言えば融かされる
「はふっ! ……くぅ~! げほげほ……あ~!」
悶える女性をエウリンカは壁に寄り掛かり眺めていた。
自分の経験がある。急に呼吸が戻り呼吸の仕方を思い出している間に激痛が襲ってくるのだ。でも苦しいから息をして咽て八つ当たる先を見つけるのだ。
ほら迷うことなく視線を向けて来た。
「エウリ……ンカ」
「血を吐きながら睨まないで欲しい」
「痛いのよ!」
「知ってる」
「胸の剣が」
「抜いても良いが治りが遅くなる」
「……何があったの?」
呼吸の仕方を思い出したのか、ちゃんと息をし女性……アイルローゼは自分に突き刺さっている剣の存在を数えた。
全部で5本だ。胴体に5本ほど突き刺さっている。
「何があったの?」
「覚えていないのか?」
「まだ思い出せないだけよ」
蘇生後に記憶障害が発生することは良くある。
しばらく待てば思い出せるが、アイルローゼは今すぐの答えを欲した。
「自分がここに来た時には君は死んでいた」
「どんな風に?」
「毒だ。あっちの……あれも毒だろう」
名前を忘れたのかエウリンカは寝かせている女性に指を向けた。
顎を引いて顔を持ち上げたエウリンカはそれを確認する。寝かされている女性はスハだ。何故スハが?
ゆっくりと思い出しながらアイルローゼは自分の胸に突き刺さる剣を見た。
「この意図は?」
「何がだね?」
「どうして私の左右の胸に1本ずつ?」
「近すぎて干渉するのを恐れた。胸に2本。鳩尾に1本。腹に2本。理想的だと思うが?」
「あっそう」
長く息を吐いてアイルローゼは天井を見上げた。
「毒と言うことはファナッテかミジュリか」
「ふむ」
「……あの2人を殺して回していたから恨まれていても仕方ないけど」
「そうか」
「……貴女は?」
「何が?」
「私を恨んでいないの?」
「ふむ」
体を起こしエウリンカは苦笑した。
「自分はノイエを魔剣の材料にしようとした。その事実は消せない。今はその気を失ったと言っても君はそう簡単には信じないだろう?」
「そうね」
「だから恨んだりはしない。ただ融かされるのは仕方ないが、じっくりじわじわと融かされるのは本当に苦痛でしかない。あれだけは止めて欲しい」
「あれはただ機嫌が悪かっただけよ」
「そんな理由で!」
目を剥いて憤慨するエウリンカにアイルローゼは引き攣るような笑い声を発した。
「私だって人間よ。機嫌の悪い日もあるわ」
「だからってスープでも作るようにじっくり融かされる身にもなって欲しい」
「今度から気を付けるわ」
「まだ融かす気なのか?」
「貴女がノイエに手を出さなければ、ね」
目を閉じてアイルローゼは薄っすらと浮かんで来た記憶に思いを向ける。
「忘れてたわ。エウリンカ」
「何か?」
「貴女を融かす理由があった」
「どうして!」
飛び起きて逃げ出そうとするエウリンカにアイルローゼは殺意を向けた。
「ノイエの封印が最近暴走しているのだけど?」
「暴走?」
逃げ出す態勢で足を止めたエウリンカは首を傾げる。
「暴走しているのか?」
「暴走というよりノイエが好き勝手に扱っているわね。もう三本目の腕よ」
「ふむ。それはなかなか面白い」
逃げ出すことを止めてエウリンカはまた座り直した。
「貴女の手直しが悪かったの?」
「失礼だな。自分の仕事に間違いなど無い」
「なら何故ノイエの封印が?」
「ふむ」
唸ってエウリンカは自分の中の考えをまとめた。
「そもそも封印と言っているがあれは魔剣だ」
「そうね」
「持ち主はノイエだ」
「そうね」
「ノイエが魔剣を振るって何の問題がある?」
「……」
質問の趣旨が分からないと言いたげにエウリンカは軽く肩を竦めた。
「魔剣とは魔力を流すことで仕組まれている魔法が発動する。ノイエの魔剣にどんな魔法が宿っているのかは自分も良く分からないが、魔剣である限りノイエの武器だ」
「ならノイエが好き勝手しているのは?」
「武器をどう扱うのは持ち主の個性だ。剣で人を殴っても良いわけだし、パンを切っても良い」
「石を掴んで投げてるわよ」
「……それは確かに面白いが、面白いが……本当に剣なのか?」
「それを私が聞いているんだけど!」
鮮血を口から飛ばしてアイルローゼは怒鳴った。
「怒るな魔女よ。少し考え方を変えよう」
「考え方?」
「そうだ。あの魔剣はノイエの髪を材料にしている。理由は彼女の感情を封じるために親和性を求めたからだ」
「ノイエの一部を材料にしたかったとは言わないのね」
「言わないさ。言えば融かされる」
言ったも同じだがアイルローゼはあえて流した。執行猶予は必要だ。
「たぶんだがノイエの髪……つまり魔剣と髪とが近しくなりすぎて、魔剣とは別の物が出来上がってしまったのだろう」
「違うもの?」
「そう別の物だ」
興味を持つアイルローゼとは違い、エウリンカはやる気が無さそうに横になる。
「興味が湧かないみたいね」
「湧くわけない。自分が求めるのは魔剣だ。魔剣では無い物が出来上がってしまうのなら、人の一部など材料にするのは愚かなことだと知ったよ」
「ノイエへの興味を失った?」
「興味は尽きないが材料にする気は少し前に失せている。あれはあのままで良い」
「そうね」
ノイエはあのままで良い。その意見にアイルローゼも同意だ。
「それでエウリンカ」
「何だ?」
「全ての記憶を思い出したら貴女を融かしたくなったのだけど?」
睨んでくる魔女にエウリンカは逃げようとした。
だが足に痛みを覚え……その理由が魔女の鳩尾に突き刺さっていた魔剣だと知った。何故ならば魔剣が太ももを貫いて刺さっていたのだ。
「貴女……ミジュリに魔剣を作ったでしょう?」
「違う!」
「違う?」
「作ったのは事実だが訳を聞いて欲しい」
「良いわよ。私が聞いて納得する理由なら」
「実は……」
エウリンカは全てを語った。
『魔剣を作って欲しい』と言うミジュリの願いを断ったら、魔法で強制的に作らさせられたこと。
自分がどんな種類の魔剣を作ったのかは覚えていないが、ミジュリが完成した1本を持って行ったこと。
後は放置され、魔眼の回復力で動けるようになって逃げ出したことをだ。
それから魔眼内を彷徨い……そして死んでいる魔女を見つけて治療した。
「つまり私の怒りを少しでも抑えるためにその魔力を集める魔剣を突き刺したわけね?」
「その甲斐あってそっちの女性よりも早く治っただろう!」
形勢が逆転した。その言葉が正しいか分からないが、怒りで立ち上がったアイルローゼはエウリンカの胴体に自分に刺さっていた魔剣を突き立てた。
ちゃんと1本ずつ場所を違わず……違わずにだ。
「その胸がイラつくのよ!」
「思いっきり私怨だな!」
「煩い!」
魔剣を突き刺そうとしたらその剣先から逃げる脂肪の塊……これほど腹立たしい存在をアイルローゼは知らない。
だから潰す。全てを潰す。この目の前の脂肪の塊だけは潰してやらなければ気が済まない。
「潰してから削いでやる!」
「止めてくれ! あっでも軽くなって肩こりが」
「私の知らない言葉を使うな~!」
「うおっ! ザクザクと腹を刺さないで……痛い。本当に痛いから」
「知るか! 私は胸のせいで肩こりとか言っている人間が許せないのよ!」
「くちゅん」
「あらホリー? 可愛いクシャミね」
「煩い」
「くしゅ」
「ファナッテも」
「……」
「へくちっ」
「うわっ! レニーラ止めてよ……お姉様の柔肌に傷が」
「付かないわよ! 変態が抱き着いている方がよっぽど毒よ」
「何を? 死ぬか?」
「シュシュ~」
「ほ~い」
「卑怯だぞ! 舞姫!」
「どんな手を使っても勝てばいいのだよ」
~あとがき~
復活のアイルローゼでした。
ただ何故か巨乳に対して恨み辛みが…ある意味で普通か。
ノイエのアホ毛の謎はそんな感じです。楽が出来るからノイエは気にさず扱ってますけどね。
何気に不幸なエウリンカが作者さん的には好きです。少しぐらい幸せになっても良い気がしますが。
リアルの方が多忙になって来たのでしばらくの間、1日1話のペースで投稿します。
複数話は落ち着くまで難しいかな? 1話のペースも維持できればなんですけどね。
1年で400話を投稿すると言うチャレンジは続けたいので、暇が出来たらストックを作って複数話アップをして行こうと思います。
まずは2日でも良い。連休が欲しい…
© 2022 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます