですか?」

「……」

「したんですよね?」

「その質問に対しての発言は避けようかと思います」


『はい。しました』とは安易に言えません。そこまでに至った説明を理由するのが難しいのです。だって場を乱したファシーはもう魔眼に戻っているしね。


 ただずっと質問をはぐらかしていると……ポーラが駆け寄り僕の胸を叩きだした。


「ズルいです!」

「……はい?」


 涙ながらにポーラさん? ズルいってナンデスカ?


「私はずっと兄様をお慕いしているのに……やはり胸ですか? 胸なんですか!」


 泣きながら指さす先には床に転がるエウリンカが。まあ確かに大きいね。知ってるよ。


「そうでは無いと思うよ」

「でも最近の兄様は胸の大きな女性とばかり!」

「決してそんなことは……」


 あるのか? エウリンカの前はファナッテでしたね。うん。その前はアイルローゼだからセーフじゃないの?

 ポーラさん的には2連続でアウトですか。そう言うのであればアウトですね。


「胸に興味が無いと言うなら私とだって良いじゃないですか!」

「物凄くストレートに言って来たな」

「言いたくもなります! いつもいつもとっかえひっかえ!」


 反論できない!


「でも決して胸が全てと言うわけでは無くて」

「そう言うのであれば私だって良いですよね!」

「だからポーラは……」


 上から下まで確認して結論を出す。


「身長かな? 全体的に小さいから」

「それだったらファシー姉様も同じですよね!」


 しいて言えばリグもそうなるんだけど、リグの場合は1か所だけチートだからな。


「ファシーは……」


 そこで気づいた。最高の言い訳を。


「成人していない人はそう言う目で見れないのかも?」

「年齢~! 幼い自分が恨めしい~!」


 色々と崩壊させたポーラが床に崩れ落ち泣きながら拳を握る。


 そこまで悲しみに暮れることか? 床を殴りつける拳も痛かろう……って殴るな。普通ここは叩きつけるところだ。どうして迷わず殴れるのだ妹よ?


 と、ノイエがやって来て涙するポーラを抱え上げた。


「修行が足らない。あと身長」

「姉様~!」


 まさかの追い打ちにポーラさん大絶叫だ。


 暴れるポーラを抱きしめノイエはクルクルと回りだす。

 その様子は何処か楽し気で……危ない所でノイエに救われた格好だな。




「……かあ、さん」

「うふふ。可愛い」


 頑張り疲れて眠るファシーを抱き寄せ、セシリーンは優しく背中を撫でてやる。


 外では色々と大変そうだが、全て彼の意志の弱さだから仕方ない。

 頑張って甲斐性のある所を発揮してもらう以外に打つ手はないと思う。


「……ふふふ。お姉ちゃんもちょっとはらわた煮えくりかえって来たかな」

「奇遇ね。私もちょっと同じ感じかしら」


 殺人鬼と魔女が似た感じの笑い声を発していることに恐怖し、歌姫はファシーを放せない。

 余りの恐ろしさにレニーラとシュシュは『ちょっと魔眼の中を見て来るよ!』『だぞ~』と告げて逃げ出した。そんなレニーラの背中に張り付いてリグも逃げて行った。


「ああ。本当にこの子は可愛いわ~」


 自分の精神安定を含め、ファシーを抱きしめセシリーンは必死に自分の武器を確保する。

 何かの間違いであの2人の矛先が自分に向いたら……せっかく蘇生したのにまた死んでしまう。


「うふふふふ……」

「くふふふふ……」


 2人のおどろおどろしい笑い声に歌姫はずっと震え続けた。




~あとがき~


 次から次へとノイエの姉に手を伸ばす兄にポーラさん大激怒です。

 傍から見ていると主人公確かにやり過ぎだよな。そりゃ怒るわw


 で、魔眼の中では…やり過ぎれば天罰が待っているのです。

 怒らせてはいけない2人を怒らせていますな




© 2022 甲斐八雲

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