何処までも愚弄するか!
ユニバンス王国・王都貴族区内ブルーグ家屋敷
「陛下の方はどうにかなったな」
「本当でございますか?」
「ああ。所詮は後を継いだばかりの若造よ」
腹心の部下にそう告げバッセンはソファーに深く腰を下ろした。
何よりこちらがどれほどの被害を被ったことか。
全ての貴族たちから嫌われることも想定し、それでも領内に逃げ込んでいた貴族たちを捕らえてその首を刎ねた。自分の使えない息子も処刑した。
ここまでしたのだ。その苦労が少しは報われた。
問題は相手だ。あの憎きアルグスタだ。
「準備の方は?」
「はい。ご指示の通りに質素でありながら贅の限りを尽くすように指示してあります」
「それで良い。飾りつけなどは『喪に伏している』とか言い訳が出来る。代わりに食事は豪華にせよ。出来る限り珍しい物を大量に取り寄せるのだ」
「はい」
取り寄せた珍味の中に偶然良からぬ物が混ざっていることもあるはずだ。
悲しくもあるが、あくまで偶然の事故だ。
「ですが主も同じ物を口にするのは?」
「仕方あるまい。出来るだけ少量で飲み込まぬように気を付けるしかない」
こちらが食せず相手に勧めれば怪しまれる。
全てに手を付け相手に勧める。最後は老いを理由に口を付ける程度で……そこで仕掛ける。
一滴で人を殺せる猛毒だ。あの化け物が作り出した恐ろしい凶器だ。
「死ななければ勝ちだ。何よりあと10年は生きてブルーグ家が傀儡にならないように見張る必要がある。だから死なんよ。そして決して負けない。良いな」
「はい」
深く頷く部下は、ノック音に気づいて顔を上げた。
「何か?」
「失礼します」
静かに入って来たのは古参のメイドだ。
その者がお盆に小瓶と手紙を乗せてやって来た。
「バッセン様にドラグナイト家からに御座います」
「……何?」
メイドの言葉にバッセンは軽く腰を浮かした。
盆を受け取った部下は手紙に仕掛けが無いか確認し主に手渡す。小瓶は絶対に渡せない。中に何が入っているか分からないからだ。
手紙を開封し一読したバッセンは、怒りに顔を歪ませ便せんを床に叩きつけた。
「何処までも愚弄するか! このブルーグ家を!」
「主?」
怒りで豹変した主人に部下は盆をメイドに戻し、投げ捨てられた便せんを拾う。
『どうもどうも。この国で最も高額の賞金首なアルグスタです。初めましてかな?
もう反撃の手が無くて困っているであろう貴方たちがこちらに対して仕掛けられるのは毒殺ぐらいかな? なんでも強力な毒を持っているんでしょう? あの毒の息吹が作ったとか言う毒が。
隠さないでも大丈夫。ファナッテ本人から確認を取っているので知ってるから。
ただ何年も前のファナッテの毒だと僕を殺しきれないかもしれないかもと心配になって、ファナッテ本人に頼んで当時の毒よりも強力で最悪な新作を作って貰ったよ。とてもいい出来なのでぜひ使ってください。
もちろんバッセン氏が自決用にお使いいただいてもこちらとしては構いません。
その時は感想などをお聞かせいただければ……ああ。死んでいたら無理な話か。残念。
もちろん僕に使っても良いけど……こっちにはファナッテが居るんでそのことだけは忘れないようにね』
主人とは違い怒りよりも恐ろしさを部下は感じた。
どこまでもこちらの手の内を読んでいる相手に恐ろしさしか感じない。
自分たちはいったい何と敵対しているのか?
手紙には続きがあり、部下はそれにも目を向けた。
『毒を使う舞台は準備してますか? してないならこちらの主催で食事会でも開こうか? もちろんウチのお嫁さんも同席させたいので夕方からになるけど問題無いよね?
それと貴方たちが会いたがっていたファナッテも連れて行くよ。彼女も貴方たちにとても会いたがっているからね。新しい毒を作りながらその日を待っている感じです。
ブルーグ家からのお誘い、お待ちしています』
死刑宣告だと部下は思った。
もう自分たちは、負けどころか死が確定しているのだと気付かされたのだ。
部下は顔を上げ主人を見る。
彼は怒りが収まり、そして顔色を悪くして焦ったように考え込んでいた。
この絶望的な状況でまだ足掻けるのか……長年傍に居た部下は『不可能だ』と答えが出ていた。
ユニバンス王国・王都王城内国王寝室
「まだ痛いです~」
「……何をしていたんだ?」
ようやく仕事を終え少ない睡眠時間を得ようと寝室へとやって来た国王シュニットは、ベッドの上で股間を押さえている妻の姿に……軽く頭を振った。
「聞いて欲しいです~。嫌がる私にアルグスタおにーちゃんが、」
「躾か」
「躾の範囲を超えているです~!」
どうやら躾で正解だったらしい。
義理とはいえ姉と弟の関係のはずだが、傍から見ていると仲の良い友達同士にしか見えない。
微笑ましい物なら良いのだが、この2人が勝手をすれば国が揺れるのだから始末に負えないのだ。
「お前がここに来たということはバッセンの話を聞いていたな?」
「もちろんです~。おにーちゃんと聞いてたです~」
痛がっていたのは演技だったのか、小さな王妃はベッドの上でちょこんと座る。
手招きして来る相手に軽く息を吐き、シュニットは相手が望むように隣に座った。
「予想通りです~」
「私は貴族たちの首を狩って来るとは思っていなかったが?」
「想像の範囲内です~。おにーちゃんの脅迫が余程根骨身にしみたんだと思うんです~」
「そうか」
太ももに頭を預け甘えて来る王妃……キャミリーの頭をシュニットは優しく撫でてやる。
目を細めて甘えてくる様子は犬のようで愛くるしい。
「シュニット様も演技が上手くなって来たです~」
「演技と言うか今回の件は……」
スッとシュニットは視線を遠くに向けた。
バッセンとの話し合いは無関心を装った。
と言うよりも報告を受けるだけで基本物事が勝手に動いている。報告が届けられているだけマシだと言うのが本音だ。唯一動いたのは有事の際にアルグスタの仲間となるよう東部の貴族たちに働きかけたくらいだ。大半が魔女が作り出す魔道具と言う見返りがあれば……と言う。
思いの外、バッセンの人望の無さをシュニットは深く理解した。
故にシュニットは無関心というよりも深く問われると何も答えられない。
淡々と決められたことを口にして会話が終わることに徹した。相手も似た感情を持っていたのか、余計なことは言わず事務的に話し合いを終えることが出来た。
どうしてそこまでシュニットが無関係なのか……それは今回の案件の主体は、王妃であるキャミリーだからだ。それに近衛団長であるハーフレンが動き、当事者であるアルグスタまでもが動いている。
ここに国王が自ら動けば『混乱が生じる』と王妃は言いシュニットの動きを制した。
妻を良く知るシュニットからすればバランス良く物事を動かしているキャミリーの実力は、化け物と呼んでも良いほどだ。机上の空論だけでよくもここまで読み切ると思う。
本人は『おにーちゃんの妹は私の妹です~。胸の小さな仲間として放っておけないです~』などと言って協力しているに過ぎないが。
嫁いで来た頃などでは考えられないほどキャミリーも優しくなったものだとシュニットは思う。
家族のことなど特に気にもせず……確か母親であるラインリアとの対面を果たしてから変化が生じたような気がする。
その振る舞いが増々子供っぽくなり、そして全力で母親に甘えるようになった。
純粋に母親を得てキャミリーは嬉しかったのかもしれない。
そして今回は妹を……そう考えれば納得がいく。
「お前も少しは落ち着いたということか?」
「意味が分からないです~。私は常に落ち着いてます~」
「落ち着き払う王妃は、夫の前で股間を押さえていたりしないと思うが?」
「それは全ておにーちゃんが悪いんです~」
ジタバタと足を振るってキャミリーは不満を体現する。
「おにーちゃんはとっても悪い人です~」
「今日もお前にケーキを届けていただろう?」
「それとこれとは別です~。弟たる者はお姉ちゃんにケーキを毎日届けるべきなんです~」
恐ろしいことを言っているが、アルグスタなら実際毎日届けてきそうでどっちもどっちだ。
「それにおにーちゃんがまた悪巧みしていたです~」
「……今度は何だ?」
王家とブルーグ家的には一応話が纏まった。
これ以上ブルーグ家に不幸が訪れないように2人の弟には、明日直接伝える予定を入れて置いた。それなのにまた好き勝手をされれば、
「何でも解毒不可能な毒をブルーグ家に送り付けると言ってたです~。その毒を使って『暗殺してみろ』とか手紙も添えるって言ってたです~」
「明日の早朝に、」
「ノリノリで手紙を書いて送ったと報告がさっきあったです~」
「……キャミリーよ」
どうやらこちらの反応を見て妻が楽しんでいたのだと知ったシュニットは、少し弟の行為を真似ることとした。
「あれ? です~」
抱きかかえられて動かされる。
相手の足の上に体がやって来て……
「ふにゃっ! お尻はっ! 叩いちゃっ! ダメです~!」
その夜王妃は初めて夫である人物から躾けられたと言う。
~あとがき~
負け犬ほど良く吠えるw
ここまで追い詰めるとは…アルグスタの癖に本気か?
ブルーグ家が詫びを入れて来たからこれで手打ちにしたかったシュニットとしては、アルグスタのやる気は計算外です。本気でブルーグ家を潰す気なのでピンチです。
ですがそれを踏まえて動いているのが…
© 2022 甲斐八雲
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