お人好しな部分がそっくりだろう?
ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室
「にいさま?」
「黙って枕になってなさい」
「はい」
ニコニコと笑ってポーラが僕の額に手を乗せた。
冷たくて気持ちいい。軽く祝福を使って自分の手を冷やして僕の額を冷ましてくれる。
ちょっと徹夜が続いて体温が上昇している気がするのです。
だから急いで仕事をしてから今日のお昼は仮眠の時間とした。
ソファーに横になってポーラの太ももを枕にし……ミネルバさんが嫉妬塗れの令嬢のようにハンカチを咥えて引っ張っている姿が見えるが気のせいだ。
寝不足で幻を見ているに違いない。
ファナッテにノイエと連戦をし、昨夜は先生に命じて突貫で魔道具を作って貰った。
材料はポーラの部屋に揃っているから不思議だ。道具も先生の部屋に揃っているから問題無い。唯一の問題は器用な先生が普段見せないミスを連発したことぐらいだ。
おかげで時間が掛かった。朝日が昇るまで製作が続いて……何故か最後は泣きだした先生がノイエに変わると言う不思議展開で終えた。
死んで蘇生したばかりだから不調だったのだろう。
今度出てきたら全力で先生にお礼の言葉を伝えてから温泉かな? それか何か他の物でも?
「にいさま?」
「声をかけられると目が覚めちゃいます」
「ごめんなさい」
こうして時折ポーラが声をかけて来るからなかなか眠れない。
玩具にされているような気もするが、ポーラの手が冷たいから許そう。
「ポーラ」
「はい」
「起きたら冷たい飲み物が欲しいな」
「わかりました」
「ん~」
今日はのんびりして明日は遂にブルーグ家に殴り込みだ。
名目は懇談会ってことになっているけど、僕を引っ張り出して毒殺したいんだろうな。
だったら毒がどれ程厄介な物か教えてやろう。その身にな。
ユニバンス王国・王都内下町
「彼女がミネルバの言っていた?」
「……」
朝からメイドたちを率いてやって来た古くからの患者にキルイーツは苦笑いをした。
元メイド長を病室に案内しようとすると、掃除用具を抱えた姪のナーファはメイドの集団を見るや『任せてください。薬草の仕入れぐらい私でも!』と今までに見せたことのないやる気を披露して駆けて行った。
完全に逃げ出した格好だが、姪のことを悪くは言えない。
この患者は無理ばかりを言うので有名なのだ。
「どうなんですか? キルイーツ」
「ああ。たぶんな」
認め、勝手にベッドの傍に椅子を置いて座って居る人物に目を向けた。
「お前は前王妃の護衛だろう? それが暗殺者を雇い入れるのは」
「才能があれば問題ありません」
「……」
「この場に居る数人も元暗殺者です。前職など気にして有能な者を見逃すことは愚かなことだと思いませんか?」
「そう言えばお主も元々は……まあ良い」
この国で最も優れた護衛は、元々は暗殺を本業にしていた人物である。
それを知る医師は、回りくどい説得を止めることにした。
「右腕が無いぞ?」
「そうですね。それが?」
本当に問題が無いと言いたげな女性にキルイーツは一瞬言い淀んだ。
「……メイドにするのは難しかろう?」
「つまらぬことです」
「なに?」
メイド長だった者の言葉にキルイーツは眉間に皺を寄せる。
「この者の紹介はあのアルグスタですよ。この姿を見てあれが動かないと?」
「動いてどうにかなるのか?」
「分かりません。ですがアルグスタなら何か面白いことをしてくれるでしょう。それを見れるだけでもこの者を預かる意味はあります」
「悪趣味だな」
肩を竦めてキルイーツは抵抗を諦めた。
「まだ傷口が開く可能性がある。完治したと判断する前に連れて行くだろうから、あと最低5日はここにおいておけ」
「なら5日後の早朝に引き取りにまいりましょう」
告げて前メイド長スィークは椅子から立ち上がる。
と、その動きを止めてベッドで眠る暗殺者の少女に目を向けた。
うっすらと目を開いた少女は、眉間に皺を寄せ全身を震わせる。
右腕を失い代わりに得た傷口から発する激痛に悲鳴を上げかけ……それをスィークは制した。
手にした杖を動かし、少女の鳩尾に突き入れたのだ。
右肩の激痛よりも鳩尾の一撃に少女は息を詰まらせた。
言葉を失い。前屈みになってその口から涎を溢れさせる。
「スィーク!」
彼女の行動にキルイーツが声を荒げるが、スィークの周りに居るメイドたちが彼間接近を阻む。
「黙っていなさい。キルイーツ」
静かに声を発しスィークは呼吸を詰まらせている少女の髪を掴み強引に顔を上げる。
涙や涎で顔を濡らす少女の顔を睨みつけて口を開いた。
「貴女には2つの選択肢があります。暗殺者として首を飛ばされるか、心を入れ替えてわたくしの所で学び成長するか……好きにしなさい」
「あっ……あぐっ……」
スィークの声に少女は必死に口を動かす。
だが呼吸が正しく出来ずに声が出ない。苦しくて苦しくて涙が止まらない。
その様子を見つめスィークは薄く笑った。
寝ていたから分からなかったが、中々に見込みのありそうな反応を示したからだ。
「諦めて死にますか?」
全力で少女は頭を左右に振った。
声が出なくとも、息が苦しくとも、少女は諦めずに必死にしがみ付いている。
生に……生きたいと強く願っている様子が手に取るように分かった。
「そうですか。なら今しばらく休み、痛み程度で声を上げないようになさい」
掴んでいた髪を放しスィークは少女に囁きかける。
「貴女の態度が嘘でないならわたくしがその命を救ってあげましょう。ですがその態度が偽りであるのなら……断頭台で首が斬られるのよりも遥かに苦しい死を贈ることとしましょう」
笑いスィークは歩き出す。
「次に目覚める時までに覚悟を決めておきなさい」
「……」
「何か?」
足を止め肩越しにベッドの上の少女を見る。
まだ苦しそうな状況で、少女は睨むような目でスィークを見つめていた。
「ぜったいに……おなじ、くるしみを……」
「そうですか。そうですか」
そのまま気絶する少女を見つめ、スィークは楽し気な目をキルイーツに向けた。
「気が変わりました。3日後の早朝に引き取りに来ます」
「それだと腕が」
「構いません。わたくしの弟子の中にも縫合ぐらい出来る者も居ますので」
「……」
「宜しいですね?」
確認と言うよりも脅迫に近い言葉にキルイーツは諦めて息を吐いた。
「構わんがお前が引き取ってから2日後に必ず診察に行く。それが条件だ」
「……我が儘ですね」
『どっちが』と言う言葉をキルイーツは自制心を発揮して飲み込んだ。
「分かりました。それで手を打つとしましょう」
本当に仕方のない様子でスィークは頷き歩きだした。
メイドたちを従え出て行った前メイド長に……キルイーツはバリバリと頭を掻く。
「先生」
「何だ?」
病室に居たもう1人……音も発せずにベッドの上で静かにしていたリリアンナは、恐る恐るキルイーツに声をかける。
「あの怖い人は何なんですか?」
「あれは……」
適当な言葉が見つからず、しばらく考えてから彼はもっとも簡単な言葉を選んだ。
「アルグスタ殿の叔母だよ」
「……冗談ですか?」
「本当らしい。そう言う話だ」
顔を引き攣らせるリリアンナをそのままに、キルイーツは気絶している少女の体をベッドに横たえる。
まあ確かにあれは恐ろしい存在ではあるが……だが決して途中で弟子を放り出したりしない。
一人前になるまで育て、そしてから適性の無い者に暇を与える。
「お人好しな部分がそっくりだろう?」
「えっと……どの辺がですか?」
まだスィークを良く知らないリリアンナとしては、ただただ怖い存在にしか思えなかった。
「大失態よ!」
「えっと……アイル。落ち着いて?」
「落ち着けないわよ!」
戻って来てからの魔女は嘆いていた。
外に出たら突然手足の痺れが無くなりその違和感を抱えたままで作業をした。
注文された物はどうにか出来たが、その過程で考えられないほどの凡ミスを繰り返したのだ。
「嫌われる……魔道具が作れない私なんて役立たずのゴミよ!」
「平気よ。魔剣を作れないエウリンカよりかは、まだ使い道はあると思うから」
「歌姫? 本人を前にその言葉は辛すぎるのだが?」
「気にしないで。たぶんみんなが認めると思うわ」
全力で頷いているファナッテを見て……エウリンカは膝を抱えて部屋の隅で丸くなった。少しはショックを受けたらしい。
「大丈夫よアイル」
セシリーンは優しく声をかける。
「彼が貴女を捨てたりなんてしないわ」
「でも」
「なら次に出た時に……」
相手の耳に唇を寄せて、セシリーンは悲しみに暮れる魔女に入れ知恵をした。
~あとがき~
準備を終えて時が来るのを待つアルグスタはのんびりモードです。
アイルローゼに作らせた魔道具は…何でしょうね?
そしてキルイーツの所に乗り込んだスィークは新しい才能に心をときめかします。
調教し甲斐のある…育て甲斐のある若い才能はいつでもウェルカムです!
たぶん一番の悪は歌姫さんなのでは?
© 2022 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます