たまには散歩にね
ユニバンス王国東部・王家所有温泉地
「はぁ~。深夜にお風呂とか贅沢です~」
満天の星空の下で広い湯船を占領し、少女のような容姿をした現王妃がプカプカと暖かなお湯に包まれ浮かんでいた。
夫である現国王はベッドで眠っている。本来は休暇の予定なのだから間違えていないが、東部に来てからと言うもの有力貴族たちとの会合を続け全く休めていない。
ようやく得た休みを彼は睡眠に当てているのだ。
本当なら『夫婦水入らずでのんびり』と王妃キャミリーは考えていたが、今は仕方ない。
仕方ないから1人でのんびりして居るのだ。
「それにしてもおにーちゃんは元気にしているでしょうか~」
プカプカと浮いて王妃は笑う。
自分が計算した限り可愛い“弟”であるアルグスタが死ぬ可能性は限りなく少ない。
限りなく少ないがゼロではない。その場合はちゃんと敵討ちをする。
反逆者に、王族の者に手を出した者に掛ける情けなど無い。全力で討伐する理由になりえる。
「まあここまで色々と準備してもあのおにーちゃんは好き勝手して思いもしない結論を導き出すんですけどね~」
ニヒヒと笑い王妃は満天の星空を見上げる。
だからこそあんなに無理をして弟の為に頑張っている夫の行動は無意味になりかねない。だったら無理などしないで流れに身を任していれば良いのだ。
「あ~。このままずっと浮かんでいたいです~」
プカプカと浮かびキャミリーはのんびりとした時間を過ごした。
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
「で、お前の故郷を滅ぼした貴族も復讐対象なのか?」
「……どうでも良いわ。私に直接関係ないから」
「でも家族は?」
「忘れたわよ。家族の恨みより自分の恨みの方が深かったから」
「ああそうですか」
どうもこの人は恨みを背負い込み過ぎて病んでしまったようだ。
でもそういう人って居るよね。ことごとく選んだ選択肢が悪い方に出る人って。
たぶんミジュリは典型的なそう言うタイプなのだろう。それか裏スキルで『不幸』とか所持してますか?
「それで私の夢が叶わないと知って貴方はどうするの?」
「ん~。どうもしない」
「何よそれ?」
「ただ知りたかっただけだし」
「あん?」
睨むな睨むな。
「言ったでしょ? 人って話して触れてと関係を重ねることで理解するんです。と僕はそう思っています。だからまずミジュリのことを知らないとこれからどう協力するのか困るしね」
「何も考えず私の手助けをすれば良いのよ」
「お断り」
「あん?」
だから睨むなって。
「下手をしたらノイエを殺人鬼にされてしまいそうだから」
「……そんなことはさせない」
「どうだか」
どうもこの女は信用ならん。
「口では何とでも言えるしね」
「それを言うなら貴方もでしょう」
「否定はしないよ」
僕の武器はたぶんこの交渉術だ。はったりとも言うけどね。
元々のアルグスタはその辺に優れた人だったというし、それを引き継いでいるのでしょう。
「ただ僕はノイエを心の底から愛している。だから彼女の立場を悪くしたくない」
「……それは私もよ」
それが分かっているのなら隠すな。
「だったら作戦を言え」
「……流動的なのよ」
「つまり行き当たりばったりなのか?」
「……」
ほほう。あそこまで自信満々に振る舞っておいてそれか?
「ちょっと待ちなさいよ! その右手の物は何よ!」
「羽根ペン先生」
「左の物は!」
「違う種類の羽根で作られた羽根ペン先生です」
「どっちも嫌よ!」
我が儘の多いヤツだな。
それでも羽根ペンを掲げてジリジリと寄ったら、ミジュリが悔しそうに口を開いた。
「少なくともブルーグの基盤がある西部で喧嘩をするのはお勧めしない」
「理由は?」
「あの一族は他者を信用していない。だから自分の狩場に相手を誘い込んで狩り取る」
なるほど。
「つまり僕の家族を傷つけて怒った僕が西部に殴り込みに行くように仕向けると?」
「ええ。最高の手札を切ったのは自分の領地に残る手札を少なく見せるため……そうでなければ祝福持ちを使い捨てるなんて有り得ない」
なるほどなるほど。
「で、西部に誘い込んだ僕をどう殺すの?」
「解毒不可能な毒よ」
「ほほう。つまりファナッテの?」
「ええ。私の毒はあれとは毛色が違うから」
「だからあれと言うな」
両手に持つ羽根ペンを振ったらミジュリが黙った。
「ブルーグ家はファナッテの毒で僕を仕留めると。でも毒でしょ?」
「毒を甘く見ない方が良い。特にあ……ファナッテが作り出した毒はどれも始末に負えない」
羽根ペン先生を恐れてかミジュリが言い直した。
「具体的には?」
「軽く振りかけるだけで絶命させることが出来る毒とか」
「なんて恐ろしい物を! それって使う人も死なないの?」
「ええ死ぬわよ。でもブルーグ家はそれぐらいする」
「うわ~」
自爆系のテロとか回避不能です。
「良く蒸発して一晩嗅ぎ続けると死ねる毒とかもあるわよ?」
「ちょっとファナッテ呼んでくれるかな? 今後は作る毒について話し合いが必要かなって思うんです」
「それは後で勝手にしてくれるかしら」
呆れた様子でミジュリがため息を吐いた。
「だから西部に行けば貴方を殺す方法は色々とある」
各種強力な毒で毒殺とか本当に嫌なんですけど?
「……その毒って王都でも使えない?」
「ええ。でも王都で毒を使えば怪しまれるでしょ? 何より貴方は王族なのだから」
ああ。そういうことね。
「僕が死ねば馬鹿兄貴が中心となって徹底的に死因を解明するね」
「ええ。それで毒殺だと判断されれば犯人探しが始まる。現在王都にはブルーグ家の暗殺者が訪れているのは知られている。その状態で貴方が死ねば?」
「わ~い。ブルーグ家を討伐する理由になるね」
「そう言うことよ」
誰が描いたシナリオですか? 実はあの馬鹿兄貴……ここまで企んでいたら本気で始末するぞ?
「ただブルーグ家は建前上馬鹿じゃない。それを理解しているからこそ、貴方を王都ではなく西部に引き込んで殺そうと企んでいる」
「西部で死ねばブルーグ家が怪しまれない?」
普通に考えるとそうだよね?
「死体を隠せば良い」
「はい?」
あっさりとした冷たい返事が。
「死体を隠して別の場所に移せば良い。それ以外にも色々と対処方法はある。自分の領地よ? 王都とは違って誤魔化す方法なんて沢山あるわ」
「なるほどね~」
納得だ。僕が西部に行くのは宜しくないらしい。
「なら僕がすることは」
「何もしないで居れば良い。私がノイエを使って」
「だから何を企んでいる?」
「……」
羽根ペンを振りながら睨んだら……ミジュリが諦めた様子で口を開いた。
「お帰りなさい」
「……」
気軽に挨拶をしてくる歌姫を軽く睨む。
魔眼の中に戻って来たミジュリは、辺りを見渡し……隅で震えているファナッテを見つけた。
「何もしてない。ここに居たから。だから叩かないで」
両腕で頭を抱え震えるファナッテを睨み、ミジュリは足を動かした。
「外の馬鹿が呼んでいるから出れば良い」
「……」
「返事は?」
「はい。はいっ!」
怯えている相手から視線を外し……ミジュリは魔眼の中枢を出て行く。
しばらく歩いてから壁に背中を預けて床に座り込む。
「ノイエにそんなことが本当に出来るの?」
呟きミジュリは苦笑した。
自分が提案した作戦をノイエの夫は改良した。
本当にそれが出来るのか疑問に思ったが、どうやら出来るらしい。
確かにノイエは昔から色々とおかしなことをすることではあったが……今はその不思議に感謝だ。
「でもこれで復讐が出来る。ようやく出来る」
クツクツと笑うミジュリは自分の両足を引き寄せた。両膝を抱え込むようにして笑い続ける。
「これでようやく」
『それはどんな感じなの?』
「誰っ!」
不意に頭の中に響いた声に……ミジュリは視線を巡らせる。
視界の先にそれを見つけ、その姿を確認して……ミジュリはその目を見開いた。
「貴女がどうして?」
『たまには散歩にね』
クスクスと笑う相手にミジュリは自身の背中が汗に濡れ冷たくなるのを感じた。
『で、それはどんな感じの復讐なの?』
畳みかけて来る言葉にミジュリは震える。
相手が悪すぎた。何より自分の迂闊さを呪った。
こんなに復讐を望めば彼女が姿を現す可能性が……本当に迂闊だった。
せめてあの噂が嘘であることだけを望むしかない。
目の前に居るぼんやりとした女性の形をした存在の、その噂が嘘であることを。
~あとがき~
温泉を楽しんでいるチビ姫は…この人元々腹黒ですからw
最悪を想定してちゃんと“弟”の敵討ちが出来るように準備はしています。
で、ミジュリはようやく作戦の全貌を吐き出しました。
それを聞いたノイエの保護者である主人公は…もっと確実な嫌がらせプランに。
で、魔眼に戻ったミジュリの前にそれは姿を現しました。
出て来るよな~。コイツの性格を考えると…
© 2022 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます