差し出がましいことを

 ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室



「ん~」

「どうかしましたか? にいさま」

「ちょっとアイルローゼのことが気になってね」


 机に頬杖ついて唸っていると、ポーラが声をかけて来た。

 クルクルと止まることも知らずに良く働く妹様だ。それは良い。問題はあっちだ。

 あのツンデレ魔女は今朝方ローブを被って家を出て行ったらしい。目撃者のポーラ談だ。


 ポーラが言うにはジャルスの朝風呂に付き合い『もう一戦』と家の外に出ようとしたところで、あの破壊魔は魔眼に帰ったという。

 もう少し時間がズレていたらジャルスは全裸で魔眼に戻っていたのかな?

 今度レニーラ辺りで実験するのも面白い。


 ジャルスに勝ち逃げされた感じがしてポーラは宝玉をペシペシと叩いてから、僕らの寝室に運んでいる途中でアイルローゼに会ったとか。

 先生曰く『散歩』との話だが、あれは生粋のトラブルメーカーに違いない。不安だ。


「だいじょうぶです」


 ポーラが小さな胸を張った。


「その心は?」

「せんぱいもいっしょです」

「ミネルバさんが?」


 そう言えば確かに今朝からあのポーラ狂いのミネルバさんを見ていない。

 ちゃんとメイドをしていれば真面目なんだけど……時折ポーラスイッチが入っておかしくなる。我が家の妹様は魔性の女か?


「ミネルバさんが居るんなら……問題を起こしても上手くもみ消してくれるかな?」

「もちろんです」


 言葉を考えてから胸を張りなさい。


「と言うか何故に胸を強調する?」

「はい。おうひさまが……」


 どうしてモジモジするのですか? そしてこっそりと机の方でモジついているクレアは何だ?


「むねをはったら、にいさまにはずかしいことをされたとさきほどいってまわっていて」

「よーしあの馬鹿呼んで来い。今度という今度はアイツの血が何色かを自分で確認させてやる」


『ガルル』と吠える僕に、ポーラはクスクスと笑いながら紅茶とケーキの準備を始める。


「にいさま」

「何よ」


 紅茶とケーキを運んで来たポーラがそれを机の上に並べた。


「まじょさまはだいじょうぶです。つよいひとですから」

「……なら良いんだけどね」


 どうもあのツンデレ魔女は強いんだけど優しすぎるから不安になるんだよな。

 少し考えてからケーキをフォークで割る。


「最終手段かな」

「はい?」


 クレアの分のケーキを準備していたポーラが僕の声に振り返る。


 トントンと自分の耳の下を指先で軽く叩いてから、


「ノイエ。赤いお姉ちゃんをちゃんと見張ってて。返事はドーンで」


 ドーンと遠くから地響きが聞こえて来た。

 流石ノイエだ。これが阿吽の呼吸かな?


「にいさま」

「はい」


 少し呆れ顔のポーラが腰に手を当ててこちらを見ていた。


「ねえさまのへんじに、じしんはやめてください」

「確実だし便利だからね~」

「そんなりゆうでじしんがおきるのは」


 ポーラの言いたいことは分かる。でも便利なんだもん。




「ふぅ」


 椅子に腰かけてアイルローゼは窓の外を見つめた。


 気怠そうにテーブルに肘をついて、そっと伸ばした指先でワイングラスの端を撫でる。

 1人きりの時間だ。

 いつ以来なのか……思い返して苦笑する。たぶん魔法学院に入学し、研究室と言う個室を与えられた時以来かもしれない。


 ただ1人で好きな物を作れていたあの頃は楽しかった。たぶん楽しかった。


 馬鹿な魔法使いが来るようになり、弟子が出来てからは1人の時間など寮の自室に戻らなければ得られなかった。それだって勝手に侵入してこようとする同学年の馬鹿たちが居て……最終的には試験的に作った魔道具を使って地下に個室を得た。


 問題は姿を隠すと自分を探し泣き叫ぶ弟子が居たことだ。

 泣きながら半狂乱で探し続ける彼女の様子に周りから『もう少し考えてあげれば?』と何度も言われ、仕方なく常に傍に置くようにした。


 そんな弟子はもう居ない。


 あの日狂った彼女を自分の魔法で殺めた。残ったのは頭部だけだ。

 あの頭部は無事にあの墓に埋まっているのだろうか? 掘り起こして確認するわけにもいかないので、残っている弟子の行動と言葉を信じるしかない。


「別に話しかけても良いわよ」

「……失礼します」


 ふわりと窓の外から入って来たのはメイドだ。

 ここが三階でも迷うことなく登って入って来る。もしかしたら物憂げに浸っていた自分を察して外で待機していたのかもしれない。

 たとえ三階であってもそれぐらいするのがユニバンスのメイドらしい。


「それでどうだったの?」

「はい」


 静かに問えばメイド……ミネルバは予想通りの言葉を寄こした。


 少年の両親は離婚していて、父親は王都を離れ故郷である別の街に移動したということらしい。あの魔道具は離婚のときに財産分与を惜しんで渡した物だと言うことだ。


 そして母親は現在、老いた商人の後妻の座を狙っている。

 務めていた店の主が隠居し、その店を息子に譲った。そして隠居した彼は静かに余生を過ごす為に離れを作りそこで暮らしているという。

 母親はその1人身である前主の後妻の地位を狙った。


 店の仕事の合間に掃除や洗濯を進んで行い必死に自身を売り続けた。

 もう男性としての機能を失った人物でも女性がすり寄ってくれば抱きしめたくもなる。母親の帰りが極端に減ったのそういう訳だ。


「嫌な話ね」

「ええ。でもどこにでもある話かと」

「そうね」


 苦笑してアイルローゼはワイングラスに口を付けた。


「ねえ?」

「はい」

「貴女の両親は?」


 魔女の問いにミネルバは顔色一つ変えない。


「居ません。私は孤児です」

「そう」


 それが事実だとばかりに淡々と語るメイドにアイルローゼは息を吐いた。


「でも歪んでいないわね? どこで育ったのかしら?」

「はい。メイド長様の下で」

「納得」


 先代のメイド長は昔から色々と武勇伝のある人物だ。

 それを知るアイルローゼは納得した。


 自分がもっと早くに活動していれば可愛い弟子を二代目のメイド長などにはさせなかったが……今にして思えばあれが最良の手だったのかもしれない。おかげで彼女は今幸せなのだから。

 自分は弟子たちを不幸にしかできなかったけれど。


「失礼ですが魔女様のご両親は?」

「知らないの?」

「はい」


 遠慮を知らないメイドにアイルローゼは微笑んだ。


「見せしめに殺されたわよ」

「……」


 顔色一つ変えずに告げられた言葉にメイドの眉が微かに動いた。


「みんな忘れているでしょうけど、私は大罪人よ? 多くの兵を殺した私が誰からも恨まれないと? ちゃんと恨まれたわ。でも私は囚われの身。だったらその矛先は?」

「ご家族ですか?」

「正解。でも前王がその事実を必死に隠ぺいしたみたいだけど」


 でもアイルローゼは知っている。

 あの施設でそのことを自慢気に施設長から聞かされたからだ。


 ただ両親に関してアイルローゼは特に何ら感情が無い。

 魔法使いとしての才能が見いだされてからたらい回しで師が変わる環境の中……いつしかアイルローゼは自分の両親を『死んだ者』として認識していた。


 理由は簡単だった。


「いつか私は絶対に転落するって思っていたのよ」

「……」


 呟きながら空になったグラスを弄ぶアイルローゼに、ミネルバはワインの瓶を掴みその注ぎ口をグラスへと向ける。

 注がれたワインを口に含んだアイルローゼは、口の端から雫をこぼした。


 それはまるで生き血のように唇から顎へとアイルローゼの顔に色を付ける。


「そうすれば両親に迷惑が掛かるってね。でも転落しなかった。ずっと転落せずに魔女となり、あ

の人たちは私に取り入ろうとする貴族たちから金銀財宝を送られ裕福な生活に身を浸した」

「親孝行をしたと思えば?」

「そうね。でも最後は転落して……親不孝をしたわ」


 被害者たちは両親を見つけ出し、引きずりまわして最後は磔にして火を付けたとも聞く。

 一時の感情であっても人は何処までも残酷なことが出来る。

 自分とてあれほど可愛がっていた弟子を溶かして……ふとアイルローゼは自分の頬を拭かれる感触に気づいた。


 ミネルバが口元のワインと共に頬をハンカチで拭っていたのだ。


「差し出がましいことを」

「本当にそうね」


 あのメイド長が育てる人物は、どうも普通ではないメイドへと育つらしい。


「もう寝るわ」

「はい」

「……帰って良いのよ」

「そうはいきません。これも仕事ですので」


 スッと頭を下げるメイドにアイルローゼは苦笑した。


「私が気になるのよ。せめて部屋は出て行ってくれる? どうせ両隣の部屋も借りているのでしょう?」

「畏まりました」


 三階を丸ごと借り切っている事実は口にせず、ミネルバは静かに部屋を出ると扉の前に立った。

 メイドが出て行ったのを確認したアイルローゼはベッドに倒れ込んで息を吐く。


「あの2人は今頃何をしているのかしらね?」


 2人の弟子に思いを馳せて目を閉じれば……夢も見ることなくアイルローゼはぐっすりと眠りについた。




「ノイエさん。ちょっと待とうか!」

「情けは捨てた」

「誰の言葉よ!」

「大丈夫。夜は長い」

「確かにね! って胴体に足を絡めて何をする気!」

「恥ずかしいこと」

「誰が!」

「アルグ様が」

「やっぱりね! ってノイエさん? それは……絶対にダメなヤツ!」

「平気。痛いのは最初」

「痛いの前提なの!」

「絞り尽くす」

「誰の何を!」

「アルグ様の、」

「言わせねぇ! 言われたら現実になる!」

「言わなくてもする!」

「らめ~! これはらめ~!」

「でも昨日お姉ちゃんと」

「あれは良いんです。アイルローゼも最後は喜んでいたしね!」

「アルグ様も喜んで」

「むぅりぃ~!」

「我が儘ばかり」

「ノイエにだけは言われたくないかも?」

「むぅ……」

「ごめんなさい。謝ります。だからそれは、あっ! あ~!」



 少なくとも夫婦円満であった。




~あとがき~


 ミネルバさんが普通のメイド!

 ポーラスイッチが入らなければミネルバさんはとても優秀なメイドなんです。


 アイルローゼってば真面目さんですから…だから過去を引きずりまくるんですけどね。

 で、馬鹿夫婦は今夜も通常運転にございますw




© 2022 甲斐八雲

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