……まけました
ユニバンス王国・王都内勝ち残りトーナメント会場
会場が静まり返った。
振り下ろされた氷柱は半ばから断たれ舞台下へと転がり落ちる。
咄嗟に反応したのは術式の魔女アイルローゼだ。
高速詠唱からの魔法で、転がり続けようとする氷柱を地面から湧き出した黒い物体が覆い封じた。
砂鉄だ。砂鉄を使い氷柱が暴れるのを制した。
だがそんな場面よりも全員の視線が舞台上に向いている。
氷柱を半ばから切断したカミーラの魔法に視線が集まっているのだ。
「
口元を手で覆い惨劇を想像していたのであろうフレアさんが、ポツリとその言葉を呟いた。
カミーラは元々フレアさんの実家、上級貴族クロストパージュ家に仕えていた人物だ。だからこそ彼女の魔法はクロストパージュ家由来の物が多い。
ただあの魔法を作った人物は……あの馬鹿か?
氷柱がカミーラに向かい倒れ込むのと同時に、突如として2本の土色をした柱が発生した。そしてその柱の間を下から上へと鋭くて大きな刃を高速で動いたのだ。
ぶっちゃけギロチン台の逆バージョンだ。誰が刃を打ち上げるような魔法を考えつく?
ただそれなら『2人の魔法すげー』で終わるはずだった。終わらなかった。
何かのスイッチが入っていたのか、カミーラが突進しポーラに向かい穂先を突き入れたのだ。
誰もがポーラの死を予見したはずだ。どう見ても必殺の一撃だった。
でもポーラは無事だ。
舞台上では汗と一緒に前髪を掻き上げたカミーラが、憮然とした表情で目の前の人物を睨んでいた。
「邪魔をするなよノイエ」
「……」
ノイエだ。
カミーラの槍よりも早く動いたノイエが、その腕でポーラを抱えカミーラの前に居る。
「ノイエ?」
「……」
無言でクルリとアホ毛を回すノイエにカミーラのいら立ちが半端ない。
もうそろそろ止めてください叔母様。こちらも色々と限界です。
「もう殺す。あの串刺し馬鹿……」
「淡々とした口調でそんなことを言わないで。一回落ち着こうか? ねぇ?」
今にでも観覧席から飛び出して舞台に向かいそうなアイルローゼを後ろから羽交い絞めして制する。
自己主張の少ない胸を掴んで要るのは事故です。ただの事故です。決して小さいことに不満などありません。これは舐めると甘い声を出すという機能が搭載されているから好きです。はい。
僕の必死を知らずか舞台上のノイエは、ギュッとポーラを抱きしめている。
当のポーラは魔力を使い過ぎてガス欠なのか、若干白目を剥いて……女の子としてあの表情はどうかと思う。
「ノイエ」
カミーラが一歩踏み出すと、ノイエのアホ毛がビクッと跳ねた。
「お姉ちゃん」
「何だ?」
「今日は勝つ」
普段通りのノイエの声は不思議と雑音に負けない。
凛とした声ではっきりと伝えられた言葉にカミーラの二歩目は、前では無く横に向かい動いた。
「そうかい。なら今日はお前を負けさせてやるよ」
「負けない」
「言ってな」
舞台から降りたカミーラはさっさと椅子に腰かける。
ノイエはポーラを抱きしめたままで……動きを止めていた。
と言うかこの試合の判定はどうなるの?
賭けが行われている試合だかちゃんとみんなが納得する勝敗を提示しないと暴動だよ?
ようやく動き出した叔母様がノイエを舞台下へと促し、彼女と一緒に降りて舞台を囲うように配置されているメイドたちを集めて話し合う。
観客が騒ぎ立てる中、誰かがポーラの顔にそっとハンカチを。
ありがとうございます。本当にありがとうございます。
「で、弟子?」
「はい?」
ポーラの無事を確認していたら、抱きしめていたアイルローゼからとても冷ややかなお声が。
ゆっくり慌てずに視線を巡らせたら、顔を真っ赤にしてプルプルと震えている先生が居た。
「何処の何を掴んでいるのかしら?」
「……先生の自己主張が少ない大変慎ましいお胸をです」
「そう」
自分から手を放して先生のリアクションを待つ。
舞台に飛び出そうとしていた彼女は椅子から立ち上がろうとした姿勢だったので、改めて立ち上がり僕の方へと顔を向けた。
うわ~。めっちゃ笑顔だ。ヤバい系の笑顔だよ。
「一度死ね」
「むごっ」
振り上げられた先生の生足に目を向けていたら彼女の踵が僕の股間に。
それは本当にダメです。ここに問題が生じたら……ドラグナイト家はセシリーンが宿した子供が継げばいいか。問題無しだけど問題大有りですってば。
前かがみで椅子から転げ落ちたら、背中を先生に踏まれた。
「一度じゃ気が済まない。100回死ね」
「ご無体な……」
背中をぐりぐりと踏まれながら僕は舞台をずっと見つめ続けた。
判定の結果。ポーラが舞台から大きく飛び出す魔法を使用したので反則負けとなった。
「ドラグナイトの嫁さんよ」
「はい」
たぶん“妹”を抱えて舞台を降りていたノイエは、その場に立っていると声をかけられた。
視線を向ければ……見たことのある人物だ。ほらあの人だ。彼が何時もあれしてそれしてこれして貰っている人だ。大丈夫。もう少しで出て来る。きっと出て来る。
「その子をこっちに」
「……」
その子とは何だろう?
分からない。近くに子供は居ない。まず人が居ない。違う沢山いる。沢山居すぎて凄く煩い。
「その胸に抱えている子だよ」
「……」
抱えている子?
これは違う。子供じゃない。あれだ。妹の形をした……何だろう? 分からない。
手を伸ばしてきた相手からノイエは逃れる。
すると抱えている“モノ”が動き出した。
「ふっか~つ」
「はい」
「あは~。お姉様の胸が……大変に硬い」
鎧にゴシゴシと頬を擦り付けだした物体をノイエは見つめる。
良く分からない。でも“妹”に似ているから……妹の物かもしれない。
「大丈夫か? お嬢ちゃん?」
「あっはい。だいぶ手加減して貰ったんで」
抱えている物が話をする。
とても凄い。この沢山の声の中から相手の言葉を探せるのが凄い。
「あれが?」
「はい」
「石の上で弾んでいただろう?」
「大丈夫です。受け身は取りました」
「受け身でどうにか」
「大丈夫です」
腕の中で暴れ出すからノイエは抱えていた物を降ろした。
「負けた私は選手からメイドに戻るので、皆様頑張ってね。じゃっ」
軽く片手を上げてそれは走って行ってしまった。
「一応様子ぐらい見たかったのだがな……」
もう1人もまた歩いて行く。
残されたノイエはそっと自分のお腹に手を当てた。
「お腹空いた」
「2番人気のカミーラがここで負けたら大波乱だからな」
「ちなみに1番は?」
「聞く意味あるのか?」
「他人の口から妻を褒めて欲しい夫の本音です、がっ!」
今絶対に踏んじゃいけない臓器を押しませんでしたか、先生?
じんわりと痛いんですけど……ドクターは何処だ!
「先生」
「作業の邪魔よ」
「……はい」
魔法により遠隔操作でアイルローゼが氷の塊を片付けている。
土の魔法でグルっと氷を囲って中を温めている感じだ。
水蒸気が勢いよく上空へと立ち上っている。
「流石先生です」
「フレアにだって出来るわよ」
「その規模は」
規模が小さかったらフレアさんでも出来るんだね。
と言うかそろそろみんなして僕を無視するの止めません?
継続して先生に踏まれ続けている僕を助けようとしましょう。
「うわ~ん。お兄様~」
のび〇君のような声を出してポーラの姿をした別の何かが走って来た。
「カミーラがイジメるんだよ~」
「はい。術式の魔女~」
「うっわ~い。今夜はすき焼きだね!」
「意味が分からん」
「それはこっちの言葉だと思う」
やって来た悪魔が僕の姿を見て軽く引いている。
何ですか? ええ。踏まれていますとも。アイルローゼのハイヒールが若干食い込んでいますとも!
「助けてポーラ」
「……たった今負けて来たんですけど?」
「僕を救ってもう一回」
「え~。絶対に勝てないし~」
迷うことなく彼女の為にと準備しておいた椅子にポーラは腰かける。
「疲れたから寝ます。お休み!」
「おひっ」
ツッコミを入れたが彼女は片目を閉じ……そして両目を開いた。
「にいさま」
「はい?」
「……まけました」
ポロポロと涙を零して悔しがるポーラに、僕らは何も言えない。
先ほどまでのハイテンションも負けた悔しさに見えるから不思議だ。計算なら本当に恐ろしい。
「ポーラ」
「……はい」
グズグズと鼻を啜る我が家自慢の妹を見る。
「次は勝てるようにこれからも頑張れば良いんだよ」
「つぎ、ですか?」
「そう。次だね」
「……はい」
涙色のままで元気良く笑うポーラは本当に愛らしい。
で、ゴリッとハイヒールの踵が僕の絶対に攻撃しちゃいけない臓器を踏んでる気がするんですけど?
先生。何か出ちゃいそうです。結構本気で。
~あとがき~
反則クラスの魔法を使っても自力の違いからポーラは敗退。
ノイエは妹の為に…抱えているモノを理解していないご様子です。
アイルローゼに粗相を働いた主人公は踏まれながら…次の試合が始まるのか?
© 2022 甲斐八雲
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