自分としては今すぐにでも
ユニバンス王国・王都内勝ち残りトーナメント会場
「本当にアルグスタは面白いことを考える。上に立つ者として下の者にこうした娯楽を与えることも必要ぞ。今後はこの娯楽を如何に国民たちも楽しめるようにするのかを考える必要がある」
「はぁ」
息子でもある現国王の返事は何処か気の抜けた物になった。
前王である父親がどう格好をつけて発言したとしても、その両の頬を母の手形で真っ赤に染めているのだ。
シュニット現王は前王の名誉の為に目の前で繰り広げられたことを忘れることとしている。
ただ母の容赦のない平手が往復したとだけは認識を残してだ。
「王都に住まう国民全てを集める会場の建築は不可能です。ですので予選会と称する場を何か所かに分け、観客を分散する意見が上げられています」
「ほう。提出者は?」
「王妃とドラグナイト卿です」
「そうかそうか」
カラカラと笑う老人は、その目を前王妃と一緒に居る現王妃へと向けた。
「エクレアばかりズルいです~」
「大丈夫よ。お母さんの深い愛情で可愛い娘と孫を抱きしめてあげるから」
「です~」
悪乗りしている前王妃と現王妃の姿は、嫁と姑との関係で考えれば良好なのだろう。
ただあれほどぞんざいに扱われても動じない孫の姿に色々と考えてしまうものがある。
あれはあれで大丈夫なのだろうか?
今も周りの声など気にせずに離乳食を黙々と食べている。まるでどこかのドラゴンスレイヤーを思わせる肝の太さだ。
唯一の救いは孫には感情があり、ちゃんと喜怒哀楽を見せてはくれるが。
「父上?」
「ああ済まん。少し考えてしまってな」
脱線した思考を正し、前王ウイルモットは息子の声に耳を傾けた。
「参加者も広く求め、予選会を行い勝ち抜いた者たちを前年の成績優秀者たちと競わせる。最終的には32名ぐらいで本選を行い、この会場で競う者たちを8名とする」
「ふむ。細かく聞こう。まず予選は?」
「はい」
シュニットは改めて懐から紙を取り出す。
それにはいつもの弟の代筆をしたのであろう彼の部下の几帳面な文字が書かれていた。
「予選は主に軍の練習場などで行います。こちらに関しては場所の関係もあり観客は居れなくとも良いだろうと言うことで、もし参加者が望むであれば家族程度の見学を許可する。
あくまで予選なので大怪我を負うようなことは起きないように、使用する武器は全て刃を潰すなどした練習用の物を持ち要ります。
予選で120名まで絞り、それを予選通過者とし次なる本選出場者決定戦へと進んでもらいます」
「ふむ。続けよ」
「はい。その120名に前年の優秀成績者である8名を加え王都8か所の会場で戦わせ32名にまで絞ります。
こちらからは観客を入れられる場所で開催し、観戦料などを運営費用に当てます。
そして次が王都4か所で8名まで絞り本選出場者とし、優勝者を決めるためこの場所で興行を行います」
「それは凄いな」
自然とウイルモットは自分の頬が緩むのを感じた。
ほんの数年前では考えられない話だ。自分が国王をしていた頃ではあり得なかった夢物語だ。
「だがなシュニット。それでは国民は最終戦が見られまい?」
「はい。ですのでアルグスタはそれを解決する方法を王妃と共に上奏して来ました」
「ほう。解決できると?」
「はい」
シュニットは改めて紙を取り出す。
そこには妻である王妃の文字が躍っていた。
「何でもとある世界には『宝くじ』と呼ばれる物が存在しているとか」
「宝くじとな?」
「はい。それは順番が振られた紙で、その紙を国民に買わせるのです」
「ほう」
「そして当選の番号を決め賞金を与えます。
賞金の本数は高額ほど少なくし、買って貰った人たちには最低でも1割程度返金します。高額賞金は一本でも良いので、とにかく高額設定することが重要とのことです」
「ふむ。返金に高額賞金か……それでは赤字にならんか?」
「ならないようにするのがこの宝くじです」
案の定の質問にシュニットは苦笑する。
自分も王妃に同じ質問をしたからだ。
「まず発行する枚数を決め、その売り上げの4割を当選金とします」
「……暴利ではないか?」
「はい。ですが人は1等と呼ばれる金額の大きさに目が眩むはずだと」
「なるほどな」
それならば確かに赤字にはならない。
ただ売り上げに対しての割合を計算する者が必ず現れる。現れて騒ぎ立てるであろう。
ウイルモットはそのことを息子に問う。
「ええ。ですから先ほどの観覧の件となるのです」
「……なるほど。何等かは分からんが金では無く、この場で行われる観覧券を入れるのだな?」
「はい。1枚で5名程度の観覧席を設けます。現在子供の取り扱いであの2人がやりあっているみたいですが」
「それは確かに悩ましいな」
子供の定義から何から王妃と息子は言い争っているという。
「だが実に面白い。ちなみにその観覧券の売り買いは?」
「それは当選者の自由とのことです」
高額配当は得られなくともこの娯楽を味わうことが出来る。
興味が無ければ他者に売ることで金を得ることもできる。豪商などは血眼になって探し出す者も出よう。
「シュニットよ」
「はい」
静かにウイルモットは妻である人物に甘えている王妃を見た。
「妃とアルグスタを組ませるのは場合によっては劇物になりそうであるな」
「……はい」
しみじみとシュニットは認める。
これほどのことをあの2人はケーキを食べながら何んとなくで纏めて提案して来るのだ。
「それにアルグスタは前回の舞姫の舞いで味を占めたのか、国の踊り子や音楽家たちを集めた興行も考えているようで」
「つまりその度に宝くじが販売されると?」
「はい」
観覧席を国民に提供するためにと言う名目で売り出されるクジは……莫大な富を生むこととなるだろう。それは流石に王家として見逃すことは出来ない。
出来ないが立案者である息子を外すわけにはいかない。
何故なら彼は、舞姫や破壊魔といった手駒を手中に収めている。
「グローディアも1枚噛んでいると思うと厄介だな」
「はい」
姪である元王女は、歌姫と串刺しを手駒としているらしい。
それらの窓口がアルグスタである以上……やはり外すわけにはいかない。
「あくまでこの宝くじは王家、王国の国家事業として行うことが重要であろうな」
故にウイルモットは言葉を選んだ。
息子同士の対立などもっての外だ。ならば助言としての言葉は慎重にならざるを得ない。
「国王を長とし大臣などは置かない方が良い。もし置けば良からぬことを考える者が出て来る」
「はい」
「そして立案者には……協力金を支払うこととするべきだろう」
それしか無いとウイルモットは判断した。
もうあの息子は色々と抱え込み過ぎている。それを妬む貴族も多いと聞く。
だがシュニットは父親の言葉にため息を吐いた。
「そう国が判断するであろうことを予見し、アルグスタは事前に条件を出して来ています」
「ほう。何と?」
「条件は2つ。1つは出店に適した最優良立地を毎年無料で使用できる権利。
そして2つ目が家族で使用できる観覧特別席の権利です」
「金は必要ないと?」
「ええ。ただ参加者への協力金は別途との話です」
「で、あるか」
妥当と言うか格安の主張である。
それを国が飲めさえすれば宝くじの権利を得られるのだ。
宝くじの……そこでウイルモットはハタと気付いた。
「アルグスタは本当に食えん息子よのう」
「どうか致しましたか?」
シュニットとしては直ぐにでも応じたい内容だった。
だが父親は自分では気づいていない何かを見つけたのだ。
「興行を行う際の興行主には一切触れていない。つまり分かるであろう?」
「……」
胡乱気な視線を父親から向けられ、シュニットは何とも言えない顔になる。
つい宝くじと言う餌に食らいついて周りが見えていなかった。
興行を行うのであれば興行主は必要だ。
「自ら興行主となり利益を得ると?」
「それをこちらが止める手立てがないと知っての考えであろうな。あれは商人か?」
商売である以上国からは露骨な指示を出せない。そんなことをすればユニバンス王国は『商いに対して口出しをする国』と言うレッテルが張られ、商人たちから嫌われてしまうからだ。
「……シュニットよ」
「はい」
疲れた様子で2人は、第四試合の準備が進む舞台に目を向けた。
「この国の舵取りを任す。具体的に言うとアルグスタの手綱を任せる」
「……父上」
「何だ?」
深くため息を吐きだしてシュニットは何となく自分の胃の辺りに手を当てた。
「少しの間休んでも良いでしょうか? 本当に疲れました」
「ああ。そうだな」
息子の休む時ぐらいであるならばと……父親としてウイルモットは心底そう思った。
「儂が元気なうちは少し休める日を作るが良い」
「ありがとうございます」
告げてウイルモットは遠くを見つめた。
「儂が死ぬまでにあれが落ち着いてくれれば良いのだがな」
「自分としては今すぐにでも」
「……そうだな」
たぶんその願いは叶わないだろうとは……父親として息子には言えなかった。
~あとがき~
娯楽と財源を求める主人公とチビ姫は宝くじ事業に手を染めます。
と言うか…シュニットの胃は大丈夫か? そろそろ本格的に不安になってきました。
次から第四試合…残りの2人が戦います
© 2022 甲斐八雲
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