届かないって
ユニバンス王国・王都内練兵場
上空に存在している苦しみ悶える襲撃者を黒い霧が覆う。
丸い球体の霧が覆って……血の雨が変化した。焼け爛れた腐肉が落ちて来る感じだ。
球体の下はとてもじゃ無いが視線を向けたくない。直視したらエロエロすること間違いなしだ。
こんな時だけはエロエロ仲間のシュシュが欲しい。彼女なら一緒にエロってくれる。
今回は心の友が居ないから、エロったりしないように視線を向けない。
せめてもの救いはもう少しで夕日が沈む。と言うか早く沈め。
辺りが暗くなれば地面の上の惨劇は目に入らないはずだ。
「お兄ちゃん。見て見て。凄く融けてるから!」
「……うん」
ただ空気を読めない子が1人。
ファナッテ。お兄ちゃんはそっとしておいて欲しいんだ。
「凄いよ! お兄ちゃんが求めたのはあれだよね!」
「かもね~」
見たくないのにファナッテの求めが強い。
褒めて欲しいのか? それだったら見なくとも褒めてやろう。
「良く出来ました~」
「……」
全力で頭をナデナデしたらファナッテが目を弓にして増々抱き着いて来る。
ふにゅっとした胸の感触は悪くないんだけど、気のせいかノイエさんがこっちを睨んでいるのです。
違うんだノイエ。決して君を蔑ろにしていない。ここからは君の出番だ。
「ノイエ」
「……なに?」
反応が間違いなく不満げなんですけど!
「変なヤツ。変なヤツをノイエに」
「……要らない。それに変なのはアルグ様」
「拗ねないで~!」
プイと顔を背けてノイエが完全に拗ね拗ねモードだ。
分かっています。彼女は僕のお嫁さんです。この場合の対処法は完璧さ。
「ノイエ」
「……」
チラリと彼女の目の端がこっちを見る。
「今夜はノイエの好きで良いです」
「……本当?」
「好きに!」
フリフリとアホ毛を揺らして僕に向かい歩いて来る。
今度は右手を差し出してきたので、彼女の手を掴んでまた甲にキスをする。
オマケで祝福を全力で。
「ノイエ」
「はい」
渡した祝福を確認し、ノイエが右手を開いたり閉じたりしている。
「全力で殴ってやれ」
「はい」
ファナッテの魔法が解けたのか、上空の黒い霧が消え……身を丸めた人型をした竜が浮かんでいた。
クルリと僕に背を向けノイエがふわりと宙に舞う。
彼女はこの国で最も強いドラゴンスレイヤーだ。例え異世界のドラゴンでも例外じゃない。
「消えちゃえ!」
振りかぶったノイエの拳が放たれた。
全身が焼けるように痛い。
でも……言葉に出来ない何かが腹の底から溢れて来るのを感じる。
これが力か? これが異世界のドラゴンの力なのか?
激痛に身を震わせながら自分の腕を動かせば、鱗が覆っていた。
ドラゴンのような皮膚に……指先には爪が。
もう後戻りはできない。でもこの力があれば!
視線を上げて標的に目を向ければ、黒いドレス姿の化け物が宙に居た。
感情を感じさせない人形のような表情をしたこの国で最も有名な存在は、腰だめに右腕を引いてこちらに向けて狙いを定めていた。
「だから言った」
淡々と放たれた言葉に感情は無い。
「届かないって」
放たれた拳が迫る様子を見つめ……彼が見たのはそれが最後の光景だった。
「なっ……なにが?」
バッセンはその場に崩れるようにして座り込む。
自分の部下の行動が……理解は出来たが、想像の範囲を大きく超えていたからだ。
ただ武器を振り回し取り押さえられ、毒を飲んで死ぬなりしてくれれば良かった。
そうすれば全ての罪を
あんな物を使ってしまえば誤魔化しようがない。
もう終わりだ。もうブルーグ家はお終いだ。
「なあ爺?」
「……」
呼ばれてバッセンは視線を巡らせる。
化け物を左腕に抱き着かせた存在が、冷たい表情を向けていた。
「どうする?」
投げつけてきた言葉には年配者を敬う気配など無かった。
彼の血筋を考えればそれは当然だ。
目の前に居る人物は『元』とはいえ王子。現時点でも王位継承権が残る人物だ。
どうして自分は……何かを忘れていたような気がしたが全てが遅い。
歯向かい敵対したのは間違いなく自分なのだから。
「……どうとは?」
ようやく出せた言葉はそれだった。
相手の質問の意図が分からなかったわけではない。
ただ余りにも多くの質問をされたような気がして……呆けた声で問い返すのがやっとだったのだ。
元王子は何処か面倒臭そうに息を吐く。
その様子は先ほどまでとは違い冷たい感じがした。
噂に聞く、妻の稼ぎで傍若無人に振る舞う人物とは思えない。
『本当に自分は愚かだ。相手を良く知らずに喧嘩を売るとは……』とバッセンは内心で悔いた。
「決まっているだろう? 全ての罪をあの死んだ部下に押し付けるか、それともブルーグ家を滅亡させるか……どっちが良い?」
「そんなこと……そんなことは……」
返事など決まっている。決まっているのだが言葉が出て行かない。
「そうか。詫びを入れれば水に流そうと思ったが」
「……本当か?」
すがってしまった。
相手の言葉に老人は思わずすがってしまった。
「嘘だよ。誰が詫びの1つで許せる? ここまで話を大きくしておいて」
わざとらしく笑う相手にバッセンは唇を噛んで悔しがる。
揶揄われてももうこちらとしては苦情を言うことも出来ない。
相手がその気になれば簡単にブルーグ家など滅亡させられるからだ。
「あの異世界のドラゴンはどうした?」
「……知らない。本当だ」
「そうか。なら仕方ない」
元王子が自身の左腕に居る化け物に何事か囁きかける。
小さく頷いた化け物が……その顔に笑みを浮かべた。
「どうせその齢だし、もう手足なんて必要ないよね?」
「……」
押し黙ってバッセンは相手の顔を見つめる。
続く言葉を聞きたくなど無いが、聞かねば何も進まない。それに聞いてもこれ以上悪くなるとも限らない。
「その手足を私の魔法で融かしてあげる。それから目の前に毒を置いて……自殺なんてさせてあげない。お兄ちゃんに歯向かったんだから絶対に許さない」
美しい顔に少女のような笑みを浮かべ、化け物はバッセンを見下す。
「そのまま死ね」
「……」
最初から希望など無いことを知りバッセンはうな垂れた。
もう自分たちは滅びるしかないのだと強く感じたからだ。
《お兄ちゃん。私、頑張ったよ》
命じられたことをしファナッテは抱きしめている腕に増々力を籠める。
もう放したくない。このままずっとこうして居たい。
何より今の彼は普段とは違いとてもカッコイイ。
お腹の下の方がウズウズして来て……確か聞いた話だと宝玉を使った場合は、一日ぐらいは外に居れるらしい。ならこれが終わったら戻るまで一緒だ。一緒だ。
《うふふ……お兄ちゃんと一緒だ》
胸の内で笑ってファナッテは増々抱き着く。
《ノイエも居る。きっとノイエも頭を撫でてくれる》
2人に頭をナデナデされながら過ごせるなんて幸せでしかない。
そんなことをされたらどうかなってしまうかもしれない。
どうかなっても良いかもしれない。
《早く帰りたいな~》
ファナッテはもう目の前の人物などどうでも良くなっていた。
怖いわ~。
全力で甘えているファナッテに内心で引いた。
『ちょっと爺を脅してくれないかな?』とファナッテにお願いしたら流れるように凶悪な脅し文句が。やはりこの子は心を病み過ぎている。原因はミジュリか?
子供は周りの言葉を聞いて覚えると言うから、犯人はあの馬鹿者に違いない。
そういえばあの復讐魔が物凄く静かだな?
~あとがき~
異世界のドラゴンも人の皮膚と言う膜が無ければ問題無し。
と言うことであっけなく退場です。ただのドラゴンですから。
復讐魔ミジュリのことをようやく思い出した主人公でしたw
© 2022 甲斐八雲
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