魔女様の気まぐれですから

 ユニバンス王国・王都内第四層一般地区



「あら?」

「お姉さん!」


 待ち合わせの時間より遥かに早かったが、特にやることの無かったアイルローゼは本でも読んで待とうと思ってやって来た。けれど先に昨日の少年が来ていたのだ。

 待っていましたと言わんばかりに駆け寄ってくる存在に、アイルローゼは内心で息を吐いた。


「お姉さん! 魔女が何処に居るか分かったの?」

「……そうね。居所は分からなかったけどその魔道具の直し方は分かったわ」

「本当に!」


 真っ直ぐな目を向けて来る少年は笑顔だ。本当に笑顔だ。


「ええ。だから少し歩くわよ」

「えっあっえっ?」


 戸惑う少年をそのままにアイルローゼは歩き出す。


「付いて来なさい」

「あっはい」


 先行く人物に促され少年は慌てて追いかける。

 時折色々と声をかけるが、女性はその声に気の無い言葉を返すのみで、スタスタと歩いて行く。

 追う少年も何とも言えない不安を覚え出した頃……自分が歩いている道が良く知るものだと分かった。


「ここって?」


 辺りを見渡せば、間違いなく母親が務めている商店の近くだ。


「こっちよ」

「えっ?」


 スタスタと前を行く魔法使いは迷うことなく狭い路地へと入って行く。

 少年は何も理解できないままで後を追い……そして薄暗い路地を抜けてそれを見た。


 商店の裏に存在する広い庭では、母親が年老いた男性に寄り添い一緒の椅子に腰かけていた。

 それはどう見ても雇い主と雇われている者には見えない。歳の差を感じさせないほどの仲睦まじく見える男女の姿だった。


「あっあっ」


 声を上げかけた少年は、慌てて自分の口を両手で塞ぎ駆けだして行く。

 それを見つめたアイルローゼは小さく息を吐いた。


 現実とはいつも冷たくて一方的だ。

 年齢など関係なくそれを伝えて来る。


 そして年齢や格好なども関係なく押し寄せる。


《走りたくないんだけど……》


 ヒールの高い靴を履いていた自分を呪いつつ、アイルローゼは少年を追った。




「……分かってた。気づいてたんだ。変だなって」


 時折顔を覗かせて行き先を指示してくれるメイドのおかげでアイルローゼは少年に追いつく。

 彼は一緒に話をした倒木の所に居た。それに座り、ボタボタと涙を落としていた。


「疲れるどころか母さんはどんどん綺麗になっていくし、着る物だって……分かってたんだ」


 ただそれを認めたくなかったのは、少年が少年だったからだろう。

 まだ母親から離れられなかっただけだ。


「どうするの?」

「……どうしたら良いの?」

「それが一番困る質問なのよ」


 苦笑してアイルローゼは相手を見た。


 迷子の子犬のようなすがる眼で見てくる相手をこのまま置き去りには出来ない。

 それが出来るのなら最初から手を差し伸べなければ良いのだから。


「選ぶのは貴方。1つはこのまま見なかったことにする。もう1つは勇気を持って大人になること」

「……見なかったことにしたら?」

「それは貴方の母親次第。でもあの様子からしたら……お金を渡されて独り立ちを促されるでしょうね」


 それが少年であっても、自分の子供であっても、人は時と場合によってそれをする。

 何よりあの母親はもう自分の子供を何処か見捨てているのだろう……そうでなければ何日も我が子を家に置き去りにはしない。


「もし勇気を持ったら?」


 震える目を向けて来る相手に、アイルローゼは被っていたフードを外す。

 サラサラと流れるように溢れ出た赤く長い髪と美貌の女性に……少年の頬が瞬時に赤く染まった。


「切り捨てられるのではなく自分の足で前に進めるわ」

「自分の足……」


 若干目のやり場に困る少年は、それでも投げかけられた言葉を反芻した。

 そしてしばらく沈黙し……ゆっくりと倒木から腰を浮かした。


「決まった?」

「うん」


 迷いのない顔を少年は向けて来る。


「自分で歩くよ」

「そう」


 柔らかく微笑んでアイルローゼは相手に向かい手を伸ばす。


「あの魔道具を貸して」

「えっあっうん」


 慌てて懐から取り出した布を少年は女性の手の上に置いた。


「この魔道具は壊れていない」

「本当に?」

「ええ。これは……困った人の元に助けとなる人を呼ぶ魔道具だから」

「それって?」


 少年は言葉の意味を理解し破顔した。


「凄いな! やっぱり魔女って凄いよ!」

「そうね」


 クスリと笑いアイルローゼはそれを自分のローブの中に入れる。


「これは私が引き取る。代わりに貴方には」


 パンパンと手を叩くと音も無くメイドが姿を現した。


「ミネルバ。後を頼んでも?」

「はい。お任せください」

「えっと……誰?」


 首を傾げる少年に魔女は笑う。


「彼女はお城で働いているメイドよ。仕えている主人はこの国の中枢に居座る人物。つまり貴方が望み努力をするのであれば、どんな道を歩くことが出来る。どの道を選ぶかは貴方次第よ」

「本当に?」

「ええ」


 後のことはミネルバに任せ、アイルローゼは倒木に寄り掛かる。


 何度も振り返り手を振って来る少年は、これからどんな未来を選ぶのだろうか?

 少なくとも自分のような愚かな人生は選んで欲しくない。


「楽しんでるわね~」

「……」


 優しく暖かな胸の内に冷たい水を差された。


 アイルローゼは視線を巡らせそれを見る。

 小柄なメイドが倒木に腰を掛けていた。片方の目には模様を浮かべ……伝説の魔女が姿を現していたのだ。


「いつから見てたの?」

「今日は最初から」

「悪趣味」

「そう言われることを至上の喜びにしています」


 ケラケラと笑うメイドにアイルローゼは懐からそれを取り出した。

 布に包まれた……


「何よ? そのゴミは?」

「ただのゴミよ」


 魔法を唱えて一瞬で灰も残さずに焼く。


「中には違法な薬物が入ってたみたいだけど」

「あら? しかるべき場所で売れば大金だ」

「そうね」


 でももうあの少年には必要の無い物だ。


「で、家出娘」

「何よ」

「あれが心配しているからそろそろ帰らない?」

「……」


 心配しているという言葉はやはり胸に突き刺さる。


「全く……ちょっと後ろからされて犬になったぐらいで家出して欲しくないんだけど?」

「なっ!」


 メイドの声にアイルローゼの顔が真っ赤に染まる。


「良く鳴いてたわよね? 『わんわん。ご主人様。そんなには無理です。いくらでも鳴くから許してください。わんわんわん』ってね。可愛かったですよ~。魔女ちゃ~ん」


 ケラケラと笑い続けるメイドは、一瞬で色を無くしたアイルローゼの瞳に気づいていなかった。

 そして彼女の口が最低最悪の魔法を唱えていることに。




 凄い音がして少年は振り返る。

 自分が居た方で大きな音がした気がしたのだ。


「……ねえ。メイドのお姉さん」

「何でしょうか」


 前を進むメイドは少年の母親の元に出向き彼を引き取る話をしてくれると言う。

 後はしかるべき場所に預けられ、それからは自分の頑張りだと教えられた。


「あの魔法使いさんって凄い人なの?」

「ええ」

「そっか~。そうだよね。お城で働くメイドさんと知り合いだなんて……凄い人に出会えたんだ」


 魔道具の力で助けて貰った。本当に魔女の魔道具は凄いと……そう少年は信じていた。

 それだけにいつかちゃんとお礼を言いたいと願った。


「頑張って一人前になったらお礼を言いに行けるかな?」

「努力すれば出来るでしょう」

「本当に?」

「はい。ですが皆大抵の努力では難しいかと……今回は魔女様の気まぐれですから」

「そっか~。……魔女様?」


 足を止め少年は振り返った。

 騒ぎが大きくなっている方にだ。


「はい」


 ミネルバも足を止め振り返る。


「大罪の魔法使い。赤毛の天才。そして術式の魔女……彼女こそがあのアイルローゼ様でございます」


 その言葉に反応するかのように大きな煙が空に向かい立ち昇った。



 後日アルグスタは、アイルローゼとポーラがやらかした騒動の請求額を見て頭を抱えた。

 勝ち残りトーナメントで得た儲けの大半がそれで消える金額だったからだ。




「んふ~」


 ユニバンス王国の王城内の奥深くにその部屋はある。

 王家の者にしか入室を許されていない特別の部屋だ。


 窓の存在していないこぢんまりとした部屋の中では、ランプの明かりが柔らかく揺れる。

 その場所にその人物は居た。

 満面の笑みを浮かべ、断崖絶壁と言われた胸を張っていた。


「私の胸を見た挙句に酷いことを言ったおにーちゃんは、また苦しめばいいんです~」


 愛らしい顔に邪悪と呼ぶには難のある表情を浮かべて高笑いをする。

 彼女が居る部屋には机が置かれ、その机の上にはユニバンス王国の地図が置かれている。1枚の板と共にだ。


「3人の祝福持ちの襲来を、おにーちゃんはどうやって回避するのか本当に見ものです~」


 ユニバンス王国の王都の上に置かれた板には、祝福持ちを示す11の印が浮かび上がっていた。

 常時8人しか居ないはずの祝福持ちが増えている。


 それが意味することは……




~あとがき~


 テンプレをしてみようの回。そんな訳で魔女様の気まぐれでした。

 アイルローゼが動くと大騒動になる…と言うか刻印さんが犯人っぽいですがw


 主人公の夜這いを受けた先生は、酔った勢いでわんわんしただけです。

 わんです。わんわんです。全力で鳴いて尻尾の代わりに腰を振りました。

 結果として記憶を消したいほどの黒歴史が。刻印さんは盗撮してそれを見ましたがw


 次話から祝福持ちたちが王都にやって来ます。


 魔法や魔道具が続いたから祝福がメインです。全力で殺し合いをします。

 つまり主人公は比較的蚊帳の外でシリアスさんが頑張ります! 頑張れシリアスさん!



 感想や評価など頂けると作者のやる気がめっちゃ増えます!

 ご褒美でレビューとかくれるのが一番嬉しいです。思いのままを書いてみませんか?


 これからも面白くなるように頑張っていくので、応援よろしくです




© 2022 甲斐八雲

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