言い値で買おう!
ユニバンス王国・王都王城内近衛団長執務室
「なあビルグモール」
巨躯の体を小さくさせて椅子に腰かけている近衛団長ハーフレンは、手にした紙をフルフルと振るう。
声をかけられた若い騎士は、その紙の内容を察しため息交じりに主へと視線を向けた。
「何でしょうか団長」
「質問する必要があるのか疑問なんだが……この報告書の意味って何だ?」
「自分に問われましても、その報告を上げたのは密偵衆の方ですから」
仕事が増えて身動きが取れなくなった近衛団長付きの副官に代わり、最近秘書官的な仕事を押し付けられた騎士は、女性に好かれそうな整った表情を僅かに歪める。
自分もそれを見た時に同じ疑問を抱いたからだ。
「西部が王都に送り込んだであろう刺客は3人。内2人が女性でもう1人が男性。身体的特徴は不明であり年齢や名前なんて分かってもいません」
「だよな。そう書かれている」
だったら書面で提出する必要があるのかをハーフレンとしては問いたいのだ。
「何ごとも書面にして提出する癖を付けるようにと命じたのはハーフレン様です」
「だよな。そんなことを言った記憶もある」
自身の発言を思い出しハーフレンは椅子の背もたれに背中を預けた。
頑丈に作られた椅子がギシっと鳴ったが気にもしない。
壊れた時は新しい椅子を求めれば良いのだから。
「それで王都の警戒は?」
「先日のお祭り以降は少し厳しい程度にしています」
「だよな。あまり厳しくし過ぎるのもな~」
兄である陛下からの指示は『敵兵力の削減』だ。
つまり誘い込んで確実に仕留めろと言われている。
不穏分子が多く集まる西部からやって来た折角の切っ掛けだ。ここで確実に仕留め、その力を削ぐことにハーフレンとしても否定はしない。むしろ好機とすら思っている。
《ただバッセンは親父ともやりあった曲者だ。あれほど厄介な人物は居ないと言うのが親父の評価だった》
それは前王から見て敵に回したくない人物とも言える。
《ブルーグ家は昔から能力至上主義だ。必要であれば我が子でも使い捨てにする冷徹さを持つ。故に今回の一件で負けたとしても……あの家の嫡子は能力不足と判断されていたな。責任を全て押し付けて尻尾切りに使える》
自分の家の使えない息子を切り捨てて王家への謝罪とする。
世間から見ればさぞ立派に責任を取ったかのように見えるだろう。内情を知らなければそんな物だ。
「ブルーグ家の洗い出しとすり寄っている貴族たちの内容は?」
「現在一覧を製作しているはずですが、急がせますか?」
「構わん。騒ぎが起きた頃に手元にあれば良い」
「分かりました」
与えられた席で仕事をこなす彼の横で、近衛専属の事務係であるパルとミルが必死に手を動かしている。
黙々と仕事をしないと毎日終わらない環境にハーフレンとして流石に負い目を感じてはいるが、ただ扱う内容が内容なだけに簡単に部下を増やすことも出来ないのが現状なのだ。
「ビルグモールが戻って来て助かったとも言えるか」
「……自分としてはアルグスタ様のお屋敷を警護している方が楽なのですが」
「働けよ」
「何よりあの屋敷は食に対して上限が無いので、自分たちにも毎日のように肉料理が振る舞われて」
「好きなだけ寮の食堂で食え」
「時折甘い菓子なども出て、それを妹たちに持って帰ると尊敬されるのですよ」
「……アルグのヤツは本当に人ったらしだな」
不貞腐れて呟くハーフレンだが、机に嚙り付く双子が頭をコクコクと動かし頷いている様子を見て……待機しているメイドに視線を向けた。
「アルグの所から適当に焼き菓子でも」
「たまに出るケーキなども本当に美味しく」
「……ケーキでも頼んで来い」
図々しい部下の言葉にハーフレンは深く深く息を吐いた。
「なあビルグモールよ」
「何でしょうか?」
「お前のその図々しさに磨きがかかったように見えるのは俺の気のせいか?」
「どうでしょうか? 自分は普段からこんな感じでしたが、アルグスタ様は一度として不満を申されませんでした」
「あれはたぶんお前のことを気にしていなかっただけだと思うぞ」
自分の嫁を溺愛する弟は周りの目など気にもしないし、何より護衛の騎士など存在すら忘れているのかもしれない。
普段から好き勝手をする弟の日々の生活内容は毎日律儀に届けられている。
「何にせよこっちに戻したのだから働け。本当に人手が足らないんだ」
王都王城内アルグスタ執務室
本当に困った。人手が足らない。と言うか知恵が足らない。
今後の方針と言うか対策と言うかあれやこれやと僕の能力以上に仕事が山盛りだ。誰が描いた未来予想図だ? 未来の一新を僕は切に願う。
ダメ元で先生に相談はしたけど『専門外』とだけ言われた。少しだけ手伝ってくれればいいのに仕事に関することになると先生は本当に冷たい。
わんわんモードになればあんなに素直なのにね。
それを指摘すると物凄く怒るから絶対に言わないけどね。
あのノイエですら激怒したアイルローゼの圧に屈して何も言わなくなった。ただ時折犬耳カチューシャを付けて姉の前に行っては叱られている。実に勇者なノイエである。
そんなアイルローゼは隣室で今受けた仕事を全て片付けようとしていた。何でもあの悪魔からそろそろ戻すぞ宣言が出ているらしい。それも僕のやる気を奪う原因でもある。
能力以上の仕事にやる気を奪う行為。断じて許し難し!
「何故アイルローゼは帰らなければいけないのだ!」
今一度その不満を口にして立ち上がった。
僕からあの足を奪う行為は万死に値すると思う。ノイエだってあの足を愛している。
太ももの谷間に顔を押し付けてスリスリする膝枕をこよなくノイエも愛しているのだ! もちろん僕も!
そしてあの形の良いお尻が素晴らしい。撫でて揉むととても良い感じに音が鳴るのです。
恥ずかしそうに声を殺して鳴く様子なんて興奮しか覚えません。そんな癒し系膝枕を奪おうとする行為はやはり許せん!
「にいさま……」
ただこの話で僕がキレると何故かポーラがボロボロと泣きだしてしまうのだ。
どうして君が泣く必要があるの? 全ては君の中に居る悪魔が悪いのであってポーラは決して悪くない。そう全ての巨悪はあの魔女だ! アイルローゼの恥ずかしい姿を僕に見せると言いながら一向に見せない詐欺師が悪い。
「僕は先生の恥ずかしい姿が見たい!」
「……うわ~」
勝手に僕の発言を聞いていたクレアが蔑んだ目を向けて来る。
「おいおい待てよクレア。君は勘違いをしている」
「何がですか? 変態」
「……君の夫だって美人の裸を見たら大興奮するから! それが男だから!」
「しないから!」
バンと机を叩いてクレアが立ち上がった。
「イネルはそんなことしないもん! いつもいつも私だけを見てくれるもん!」
「はっ……それはただ近くにお前しかいないから」
「この糞上司~!」
憤慨してクレアがこっちに向かい駆け寄って来た。
だがその途中でポーラの壁が姿を現す。我が家の妹様は、幼く見えても強力だ。
クレアぐらいあっさりと拘束して……何故か普段チビ姫が使っている隠し通路の出入り口を開いて押し込んだ。
「なら実験ね」
「……」
片目を閉じたポーラが悪魔の笑みを浮かべていた。
ゴソゴソとエプロンの裏を漁りだしたポーラは、いつものように間の抜けた効果音を口ずさんでソフトボール大の水晶玉を取り出す。
「これにはあの舞姫のギリギリ裸体ではない格好で踊りの練習をする様子が収められています!」
「言い値で買おう!」
「え~。これって私のお気に入りだし~」
「好きな額を言うが良い!」
「なら飽きるか新作が手に入ったら譲ってあげる」
「その日を楽しみにしよう」
うんうんと頷いて商談成立。
決してレニーラのエロい踊りが見たい訳ではない。僕はそれ以上にエロいレニーラの姿をいくらでも見ている。
踊っている姿と言うのが重要である。あの踊りは保存しておいて間違いない素晴らしい物だ。
エロい踊りを保存するのではない。文化的な価値があるはずなのだ。
「と言う訳でそのエロさがどれ程の物か確認しようではないか」
「ふふふ……本当に男って馬鹿ね~」
「女のお前にだけは言われたくないわ」
悪魔と2人部屋の隅に移動してレニーラの踊りを確認する。
これは絶対に保存が必要だ。未来に残さなければいけない。
で、そんなことをしているとお城の中を移動し続けて書類のやり取りを終えたイネル君が戻って来る。手招きをしてレニーラの踊りを見せれば、その場から動けなくなってしまった。
余りにも刺激が強すぎた様子だ。
そして隠し通路から引きずり出したクレアがその夫の姿を見て……その夜2人は初めてガチの夫婦喧嘩をしたらしい。で、何故か2人して翌日欠勤しました。
『何故だろう?』と僕は首を傾げるが、悪魔が言うには『雨降って地固まった』とのことだ。
まるで全てを見て来たかのような発言に……この悪魔って趣味は『覗きなのでは?』と本気で疑ってしまったよ。と言うか確定だよね?
~あとがき~
本当に緩急の激しい物語だなw
近衛騎士ビルグモールはずっとドラグナイト邸を部下たちと警護していました。
初期設定で名前を与えられているのに出番が無かった残念さんです。そんな人がこの話にはたくさん居ます。
優秀なのでお城に戻され、警護の方は部下たちが継続して任務に当たっています。
で、色々と仕事を抱え過ぎて主人公のキャパをオーバーしました。
そろそろ最終兵器の召喚か? あれの頭部は元に戻っているのか?
© 2022 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます