第四試合1人目は

 ユニバンス王国・王都内勝ち残りトーナメント会場



 審判の指示で舞台上とその下の地面までもが綺麗に清掃された。

 理由は何となく分かる。叔母様的には、神聖なこの場所が変態の変態による変態行為によって穢された感じなんだろう。


 思わぬ休憩を得て観客が一斉にトイレへとダッシュする。

 もちろんトイレのキャパシティーは直ぐに超え長蛇の列が生じた。

 この辺も次回への課題だな。


「先生」

「何よ?」

「何か良い感じの簡易トイレって作れないですかね?」

「……」


 物凄く睨まれた。汚物でも見るかのように蔑んだ視線でだ。


「何を考えているのよ?」

「はい? ああ。あっちで大行列が出来ているって聞いて」

「……本当に?」


 どうしてそんな目で僕を疑うのでしょうか?

 トイレの増設は大変なんだよ? あれって場所ばかり取るし、何より個室だしね。


「その手の魔道具は私の専門外よ」

「そうっすか~」

「……個人使用の簡易的な物なら部屋とかに作れなくはないけど」

「はい?」

「何でもないわよ! 馬鹿弟子!」


 最終的に先生に怒鳴られて終わる。僕が何をしたのかと言いたい。


「本当にここは良いな。便所もあるし……どうした?」

「気にしないでください。ウチだと普通なことです」

「そうか」


 トイレに行っていた馬鹿兄貴が戻って来た。

 ちなみにこの特別観覧席は専用のトイレがあってそれが使える。周りから人がやって来ないので、たとえ全て埋まったとしてもちょっと待てば使用できる。


 ただメイドさんを連れてトイレに行く理由ってあるのかな?

 馬鹿兄貴の場合はフレアさんがその行動を心配して一緒に付いて行ってるってところだろうけど。


「で、試合は?」

「そろそろ再開ですね」


 うむ。次からは一試合ごとにトイレに行く時間と言うか休憩時間を挟むようにしよう。


 問題は審判である叔母様がせっかちなのが悪い。これはあれだな実力のある人物に審判を代わって貰った方が良いのかもしれない。


「フレアさん」

「何でしょうか?」


 僕の声に紅茶の準備をしていたメイドさんが振り返る。


 何を迷うことがある。この場には二代目メイド長様がいらっしゃるではないか。


「次の大会があったら審判を引き受けてくれない?」


 僕の言葉にフレアさんは冷ややかな目で見つめて来た。


「……アルグスタ様」

「はい」

「それは私に『死ね』と言うことですか?」

「……」


 ただ淡々と冷たい声が続く。


「スィーク様の楽しみを私に奪えと……本気でそう言っているのでしょうか?」

「うむ。叔母様が元気な間は叔母様に一任だな」

「はい。そちらの方が宜しいかと」


 ですね。場合によっては僕まで殺されかねないしな。




「それでは試合を再開いたします」


 もうくじを引く必要が無いが、審判であるスィークはそれを引く。


「第四試合1人目は、カミーラ」

「……」


 眠そうに頭を掻いた彼女が立ち上がると、休憩を挟みわいわいがやがやとした騒ぎ声が水を打ったように静かになった。


 武を嗜んでいる者たちは若干前のめりになり舞台上に目を向ける。

 男性の衣装を身に纏い、美しい槍を担いで歩く人物は間違いなく串刺しだ。

 先日北西の新領地で帝国軍と戦ったと聞いてはいたが、どうも対岸の火事のような感じがして信じる者は少なかった。


 あの最強が生きていることに……そして今も強いのかを。


 舞台に立ったカミーラは軽く辺りを見渡して鼻で笑う。

 完全に見世物だ。珍獣を見るような目をした貴族たちが自分を見ていることが笑えて来る。


「2人目はポーラ・フォン・ドラグナイト」

「はい」


 審判の声に愛らしい声が返る。


 小柄なメイドが舞台へと上る様子に、静まり返っていた会場に声が蘇った。

『あんな少女が?』『大丈夫なのか?』『あれはドラグナイト家の?』『幼さこそ正義だ!』などの声が響き、とある貴族席では護衛の為に配置されていたメイドたちが、不適切な声を上げた者を縛り上げて連行して行った。


 てとてとと小さな歩幅で舞台に上がった少女にカミーラはやる気のない目を向けた。

 エプロンの前に置かれた両手を置き横にして銀色の棒を持つ少女は……何処か幼き頃のノイエを彷彿とさせる。

 勝敗など最初から決まっているのに、『絶対に負けない』と強い意志をその目に宿しているのだ。


 本当に生意気で殴り甲斐のありそうな目をしている。


「棒を使うのか?」

「はい」

「そうか」


 相手の返事にカミーラはクルリと自分が持つ槍を回す。

 石突と呼ばれる槍の尻を相手に向け、穂先は自身の背後へとした。


「特別だ。今日は稽古をつけてやろう」

「……ありがとうございます」


 深々と礼をし、ポーラは静かに棒を構えた。


「名乗りなチビ助。今日は祭りらしい」

「はい」


 すうっと大きく息を吸いポーラは口を開いた。


「ノイエ・フォン・ドラグナイトが妹ポーラ」

「その舌足らずの喋りは演技か?」


 軽く笑ってカミーラは石突を静かに動かした。


「串刺しのカミーラだ。簡単に死ぬなよ?」



 そして一方的な暴力が始まった。




 もう何度目か分からないが、ポーラが石畳にその身を打ちつけ小さく弾んだ。

 ギュッと椅子のひじ掛けを掴んで我慢する。我慢だ我慢。とにかく我慢だ。


「ねえ馬鹿弟子」

「はい?」

「ちょっと一発あの馬鹿に撃っても良いわよね? 大丈夫。全力でぶっ放して骨も残さないから」


 僕以上にキレ気味の先生が、人でも殺しそうな視線でカミーラを睨んでいた。

 気持ちは分かるけど押さえて。まだ舞台上にはポーラが居るから……確実に巻き込んじゃう。


 ゆっくりと棒を支えにポーラが立ち上がる。


 その度に会場は大盛り上がりだ。

 観戦者の大多数がポーラを応援している。その様子は我が子を応援する親のようだ。


 全身を震わせながらポーラはまたカミーラへと踊りかかった。


 突きや払い。振り下ろしやフェイントなど多彩な才能を見せて攻撃するが、カミーラと実力が違い過ぎる。ポーラの攻撃をあっさりと回避したカミーラは、今度は自分の番だと言いたげにポーラが仕掛けた攻撃をそのまま模倣して放つ。


 どれもがポーラ以上の冴えのある攻撃だ。

 数撃食らってまたポーラが背後へと吹き飛んだ。


「もう立つなポーラ」


 思わずそんな声が僕の口から飛び出していた。




《……強すぎです》


『ま~ね。あの宝塚は規格外だからね』


《でも一矢報いたいです》


『あっそう。なら全力でやっちゃいなさい』


《……良いんですか?》


『良いわよ。それに私は言ったはずよ?』


 クスクスと笑い、刻印の魔女は告げる。


『今日はその新作の試験だって』




 悠然と構えていたカミーラは、また立ち上がった少女の気配が変わったのに気づいた。

 何とも言えない汗が背中を流れる。言いようの無い気配に自然と笑みが浮かぶ。


 消化試合だと思っていたこの戦いで、楽しむことが出来るのか?


 そう思うと腹の底からゾクゾクとしてくる。


「カミーラ様」

「何だ?」


 俯けてた顔を少女が上げる。血と砂で汚れたその愛らしい顔は……確かに笑っていた。


「これから全力で……反則をさせていただきます」

「そうかい。かかって来な」

「はい」


 少女の気配が完全に変わった。


 一気に自分の周りが冷たくなるのを感じ、カミーラは槍を回して穂先を前にする。

 と、目の前に氷の槍が生じてそれが顔面を狙って来た。

 咄嗟に頭を動かし回避したが、次は四方から氷柱が姿を現しカミーラを囲う。


「ご自分の魔法に似た攻撃で倒されてください」

「楽しませる!」


 それは確かにカミーラが得意としている“剣山”だった。周りからは“串”とも“串刺し”と呼ばれているが、元々は地表の土地を槍にして使う魔法だ。


 けれど少女は、目の前の“ポーラ”は、空気中の水分を槍にしてカミーラを襲う。


「おいおい……本気か?」


 槍を回し氷柱を砕くカミーラは思わず声を上げる。

 少女が持つ棒が見上げるほどの巨大な氷柱に変貌していたのだ。


「これでおしまいです!」


 氷の槍で逃げ場を塞ぎ、何より回避不能な巨大な氷柱を上から振り下ろす。

 必殺と言っても良いポーラの攻撃に、カミーラは口角を上げて笑った。


「ああ。お前がな」


 戦場で恐れられた残忍な殺人鬼に戻ったカミーラが、静かに魔法語を唱え……舞台の石畳を爪先で打った。




~あとがき~


 アイルローゼはトイレを求められて何を考えたのだろうか?

 決してそれを理解できるような大人にならないでくださいw


 叔母様から審判の地位を奪ったら…間違いなく殺されますね。フレアさんは正しい。


 ようやく第四試合です。

 圧倒的なカミーラの実力にポーラは反則宣言をし全力攻撃です。

 基本ポーラは刻印さんから氷の魔法を教えられています。祝福との相性が良いですからね。


 で、串刺しカミーラが本領発揮です




© 2022 甲斐八雲

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