とりあえずぶちころします

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「もう良いかしら?」

「ええ」


 夜も明けやらぬ時間。ランプの明かりが柔らかく揺れる室内に2人は居た。

 1人は椅子に腰かけたままで……術式の魔女と呼ばれる女性だ。彼女は優しく微笑んでいる。


 存分に外を堪能したとも言える。

 だいぶ好き勝手をして……その分苦労もしたから問題はないはずだ。


「なら戻すわね」


 もう1人は小柄なメイドだ。

 全体的に白く、赤い目に……片方の目に金色の模様が浮かんでいるのが印象的だ。

 指を動かし宙に文字を綴る相手を見つめながら、術式の魔女は口を開いた。


「どうしても戻らないといけないの?」

「それは当然」

「どうして?」


 呆れながらも小柄なメイド姿をした伝説の魔女が答える。


「貴女の体を外に出すためにこの子の体が魔眼の中に入っているのよ」

「ならその体は?」

「私お手製、最新型の人工的な肉体……つまりはホムンクルスよ」

「そう。それでどうして戻る必要が?」

「アンタ鬼ね」


 肩を竦めてメイドが怒る。


「この子が子供のままになるからよ。成長する期間を奪う気?」

「あら? だったら永遠にその大きさと言うことでしょう? 彼なら喜ぶわよ」

「そうね。でもあのお姉様が死ぬまで子供の姿で居ろと言うのは酷でしょう? 何より貴女だけが外に出ていて良いわけ? 貴女があれとの子供をポンポンと産み続ける気で居るのなら止めないけど……そろそろお姉様の体を使ってそんな暴挙をする人物に天誅を加えることでしょうね。

 今は引き留めてあげているけど私の親切は長続きしないわよ」

「……」


 想像し、術式の魔女は軽く体を震わせた。

 全身に嫌な冷たさが……出来たらこのまま外にずっと居たいような気までして来た。


「ねえ。戻るのは延期で」

「はい却下です~! さっさと帰れ!」

「嫌よ! 今戻ったら絶対に」


 ニタリと笑うメイドを見て魔女は悟った。

 それすらもこの目の前の邪悪な存在は『見たい』と思っているのだ。

 自分が魔眼に戻り繰り広げられるであろう嫉妬に塗れた馬鹿共を相手にした殺し合いを。


「なら“逝って”らっしゃい」

「嫌よ!」


 放たれた魔法の直撃を受け、絶叫したままで術式の魔女はその姿を消した。


 跡形も無く失せ、魔女が腰かけていたそこは無人だ。

 代わりに視線を巡らせれば……ベッドの上には小柄で愛らしい少女が目を閉じていた。


「成功ね。これで出し入れの方はどうにかなったんだけど……」


 魔女が使っていた椅子に腰かけ小柄なメイドは考え込む。


 後の問題は何一つ解決していない。山積み状態だ。

 どうしてこうなった? 出来たら知恵者の助言が欲しくなる。


「それにしても」


 視線を向ければ見慣れた少女が全裸で寝ている。

 まだ目覚めていないのか……艶めかしい姿を晒しているのだ。大変美味しそうである。


「うむ。据え膳食わぬは何とやらって言葉もあったわね」


 椅子から立ち上がり狙いを定める。


「いただきま~す」


 ル〇ンダイブの如くにベッドへ、少女へと飛び込んだ。


「あがっ」


 メイドは冷たい氷に顔面を押し付ける。

 ついでに言えば首がゴキリと鈍い音を発した。普通の人間なら即死レベルの衝撃だ。


「お早うございます。それで朝から何ですか、師匠?」


 寝ていたはずの弟子が咄嗟に動き、容赦のない迎撃をされた。

 目の前には氷で作られた巨大ハンマーの表面が良く見える。冷たくて硬くて痛い。


「何処でこのツッコミを?」

「何を言ってるんですか師匠?」


 ハンマーの表面を滑り落ちたホムンクルスは、全裸で立ち上がった弟子を見た。

 笑っていた。色々な感情が渦巻いているような……どす黒いオーラをその背に浮かべながら、弟子である少女は笑っていた。


 そしてゆっくりと氷で作られたハンマーを頭上へと振り上げる。


「弟子よ。師匠の言葉に耳を傾けようか?」

「はい。最後の遺言だと思い聞かせていただきます」

「うん。やっぱり貴女は舌足らずの方が可愛いかな? それと全裸でそのハンマーはどうかなって思うんだ」

「そうですか」


 うんうんと頷く師に少女はその目を細めた。


「とりあえずぶちころします」

「とりあえずからの言葉がそれ~!」


 全力で振り下ろされるハンマーからホムンクルスは必死に逃れ続けた。




「ふぁ~」

「……」


 隠すことなく欠伸をする僕とは違い、ノイエはパクパクと朝から唐揚げチックなお肉を食べている。

 何でもよく食べるノイエさんは、肉でも豚でも牛でもそれ以外でも差別しない。等しく肉だ。

よって朝から唐揚げ的な物を食べていてもそれが鶏肉とは限らない。豚も牛もあり得る。


「ノイエは本当に元気だね」

「はい」


 返事も元気だ。本当に朝から良く食べる。

 ノイエの祝福って普段から過剰に使われすぎていないか? それとも天性のフードファイターなのか?


「……。はい。壁はそのように修理を」

「ごめんなさい」

「良いのですポーラ様。そんな朝もあります」


 色々と指示を飛ばしながら、ミネルバさんと謝り続けているポーラとが食堂に入って来た。

 今朝の大騒動の後始末を2人はしているのだ。


 何でも寝ぼけたポーラが氷で作ったハンマーを振り回していたとかで、家のあちこちが破壊されたと言う。

 修理依頼はミネルバさん任せだが、ポーラもついて回って謝罪している。


「ほらポーラもこっちに来て朝ごはん食べな」

「……にいさま。ごめんなさい」

「良いって。普段良い子なポーラがちょっと暴れたぐらいで僕は怒りません。ですがハンマーはダメです。次からはもう少し小さな物にしなさい」

「はい」


 シュンとしたままでポーラは僕の隣に腰かけた。

 早朝から祝福を使いまくって空腹であろうポーラは静かにパンに手を伸ばしてもきゅもきゅと食べだす。空腹と懺悔の葛藤が見てて痛々しい。


「もうポーラ。ごめんなさいは食事の後で良いから今はちゃんと食べるの」

「でも」

「出来ないのならノイエにお願いして口の中に食べ物を押し込むよ」

「……」


 ビクッと体を震わせポーラがちゃんと食事を食べ始める。

 こっちはこれで良し。問題はノイエさん? 僕の言葉をちゃんと聞いていましたか?


「はい」


 拳大ほどの唐揚げをフォークに刺して僕に突き出してくるお嫁さんの脳裏には、恋人同士が仲睦まじく『あ~ん』をしている風景でも浮かんでいるのだろうか? そうグイグイと迫って来ると僕の目線からして斬新な拷問にしか見えないんですけど?


「ノイエも落ち着いて」

「……」


 無言で圧が本当に凄いな! 食べる。食べますから!

 ただ少し待とうか? その塊をひと口は絶対に無理だからね?


「あ~ん」


 食べる振りをして肉を咥えてフォークから引き……抜けないだと?


「全部」


 ロックオンしているノイエが僕の行為を逃さない。

 腕を蛇のように動かしてこっちの動きに対応し、フォークが外れないように追尾して来た。


「ひと口は無理だからね?」

「出来る」

「無理だって」

「諦めちゃダメ」

「本当に……ならノイエが見本を」


 言ってる間にノイエが吸い込むように食べて新しいお肉が目の前に! どうしてこうなった!


「はい」

「だからひと口では」

「はい」

「……」


 こうなれば自棄だ!




 ユニバンス王国・王都北側街道



「むう」


 王都へ向かう馬車の中でノイエは大変にご不満そうだ。

 何故なら現在僕はポーラを抱きしめて愛でている。これがノイエへの罰である。


 普段ならノイエを抱きしめて王都までの道のりを、ポーラを抱きしめてに変更した。

 理由は簡単。朝から肉で窒息死しかけたからだ。


 ノイエの愛の深さが裏目に出た瞬間だった。


「反省した?」

「知らない」

「ならまだポーラを。ポーラは可愛いですね~」

「むう」


 猫でも愛でるようにポーラの顎下を撫でていたらノイエが不満げに拗ねる。その様子も可愛らしいから大好きなんだけどね。

 ただノイエが拗ねているのには別の理由がある。先生が消えた。


 ここ数日身の回りを整理していたから何となく察していたが、今朝いきなり失踪した。でポーラの大暴れだ。間違いなく何かがあったのだろう。

 それもあってノイエは色々と面白くない感じに見える。


「先生ならまた出て来るって」

「知らない」


 膝を抱えてノイエ拗ね続ける。もうどうにも止まらない。


「ただ挨拶ぐらいして欲しかったよね」

「知らない」


 挨拶もないままで帰るからノイエがこうして拗ねる。

 仮にちゃんと挨拶をして……そうしたらノイエのことだ『帰らないで』と我が儘を言いだすな。

 だから何も告げずに帰ったのだろうけど。


 にしても昨日が最後なら僕だけにでもそう言って欲しかった。


 おかしいと思ったんだよ? 先生がメイドのコスプレをしてくれるだなんて……絶対に変だなって思ったんだよ?

 でも誘惑に勝てず、そしたらノイエまでメイド服を着始めるしね。


 2人のご奉仕に逆らえず燃え尽きている隙に帰るだなんて本当に酷い。

 今度出てきたら犬耳メイドでわんわん言わせてやる。




~あとがき~


 アイルローゼが魔眼に戻りポーラの本体がようやく外へ。

 この辺のカラクリは…まあいずれ本編で語ることでしょう。


 最後に先生は何をしていたのですか?

 そして魔眼に戻って…あの嫉妬深い人たちは大丈夫でしょうか?




© 2022 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る