せめて手段は選ぼうか?

 ユニバンス王国・王都郊外北側



「……でしてね。どうでしょうか魔女様? 是非一度我が領地に出向き若き魔法使いたちに魔法の講義などは?」


 もう何度か数えることを止めた誘いに、アイルローゼは内心で息を吐く。

 けれど顔にはそれを表さない。慣れたことだからだ。


「失礼ながら私はこの王都から、と言うよりアルグスタ様の傍を離れられませんので」

「それはどうして?」

「詳しくは話せません。もしお知りになりたいのであれば……」


 それを視界の隅に捕らえ彼女は焦った。


「……陛下にご確認くださいませ。話の途中ですが急ぎの用が生じたので失礼します」


 まだ『話を……』と望む貴族から逃れアイルローゼは急いでその場へと向かう。


 話の途中で視界の片隅に、可愛い妹が荷物を担いでやってくる姿が見えた。

 間違いなく元帝国の食肉鬼だ。オーガと呼ばれる化け物のはずだ。


 ノイエが傍に居るのであれば問題は無いはずだ。

 ただあの妹は時折想像もできないことをやってのけることがある。その行為が良い方に出れば良いのだが、悪い方に出ることもある。故に急ぐ。


「あっ先生。丁度良い所に」


 駆けて来た自分に気づき、彼が声をかけて来た。


「こっちも助かった所よ。馬鹿な貴族たちに『是非一度遊びに来ませんか?』と誘われ続けていてね」


 アイルローゼはそう返事をしながら、彼と妹の間に立つ。


「馬鹿貴族が先生に? 後で名前をしえてくれる? 最大級の嫌がらせを、」

「いつものことよ。私が“術式の魔女”である限りついて回る宿命よ」


 怒りだした彼に対し僅かに口角を上げながらアイルローゼは嘆息する。

 自分が魔女となる前からこの手の誘いは多くあった。成長してからなどどれほど『側室』や『妾』などの誘いを受けたことか。

 途中から全てが面倒になり『魔道具作りで忙しいので』を言い訳にし貴族の集まる場所を避けるようになった。

 その過去がまたやって来ただけだ。


「それでもです」


 諦めていたことなのに彼は納得しない。


「先生は大切な人なんですから」

「……」


 まただ。この馬鹿弟子はいつもこうして不意打ちをして来る。

 胸の奥がキュンっと苦しくなるのを感じつつ、アイルローゼは背筋を伸ばした。


「はいはい。馬鹿なことを言ってないで……」


 誤魔化すように言葉を綴り、魔女は妹を見た。


「これは何?」


 そっと荷物であるオーガを指さした。




「失礼な女だね? 食らうよ」

「……品の無い生き物ね?」


 ノイエから離れると僕が約束を守らないという可能性からの保険だ。

 確かにノイエを人質に取られたら僕は相手の要求に逆らえない。何より彼女は最悪ノイエと戦う気で居るから始末に負えない。

 そんな訳もあり、ノイエに担がれたというかノイエを確保する場所に戻ったオーガさんと先生とが睨み合うのです。


 先生とオーガさんの間にとても不穏な空気が……どうして両者とも笑みを浮かべているの?


「おーがさん。だめです」

「……チッ」


 食事の皿を持って戻って来たポーラの登場でオーガさんが舌打ちして沈黙した。

 どうやら帝都に行って以降、オーガさんはポーラに逆らえないらしい。

 そうなると先生を止めるのは僕の仕事です。


「先生。ここで腐海は」


 何故か僕の声に遠巻きでこっちの様子を伺っていた人たちが二歩ほど下がった。


「私も使う魔法ぐらい場所で選ぶわよ」

「魔法自体ダメです」

「……チッ」


 何の舌打ちだかを僕は知りたい。


 ポーラが運んで来た食事を受け取り……ノイエさん? そろそろそのアホ毛について一度納得いくまで話し合った方が良いんですか?

 どうしてフォークを掴んで要るの? どうしてそのフォークで料理を食べているの?


 本格的に一度、制作者を呼び出してメンテして貰った方が良い気がして来た。


「チビ。アタシにも寄こしな」

「ねえさまがさきです」

「こんな底なし何を食べても、」

「「あん?」」


 僕とアイルローゼの睨みにオーガさんが口を閉じて他所を向く。

 周りの貴族たちが3歩ほど後退した。


 言葉に気を付けろよ? ノイエの悪口は先生も僕も絶対に許さないぞ?


「トリスシアか。どうしてお前が?」


 陛下と談笑していたキシャーラのオッサンがやって来た。

 その後ろには陛下御夫妻と近衛団長だ。何故か大将軍と宰相代理まで居る。


 これは催しではありません。だからキラキラとした目でこっちを見るなチビ姫! 何に期待している!


「お前を迎えに来たんだよ。勝手に居なくなって」

「それはそこの人物に言え」


 オッサンが僕に罪を丸投げして来た。


「緊急の話があって借りて来ただけです。手紙を置いて行ったでしょう?」

「あんな1枚だけの手紙で納得しろと?」

「納得してください。ウチのポーラなら理解できます」

「はい」


 迷うことなく頷くメイドにオーガさんが渋面になって沈黙した。

 対オーガさん兵器としてのポーラは優秀らしい。


「でも安心してください。約束は守ります」

「本当だろうね?」

「ええ」


 ここで軽く咳払いをして僕は少し声を大きくする。


「ノイエの魔力とアイルローゼの魔法があれば、グローディアとの連絡が取れますので」

「誰だい、それは?」


 ユニバンスのことを知らないオーガさんが案の定な質問をしてくれる。

 周りの騒めく貴族などお構いなしでだ。流石だね。


「我が国最強の人物を護衛にしている姫です」

「だから最強はこの小娘だろ?」


 オーガさんが抱え込んでいるノイエに牙を剥く。

 巨躯な人物に乗られていても動じないノイエは、器用にご飯を継続中です。


「ノイエはドラゴンに対しては確かに最強です。が、一度敗れてるんですよ。その人に」

「……本当だろうね?」

「はい」


 僕の声に周りの音が止んだ。

『続きはまだか』と言う声が聞こえてきそうな空気に、喉の奥が乾いて来た。


「串刺しカミーラ。彼女を対戦相手として呼びましょう」


 何も知らないオーガさんは『ん?』と眉を寄せる。

 代わりに周りの貴族たちが拳を握り力みだした。

『どっちが強い?』とかの声が聞こえて来る。


「なあ馬鹿王子?」

「元ね」

「……本当に強いのか? その串刺しは?」

「僕が知る限りドラゴンスレイヤーを名乗れるであろう程に。それに前回の帝国軍師との戦いにも参戦しましたよ?」

「んっ?」


 考え込むオーガさんに対し傍に居るオッサンが、『こう言う奴なんだ』と言いたげな目を僕に向けて来る。『良く分かります』と僕もアイコンタクトを返す。だってノイエも似たようなもんだしね。


「何か聞いた気もするが忘れたよ」


 ノイエと違って忘れたことは認めるのね。


「でも強いって言うならアタシと戦わせな!」


 ユニバンスの最強に元帝国の最強が! ビックカードだ。これで客が集まる。


「アルグ様」

「はい?」


 静かにご飯していたノイエがこっちを見る。


「私もお姉ちゃんと戦う」

「……はい?」

「もう負けない」


 やる気を見せるノイエもどうやら参加するらしい。

 でもそうなると3人になって……叔母様でも誘ってみるか?


「失礼します!」


 そこに凛とした声が響いた。


「アルグスタ様。どうか私にトリスシア様との再戦を!」


 駆けて来たのはウチの残念剣士ことモミジさん。

 変態なのにとにかく目立たないドラゴンスレイヤーだ。


「えっと……話、聞いてた?」

「いいえ。今来た所で何も。ですが私はトリスシア様と再戦がしたいのです!」

「はん。私に負けまくった弱虫が良く吠える」

「次は勝ちます! 我が家の家訓ではこう謳っています。『諦めたら試合放棄です』と」


 そりゃそうだ。


「だから『最後まで諦めずどんな手段を使っても勝ちに行け』と!」


 巨乳と呼ばれる胸を張って馬鹿な変態がそう叫んだ。


 せめて手段は選ぼうか? 剣士なんだしさ?




~あとがき~


 ユニバンスに最強4人が集うことに……なるのかな?

 問題はもう1人の最強がどう動くか? 他にも集って天下〇な武道会になるのか?


 で、盛り上がっている最中1人だけ困っている人物が…続きは明日!




© 2022 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る