本当に嫌になるわ

 ユニバンス王国・王都内



 のんびりとした足取りでその人物は歩いていた。


 平和な街だ。

 昨日までの祭りもあってか今日もまだ露店が連なり通りの左右を埋め尽くしている。

 露天商は『客の財布の紐が緩いのは今日まで』と判断しているのか、たたき売りに近い値段の商品も多い。それを見つめ交渉などしている女たちは本当に逞しい。


 そう。昼間とはいえ女が金を持って1人で出歩いているのだ。

 本当に平和な街と言える。


 前に自分が1人で王都を歩いた時などは本当に酷かった。

 昼間から酒瓶を手にした兵たちが物色をするように女たちに目を向けていた。


 事実物色していたのだ。


 気に入った女が居れば仲間と一緒に襲い犯す。

 金など持っていれば酒代とばかりに頂いて行く。

 残るのはすすり泣く乱暴された女だけだ。それだってまだ運が良い。

 最悪は物言わず躯となった女性が路地裏に放置される……それが普通の出来事だった。


 でも今は違う。


 酒と人殺しに酔っていた兵たちの姿は居ない。

 路地の裏にも警備の兵が巡回していて、ゴミは落ちていても死体は転がっていない。

 治安は完全に回復していた。


 だからこその繫栄なのだろう。

 今この場所は、少なくともユニバンス史の中で上位に入る好景気だ。


 その理由は……視線を向ければ上空にそれは居た。

 宙を蹴って立ったままの状態を維持している妹が、小首を傾げてこちらを見ていた。


『仕事をしなさい』と心の中で呟きシッシッと追い払うように手を振れば、彼女はコクンと頷いてまた仕事に戻る。

 もう何度目か分からない動作であるが、しないとずっと上空から見つめているので仕方ない。


 ため息をついてその人物はふと足を止めた。


「……何しているのかしらね」


 思わず声が出て苦笑する。

 本当に何をしているのかと考えて笑ってしまった。


 今日はただ1人で居たくなっただけだ。

 昨日と言うか昨夜と言うか今朝のあれが理由などではない。絶対に違う。あんなのは酔った気の迷いだ。だから関係ない。

 思い出したくもない醜態だから別のことを考えて忘れたい。


 自分に言い聞かせ、今一度考える。


 そう。今日はちょっと見てみようと思ったのだ。

 自分が居た場所を。仲間たちが命がけで守ろうとした場所を。今のこの国を。


 小さく笑ってまた歩き出す。


 その先にあるのは……ユニバンス魔法学院だ。




 ユニバンス王国の魔法学院は王都内に存在して居る。

 王城を第一層とし、第二層が海外要人区。商区。工区。上級貴族区。中級貴族区が存在する。

 第三層に魔法使いたちが主に暮らす場所が存在する。その近くに置かれているのが魔法学院だ。


 第三層の南側に位置する場所に存在するその場所を、その人物は1人訪れた。

 とはいえ流石に中に入ろうとは思わない。入れるのかも分からない。何となく門番に声をかければ入れそうな気がするが、入ったら最後で今度は出れなくなりそうな気がして踏み出せない。

 別に入る気も無かったので、遠くから様子を見るだけで十分だった。


 歩いて近づくと……昔とは違いとても静かなことに気づく。

 自分が在学している頃などは、日中ともなれば間を開けずに破裂音や爆発音が響いていた気もしたが今はそんなことはない。本当に静かだ。


 そこで彼女は気づいた。

 学院関係者の大多数を動員して門の移設をしたばかりだという事実を。


 もしかして休暇でもと考えたが、ヘロヘロに力尽きた様子の少年に見える人物が門番に『大丈夫か?』と声をかけられ中に入って行く様子が見えた。休みでは無いらしい。

 静かなのは総出で溜まってしまった仕事や依頼を片付けているのかもしれない。


 それなら仕方がない。そんな時期もある。自分は関係ない。命じたのは国の中枢人物たちだ。


 1人納得しその場から立ち去ろうと足を動かす。

 と、門番と何か言い争う声が聞こえて来た。


 別に昔から良くあることだ。魔法学院には魔法使いが多く居る。ただその魔法使いたちが全員人格者と言うことはない。粗暴な者も居て外で問題を起こし学院に逃げ込むということがあった。

 今の生徒たちは昔と違い大人しい者たちが多いと思うが、やはり何人か粗暴な者が居て……


「この中に魔女が居るんだろう! 会わせてくれよ!」

「ダメだ。学院関係者では無い者を中に入れることは出来ない」

「お願いだよ! どうしても魔女に会いたいんだ!」


 響いてくる声は少年の物だった。

 とても必死に叫ぶ声に、門番たちも顔を見合わせ困っている様子だ。


「悪いな坊主。魔女様はここには居ないんだよ」

「どうして! だって魔女は!」

「誰もどこに居るのか知らないんだ。済まないな」

「……そんな……」


 両膝を地面につけガックリと肩を落とす少年に、門番は果実の1つを手渡して家路につくように促している。

 昔だったら蹴り飛ばして追い出していただろうに……本当に今は平和なのだと見て取れる。


 蹲っていた少年は渋々立ち上ると、フラフラと彷徨うように歩き出す。

 希望を断たれたような……そんな背中を見つめ、女性は止めていた足を動かし後を追うこととした。




「少年」

「えっ?」


 声をかけられ肩に手を置かれ激しく揺さぶられた。

 自分が呼ばれているのだと気付いた少年はゆっくりと振り返る。

 頭からフードを被った人物が居た。たぶん魔法使いだ。街中でこんな姿をした魔法使いを何度も見ている。


「なに?」

「これ」


 差し出されたのは門番がくれた果実だ。

 知らない間に持っていた物を落としたのか……正直どうでも良かった。


「要らない」

「食べ物を粗末にするのは感心しないわよ」

「要らない」

「なら私が貰うわ」


 言って相手が小さく齧る。

 僅かに覗かせた顔や声から相手が女性だと分かった。


「で、少年。魔女に会いたいって騒いでいたみたいだけど?」

「……もう良いよ」

「そう」


 絶望を纏い顔を下げる相手をただ冷ややかな目で見つめる。


 昔はこんな生徒がたくさんいた。あの場所にたくさん居て、それでも最後は顔を上げて泣きながら笑って学院を“卒院”して行った。

 強制的に……徴収されて。


「ねえ」

「ほっといてくれよ!」

「……そう」


 腕を振るい遠ざかろうとする相手を見つめ、もう一度果実を齧る。

 甘酸っぱい味がどこか懐かしかった。


「私、魔法使いなんだけど」

「……」

「あの魔女と同じ魔法を使えるけど?」


 少年の足が止まった。

 弱々しく振り返った彼は、ボロボロと泣いていた。


「話しぐらい聞かせてくれるかしら?」


 魔法使い……アイルローゼはもう一度果実を齧った。




「父さんがこれを残していったんだ」


 通りの端に移動し、倒木を椅子代わりに2人は座る。


 少年は懐からそれを大切そうに取り出した。

 布に包まれた物を解くと、中から青銅製の“何か”が出て来た。


「あの魔女の作品だから高値が付く。だから何かあったらそれを売って金を作れって……そう母さんに言って家を出て行ったって」

「そう」


 アイルローゼはそれを手に取り確認する。何度も何度も確認して……理解した。

 中身は空洞で、たぶん何かしらの何かが詰まっている。


「それでこれはどんな物なの?」

「分からない。知らないんだ。」


 少年は首を振り、そして顔を上げた。


「きっと壊れているんだよ。だから動かなくて」

「……そう」

「でも魔女なら直せるから、きっと直せるから!」


 一生懸命にそうはやし立てた少年は、ガッとアイルローゼの両手を掴んだ。


「だからどこが壊れているのか調べられないかな? そうしたら後は魔女を見つけて直して貰えば!」

「……直ったらどうするの?」


 それが聞きたかった。

 魔女としてではなく人としてアイルローゼはそれが知りたかった。


「売るよ」


 少年の言葉に迷いはない。

 故に魔女はその目を軽く細める。


「売ってお金にして母さんを休ませるんだ」

「……休ませる?」

「うん」


 予想とは違う言葉に細めた目をまた開いた。

 激しく頷いて少年は真っすぐな目を向けて来る。


「母さんは父さんが居なくなってからずっと働いてオレを育ててくれた。でも最近は仕事が忙しいのか良く仕事先で泊まるようになって……数日に一度しか帰ってこないんだ。そんな生活をしていたら母さんが病気になっちゃうだろ? だからそれを売ってそのお金があれば母さんは仕事を休めるから!」

「……そうね」


 そう答えることしかできなかった。

 まだ少年の話しか聞いていないから、もしかしたら自分が思ったことが間違っているのかもしれない。むしろ間違っていて欲しいとさえアイルローゼは胸の内で願ってしまう。


「だから魔女に会ってこれを直して貰えば!」

「……そうね」


 小さく頷き、魔女は手にしていた物を布に包み直した。


「何処が壊れているか分かる?」

「ええ。分かったわ」


 パッと少年の顔に笑顔の花が咲いた。


「なら直せる? 魔女じゃなくて同じ魔法が使えるなら」

「ごめんなさい。それを直せるのは“術式の魔女”だけよ」

「……そうか」


 ガクッと肩を落とす少年に、アイルローゼは手を伸ばして相手の肩を軽く叩いた。


「私の方で魔女の居場所を探してあげる」

「本当に?」

「ええ。だから明日のこの時間にまたここで」

「分かったよ。約束だからね!」

「ええ」


 元気に手を振りかけていく少年を見送り、倒木から立ち上がったアイルローゼは口を開いた。


「どうせ居るんでしょう?」

「……はい」


 スッと音を立てずに魔女の前にメイドが姿を現す。

 ドラグナイト家に仕えるメイドのミネルバだ。


 護衛なのかは知らないが、あの慎重派な彼の配慮だ。文句はない。


「ちょっと調べて貰えるかしら」

「構いませんが……宜しいのですか?」

「ええ」


 メイドの質問の意味は分かる。けれどアイルローゼは命じた。


「調べて」

「分かりました」


 また静かに姿を消したメイドのことなど気にせず、アイルローゼはもう見えない少年の姿に目を向ける。


「平和になってもこの手の話は無くならないのね……本当に嫌になるわ」


 本当に嫌になる話だった。




~あとがき~


 シリアスさんの御帰宅だ~www

 主人公が出ないだけで別のノリの小説になるってどうなの?


 つか先生は、お人好しで真面目で優しいから貧乏くじばかり引くんですけどね。

 そんな彼女のテンプレ話は後2話ほど続きます




© 2022 甲斐八雲

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