あれはたぶん死にたいのよ

 ユニバンス王国・王都内練兵場



 ようやくだ。


 それを見つめ続けミジュリは喜びに胸を躍らせていた。

 念願かなってようやくブルーグ家を亡ぼすことが出来る。後はあれを殺せば終われる。全てを終えることが出来る。


「で、どうするの?」


 重ねてノイエの夫が老人に問うた。

 何度問うても答えなど決まっている。自分の中で答えは決まっている。

 皆殺しだ。

 その爺は魔法を使って惨たらしく、


「……すまなかった」


 崩れ落ちるように地面に伏してバッセンは謝罪の言葉を口にした。


 信じられなかった。

 あのブルーグ家の人間がここまで屈するなんて……あり得ないことだった。

 だが起きた。目の前でそれは起きた。


「ま~仕方ないな。許しはしないがこの場で殺すのも無しとしよう」

「……本当か?」

「僕はその手の冗談は言いません」


 違う。そうじゃ無い。

 それはどんな冗談だ?


「待ってよ」


 無意識にミジュリは足を前へと進ませる。

 咄嗟に横に居たメイドが片手を動かし制して来るが、ミジュリはエプロンの裏からそれを引き抜いて振るった。短剣だ。

 ごく普通の形をした短剣をミネルバは苦も無く回避し……首を斬られて血を流した。


「せんぱいっ!」


 突然のことで小柄な少女がメイドの元へと走る。

 ようやくノイエの夫もこちらのことに気づいて視線を向けて来た。


「何してるんだ? お前は?」

「それはこっちの言葉よ。何してるの?」

「何って……爺イジメも飽きたんでね。それよりウチのメイドに何してる?」

「邪魔をするからよ。それよりも……何してるのよ!」


 絶叫に近いミジュリの声に、ファナッテは腕で頭を覆いその場にしゃがみ込んだ。

 その様子を視線で追った彼は、ゆっくりとその目を動かした。


「だからそうやってファナッテをイジメるなって」

「イジメる? それのどこが悪いの?」

「……」


 ゆっくりと歩きながらもミジュリは自分の手に存在する魔剣を振るう。

 短剣の刃ではなく宙を滑るようにし、ポタポタと地面を血の色をした水滴が汚した。


「私はずっと復讐だけを考えて来た。その馬鹿な化け物を屠ることを、何よりその場に居る爺を殺すことを! ……私はずっとそれだけを心の支えにして踏ん張って来たのよ。それなのに私にその死を見せないなんて許さない。その爺は私が殺す」

「ひぃっ」


 ミジュリの叫びに、迫り来る存在にバッセンは悲鳴を上げた。


 必死に相手から逃れようと地面の上を藻掻きながら手足を動かす。半ば抜けた腰の静で立つことも出来ず、ただ尻を地面に付いた状態で足の裏で地面を蹴っては後ろへと逃れ続ける。


「どこに行くの? 何で勝手に逃れようとしているの?」

「来るなっ! 来るな化け物!」


 顔を真っ青にさせ、全身を震わせバッセンはただ後退を続ける。

 それを追うミジュリは、相手の足を蹴り後退を止めた。


「逃がすわけがない。私がお前を逃がすことは無い」

「何だ! 何者だ化け物!」


 必死の虚勢はただミジュリの自尊心を傷つけた。

 ずっと自分を苦しめた存在は、自分の顔すら忘れていた。


「私のことを覚えていないの?」

「知らんっ!」

「……ミジュリよ。あの化け物の世話をさせられた、」

「知らん知らん知らん!」


 口から唾の泡を飛ばし騒ぐ老人にミジュリは殺意を撒き散らして手にした短剣を動かす。

 老人の左足の膝の半ばから血しぶきが上がった。


 何が起きたのか理解できず、視線を巡らせたバッセンが見た物は……地面の上で転がる膝で断たれた自身の左足だった。


「ねえ聞きたい? 私が貴方をどれほど恨んでいるのかを?」

「……ぁぁぁぁぁああああああ~!」


 絶叫だ。

 その声は広く響き渡る。


 自分の足を失ったバッセンは、ただ傷口を押さえつけて全身を震わせた。


「足がっ! 儂の足が!」

「それぐらいが何だっていうの? もっとよ。もっと私はお前が泣き叫び苦しみ藻掻いて死ぬところが見たいのよ!」


 再度短剣を振るおうとしたミジュリの腕をそれは掴んだ。


「邪魔をしないで……ノイエ」


 ミジュリを制したのはノイエだった。




「何よあれ」

「……魔剣だな」


 ずっと不貞腐れ拗ねている魔女の声に、ノイエの目を介して外を見ていたエウリンカが反応した。

 短剣の形をした魔剣だ。製造者はたぶんエウリンカ自身だろう。記憶には無いが。


「短剣の形をした……たぶん持ち運ぶことを考えて小型化したんだろうな」

「ならさっきからの刃が届いていないのに斬っているのは?」

「それは簡単だ。それがあの魔剣の性質なんだろう」


 魔剣の性質を見抜いたエウリンカは、一気にやる気を失った。


 あんな魔剣……普段の自分なら絶対に作らない。

 そう言えばミジュリに頼まれた魔剣を作らず断ったのは、きっとやる気が湧かなかったからだろう。


「あの魔剣は魔力を流すと透明な刃が姿を現すんだ。短剣だと思って回避すれば不可視の刃が届く……完全に暗殺の類を目的とした実につまらない魔剣だ」

「作ったのは貴女でしょう?」

「記憶には無いけど」


 両足を伸ばし床に座り壁に寄り掛かかった状態でエウリンカは頭の後ろで手を組んだ。

 頭と壁と間に手でクッションを作りノイエの視界を眺める。体勢的に胸を張ることとなって……魔女の拗ねる気配が倍増したのに気づきながらも受け流した。


 色々と語って理解した。この魔女は意外と面倒臭い。

 歌姫のように『アイル可愛い~』などと言って腹を抱えて笑っていられるほどの根性をエウリンカは擁していない。だから結果として、歌姫は笑い転げた状態で現在軽く死んでいる。何故か全裸でだ。

 格好はともかく比較的綺麗に殺されたから、2日もすれば生き返るだろう。


「不可視の剣なんて面白くないだろう? あれが通じるのは初見の相手だけだ」

「そうね。でも暗殺道具ならそれで十分でしょう?」

「それなら剣など使わずに毒でも使えば良い。あれはそれなりの魔法を使うのだろう?」

「……確かに」


 問われ魔女は理解した。

 確かに不合理なのだ。そもそもミジュリは何処か釈然としない。

 強く復讐を願ってはいるが、その方法が強引すぎる。彼女の実力を測るにもっとスマートな……ここに来て魔女、アイルローゼは気づいた。


 ミジュリの違和感にだ。


「もしかしてミジュリって……」

「何かね?」


 エウリンカの問いにアイルローゼは深い深い息を吐いた。

 そっとまだ修復中の自分の左腕に手を伸ばし、歌姫の服を巻き付けて作った包帯の具合を確かめる。


「私はあれの根本と言うか根底を間違っていたのかもしれない」

「あれはただの復讐狂だろう? 何かあれば『復讐』と騒いで?」

「ええ。確かに私も同じ風に捉えていた。けどあれの復讐は……」


 何とも言えない目を魔女は向ける。

 最愛の妹にその腕を掴まれたミジュリの目は……ある感情を宿しているようにも見えた。

 あくまでそれは魔女の考えが正しければだ。違うのであれば恥の上塗りにしかならない。


「余りにも自分を追い込み過ぎているのよ」

「自分を?」

「ええ。ブルーグ家に対しての恨みは分かる。ファナッテへの恨みも多少は分かる。けどそれならもっと簡単に復讐する方法がある」


 余りにも恨みが深すぎて……などという言葉で片付けるにはやはり無理がある。


「あれはとにかく難しい方法を……そしてきっとノイエが自分を止める方法を選んでいる」

「それはつまりミジュリは復讐を望んでいない?」


 魔女の言葉が正しいのであればそんな結論が出るはずだ。

 そう思ってエウリンカは口を開いたのだが、魔女の反応は静かに首を左右に振ることだった。


「あれはたぶん死にたいのよ」


 静かに口を開きアイルローゼはまた息を吐いた。

 重い重い言いようの無いため息が出る。


「願わくばノイエに殺されたいとそう思っている」

「それは……ああ。そう言うことか」


 エウリンカもようやく理解した。

 施設に居た頃ならば気づかなかっただろうが、魔眼暮らしも長くそれ相応に付き合うべき人も増えた。結果として知り得る情報が格段に増えたのだ。

 故に分かった。


「ミジュリは死にたがっている」


 呟きアイルローゼはその目を閉じる。


 もしミジュリが本当にそれ考えているのなら、それは間違いであると言いたかった。


「ノイエを壊した責任の一端を痛感し、彼女の手により殺されたいと願っている」


 事実なら馬鹿げた思考だ。


「そんなことをしてもノイエは元には戻らない。何よりあの子は私たちに恨みなんて抱いていない」


 それがノイエだ。ノイエなのだ。


「だが復讐を抱えて生きて来たあの馬鹿はノイエの気持ちを理解できない。殴られたら殴った相手を恨むと思っている……本当に厄介な馬鹿者ね」




~あとがき~


 怒れるミジュリは魔剣を手に動き出す。それを制したのは…ノイエだった。

 あくまでアイルローゼがそう思っているだけで…ミジュリの考えはまだ謎です。


 頑張れシリアスさん! 君ならまだ戦えると作者は信じている!




© 2022 甲斐八雲

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