遊んでないで支度をして
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
「しまった~! 大失態だ~!」
思わず叫びながら頭を抱えた。
突然のことでアホ毛をフリフリさせているノイエはいつも通り。
ビックリして椅子ごとひっくり返ったポーラは、綺麗にトンボを切って着地した。この子は雑技団に入っても食べて行けそうだ。
「なに?」
ようやくノイエが反応した。
そもそも君の一言が僕の苦悩の始まりだと自覚していますか?
『明日は何色を着れば良い』と旦那様に確認を取るノイエは、僕を立てているのではなく自分で考えるのが面倒だから丸投げしただけだ。
それを知っていても喜んで『どの色が良いかな~』と言えるのが僕である。言ってしばらくしてからその事実に苦悩したわけだ。
「……ドレスを忘れてました」
明日が本番なのに肝心な物を忘れていた事実に驚愕だよ。
「……服はある」
「そうじゃ無くてね」
ノイエさん。君は少なくとも有力貴族のドラグナイト家の奥さんなのですから、たくさんのドレスが準備されています。メイドさんたちが大量に買い込んでいつ着せようかと楽しみにしているのですから。
今だってきっと明日のドレスをどれにするか話し合っているはずだ。
つまり僕に色とか聞く意味は無い。何故なら勝手に明日のドレスは選ばれているのだから!
「なら小さい子?」
「ポーラも大量にドレスがあります」
「わたしはめいどですから」
そう言うな。そう言うから君の為に買いこまれているドレスが所在無げに衣裳部屋に鎮座しているのです。明日はちゃんとドラグナイト家の令嬢としてドレス姿で参加してもらいます。
嫌そうな顔をしない。何故ドレスを嫌う? 女の子はドレスに憧れるものだろう?
「めいどふくはせんとうふくなので」
まだ家族会議が足らないらしい。と言うか何だかんだでノイエはポーラに甘いから『好きにさせれば良い』で会議が終わってしまう。
今の内に引き止めないと、ポーラはおかしなメイドになってしまうよ?
「メイドはミネルバさんとあと1人を予定しているので問題ありません。明日のポーラはドレスです」
「……」
だからどうしてそんなに不満げなの? ちょっとお兄ちゃんに納得いく言葉で教えてくれるかな?
「なら誰?」
「君のお姉ちゃん」
「……」
アホ毛がとても綺麗な『!』マークを作り出した。
「だがそのドレスの準備を忘れていました」
「どうして?」
「……ファナッテの体型を知らなかったから?」
「どうして?」
それはファナッテが外に出る時はノイエの体だからです。
君の体であればこう何となく説明は出来るのですが、ファナッテのスリーサイズとか知らないしね。
「これは本格的に、」
「私の出番のようね!」
楽し気な叫び声が聞こえて来た。
視線を向けるとポーラが香ばしいポーズを決めて、邪悪な悪魔に憑りつかれし妹様が立っている。確かジョ〇ョ立ちと呼ばれる立ち姿だ。誰のどのポーズかは知らないけどね。
このまま放置しつつスルーだな。ツッコんだら負けだ。
「この刻印の魔女に任せなさい!」
ポーズをスルーしているからって再度声を上げない。だがスルーだ。
「……どうにかなるの?」
「ええ!」
何故か自信ありげに悪魔が頷いている。
頷く動きと一緒にポーズを解除したのは……ここまで来たら最後までスルーだな。それが優しさってもんだろう。
「あれの体を触りまくって色々と堪能したから!」
「何をしているのかな? 君は!」
「何をって……恥ずかしい。とても言えないことよ」
君が顔を真っ赤にして恥ずかしがる意味が……ちょっと待て?
「ファナッテが僕を喜ばせることを色々と学んだって」
「今から私は衣装の作成を開始しまっす! まったね~!」
「逃げるな悪魔! ちょと待てや!」
何故がお尻を振って悪魔が駆けだした。
一目散に逃走か! やはり犯人はお前か!
急いで追いかけようとしたらノイエに行く手を阻まれてベッドに戻された。
「放してノイエ。あの馬鹿を一発殴らないと僕の気が治まらない」
「ダメ」
「どうして?」
「邪魔はダメ」
「……」
「明日の服は大事」
お姉ちゃん大好きっ娘なノイエとしたらファナッテの衣装が最優先らしい。
こうなると僕が何を言ってもノイエは聞いてくれない。我が儘モードに突入すると厄介だから今日の所は僕が折れて我慢しよう。
「ノイエ」
「はい」
不満はノイエで解消します。
そっと愛らしいお嫁さんを抱きしめてスリスリと甘える。
どうして女の人ってこう甘くて良い匂いがするんだろう?
「明日はノイエにかかっています」
「はい」
「だから傍に居てね」
「はい」
スリスリし続けていたらまた眠気が。
今日はお昼に寝たんだけど、ノイエに甘えているってことでリラックスしたのかな?
「アルグ様」
「ん?」
半分寝落ちした状態で何も考えずに声を出す。
「明日頑張れば」
「ん」
「家族は消えない?」
「ん~」
「そう」
「んっ」
『なら頑張る』と最後にその声が聞こえたような気がした。
ユニバンス王国・王都王城内近衛団長執務室
「近衛の動員は完了しています」
「参加者は?」
「王都在住の貴族の大半です」
「それは厄介だな」
護衛対象が極端に増えたとも言える。
「最悪アルグの馬鹿を蹴り出して俺たちから遠ざけるしか無いな」
「宜しいのですか?」
「仕方あるまい。毒殺の厄介なところは、最悪無差別になる場合がある」
「ブルーグ家がそれをすると?」
「可能性はあるだろう?」
上司の言葉にビルグモールは苦笑した。
そこまで追い詰められたブルーグ家が悪いのか、追い詰めたドラグナイト家が悪いのか……しいて言えば前者のような気がするが。
「最悪を想定して今回陛下は不参加だ」
「では参加者は?」
「俺と親父だ」
ガリガリと頭を掻いて上司……ハーフレンは苦笑した。
「お袋に『アルグスタとノイエの雄姿を後で教えてくださいね』と言われたから親父は行く気満々だ」
「と言うか、話が厄介になった時は陛下の代わりに?」
「まあそうだな。兄貴が不在だから何か政治的な判断が必要になったら親父が代理で下す。最終判断は兄貴になるだろうがな」
故に前王ウイルモットの参加が決まったのだ。
「それと現場の指揮を執る係として俺の参加は決定だ」
「そうですか」
「不満げだな?」
「はい。ハーフレン様は現場をかき乱す傾向がありますから」
部下の言葉にハーフレンは遠くを見つめ、自分の行いを思い返す。
「若い頃はな。今は落ち着いた」
「……」
「何か言え。何かを」
沈黙を寄こす部下に悪態をつきながら、ハーフレンは残りの主だった参加者を口にする。
意外だったのはハルムント家の参加者だ。現当主夫妻となっていた。あのスィークが不参加なのがハーフレンとしては納得がいかなかった。
「まあ有力どころは大半が参加だな」
「つまり彼らは確認をしたいと?」
「そうとも言える」
ビルグモールの言葉にハーフレンはニヤリと笑った。
王家派閥に属していると見られているアルグスタに歯向かうとどのような運命が待っているのかを……他の貴族たちは見て判断したいのだ。下手をすれば明日は我が身となりえるだけに。
しかしハーフレンたちも決して笑ってはいられない。
弟であるアルグスタと敵対すれば自分たちの身にも起こり得ることだからだ。
だから覚悟を決めて見に行く必要がある。
「俺たちが生き残るには、アルグスタの行動をつぶさに見ておかないとな」
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
「お兄ちゃ~ん」
「のはっ」
飛び込んできた存在に押し倒された。
スリスリと甘えて居るのは……彼女がファナッテですか?
宝玉を使い出て来た彼女は、何と言うか普段の言動が似つかわしくないほどの大人の女性だ。
金髪碧眼のグラビアアイドルが子供っぽい言動と行動を取っているような……マニアックな性癖をお持ちの方なら、即死レベルのギャップ萌えで身悶えしそうな女性である。
そんな彼女と僕を冷たく見下ろしているのがミジュリだ。
こちらは言動通りと言うか、何と言うか、眼鏡でもさせたら『学級委員長』とか呼び掛けたくなるほどのきつさを見せている。学校を卒業したらOLになってバリバリ仕事をしそうだ。メイド服よりスーツの方が似合いそうです。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄、」
「ダメ」
甘えすぎるファナッテにノイエの制止が入った。
ジュっと音が響いて、ノイエが掴んでいたファナッテの肩から手を放す。
焼け爛れた自分の手を見て……ノイエがアホ毛をクルっと回した。
「ごめんなさい」
「平気」
「でも」
と、ノイエは焼け爛れたはずの掌をファナッテに向ける。
彼女の掌はもう完治していた。
「平気」
「ノイエ……」
「平気だから」
言ってノイエは手を伸ばし、良し良しとファナッテの頭を撫でる。
その度にノイエの掌から音がし、煙が立ち上るが……ノイエは気にしない。
「お姉ちゃんを撫でれた」
「ノイエ」
感極まって抱き着こうとするファナッテを今度は僕が制する。
流石に抱き着いたらノイエの全身が焼けてしまうからだ。
「遊んでないで支度をして」
「「「はい」」」
ミジュリのツッコミに僕らは支度を始めた。
~あとがき~
今回ドラグナイト家は全員正装で参加です。メイド服はドレスに含まれませんw
そして好き勝手に生きる刻印さんがファナッテのドレスをって…あれ? 絶対に危ないフラグに感じるよ?
遂にファナッテとミジュリが外に出ました
© 2022 甲斐八雲
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