メイド枠って?
「外で面白そうなことを企んでるね」
「だぞ~」
ノイエの目を通し外を覗き見る2人の会話に耳を向けつつ、床に腰かけ壁に背を預ける歌姫セシリーンは時折声を発していた。
いつもの場所にカミーラが寝ていなかったのだ。
弟子であるファシーは師を探すため魔眼の中を駆ける。
可愛い我が子が困っているのであれば全力で協力するのがセシリーンだ。人の居る場所を次から次へと声を飛ばして教えている。
「レニーラも~出たら~良いぞ~」
「あ~。カミーラが出るんでしょ?」
「だぞ~」
「なら無理。私、彼女に勝てたこと無いしね」
模擬戦と称して施設に居た頃、何度かレニーラはあの最強と戦った。
結果は惨敗だ。良く大きな怪我をしなかったものだと思う。
「シュシュが出たら~?」
「ノイエの~体を~使えるなら~出るぞ~」
フラフラと腰を振りながら魔法使いである彼女は言う。
「使えないから言える言葉よね」
「だぞ~」
頑固なノイエが出ると言った以上は絶対に出る。
今だって大好きなドラゴン退治を……
「ドラゴンは?」
「だぞ~?」
ノイエがこの場に居ると言うことは誰もドラゴン退治をしていないという事実に2人は気づいた。
つまり野放しになっているドラゴンたちは……慌てて振り返り2人は歌姫を見る。
「大丈夫よ。ノイエだもの。そっちじゃなく右の通路へ」
同時に物事をしているせいかセシリーンの対応がいい加減だ。
内心で『お~い』とツッコミを入れたくなったレニーラは、ツンツンと隣に立つシュシュに脇腹を突かれた。
「なに?」
「あ~れ~」
「はい?」
ノイエの視線が急速に動き一点を見る。
その目の先に居るのは蛇に羽の生えた小型のドラゴンだ。
「見てるね」
「だぞ~」
流石のノイエも見ているだけではドラゴンは倒せない。
だがその視線にキラッと光る物体が飛んでいくのが見えた。
何かが飛んで行き、ドラゴンの頭部を粉砕して……首から下が落下していく。
「ノイエってどんどん強くなってない?」
「だぞ~」
妹分の成長に2人は互いを抱きしめ……ちょっとだけ恐怖した。
ユニバンス王国・王都郊外北側
「ノイエさん?」
「邪魔」
「だからってね……」
アホ毛をクルっと回してノイエが気持ち自慢げに見える。
凄いと思うけどさ……僕の祝福を纏わせたフォークをアホ毛で撃ち出すとかもう人間離れし過ぎでしょう? 絶対にそのアホ毛バグってるよね? 今度責任者を呼ぶしかないな。
ここに居てもノイエが固定砲台になってドラゴン退治をしているから良いけど、落下したドラゴンとかの回収は……まあこの話を早く纏めるしかないな。
ただモミジさんの登場で場が混とんとして来て、流石に陛下が間に立つこととなってしまった。
と言うか参加者の中で一番の問題がオーガさんだ。彼女はキシャーラのオッサンの部下である。故にまず陛下とオッサンが協議を始めた。
参加者が増えた時点でイールアムは義理の母の元へと急いだ。
メイドに囲まれ椅子に腰かけていた彼女は、杖を手にゆっくりと立ち上がった所だ。
「母上」
「分かっています。イールアム」
何を分かっているの問いただしたくなったが、その目を向けられるだけで彼は動けなくなる。
幼少の頃からの刷り込みだ。決して逆らってはいけない相手だと理解しているからだ。
杖を使い一歩一歩丁寧に歩く女性は、先日悪くしている足をまた痛めていた。
聞く話だと王弟屋敷で前王妃と大喧嘩したとか……何処までが本当だか分からない話だ。
少なくとも女性は、ユニバンスで指折りの実力者なのだから。
その喧嘩相手を務めた前王妃の身を心配してしまう。
「残念ながらこの足の都合で今回無理です」
怯えながらも心配そうな目を向けて来る義理の息子に、スィークは答え歩き出した。
「ですがわたしの代理であれば……」
物騒なことを言いながら歩いて行く人物を、イールアムは止められなかった。
何か叔母様まで合流して来たんですけど?
出る気ですか? あっ出ない。それなら……代理の参加って何ですか? 叔母様の代理が務められる人物って……何そのメイド枠って? メイド枠は何人までとか意味が分からない。
とりあえずミネルバさんが出るの? 本人の意思は? ねぇ?
どうやらメイドも参戦らしい。意味が分からない。
こんな話は聞いていない。
全身に嫌な汗をかきながらその人物は立っていた。
時折妹の視線がチラリと向けられるが、彼女は夫に食器を祝福されて投擲している。
それは良い。問題はあるが些細なことだ。
一番の問題は……自分とノイエが居ればあの馬鹿姫と連絡が取れる?
確かに取れはする。別にノイエが居れば十分だ。
だったら自分の名が出る必要はない。
ノイエに語り掛けて……それが使えないから自分の名が出たのだろう。それも理解できる。
問題はノイエの中から返事をどうすれば良い? どう知れば良い?
自分は今外に居て、中に戻れない。
それなのにノイエを介さず中の様子など知り様がない。無理な話なのだ。
「……それでアイルローゼ」
「はい」
オーガの参加が決定し、国王シュニットが自分を見る。
ヤバい拙い。まだ対処法が決まっていない。
「カミーラとの連絡だが、どうだ?」
「それは」
『この場所では出来ない』と言えば良い。そうすれば丸く収まる。収まるはずだ。
それなのに口が動かない。変な矜持が邪魔をする。『魔女』と言う余計な肩書が『出来ない』の言葉に蓋をするのだ。
「失礼ながら陛下」
「何だ?」
返答に困る魔女の前に小柄なメイドが移動して来た。
白い髪に白いカチューシャを付けた愛らしいメイドだ。
「魔女様は本日ドレス姿の為、魔道具を持ち歩いていません」
「おおそうか」
「私が予備を預かっているのですがこれは古い物で今しばらくの時間を」
「分かった。ならこちらはメイド枠を決めよう」
メイド枠って? 聞きなれない言葉にアイルローゼはようやく我に返った。
目の前に居る小柄なメイドが肩越しに振り返り、片目を閉じて声を発せず唇を動かしている。
それは『貸しね』と言ってるように見えた。
「あ~。弟子にタコ殴りにされて気絶している隙にこんな楽しげなことになっているとは……不覚」
肩を落としつつもその人物は自分の頬を軽く撫でた。
ちょっと冗談が過ぎたぐらいなのにあの弟子は、無言無表情で師である人物を殴り続けたのだ。
本当に最近の若者は我慢を知らない。もう少し我慢が必要だ。
「さってと……協力はするけど、問題は誰が出たら面白くなるのかな?」
ウキウキしながらその人物は暗躍を開始した。
「にゃん」
『正解』と言う気持ちを込めてひと鳴きし、ファシーは物陰から顔を覗かせた。
雰囲気で言うとギリギリ間に合った感じだ。
「ファシーか。ちょっと待ってな」
「なぁ~」
「邪魔するな」
睨み合う2人の間に割って入り、ファシーはその手を伸ばして目の前の人物の胸を押す。
グイグイと押しているのに背中に居る師から全然離れない。それに両手が手首まで柔らかな物の中に沈んだ。
その事実を知って猫の気持ちも沈んだ。
「何がしたいんだよ?」
胸から手を放し突然しゃがみ込んだファシーに女性……ジャルスは頭を掻く。
どうもこの手の子供に見える存在が苦手なジャルスは、折角のやる気が霧散していくのを感じた。
「いやいや優秀な猫のおかげで間に合ったよ」
「「っ!」」
しゃがむ猫はそのままに睨み合っていたカミーラとジャルスは顔を動かす。
気配も音も発せず姿を現す存在……刻印の魔女がその場に居たのだ。
~あとがき~
参加者じゃありませんが叔母様も動きました。
そして刻印さんも動き出しました。
で、彼の無茶振りにアイルローゼがピンチでしたw
© 2022 甲斐八雲
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