ミャンと、同じ?

「……」

「……」


 入り口から顔を覗かせているファシーの視線に気づき、セシリーンはそっとその見えない目を向ける。

 互いに見つめ合う形になったが、セシリーンとしては相手が見えないので『何をしているのかしら?』と一瞬考えてしまった。


「ファシー?」

「……」

「どうかしたの?」


 声をかけると猫は顔を引っ込めた。

 何かを警戒しているような……自分が警戒される意味が分からない。歌姫と周りから呼ばれてはいるがそれだけであり、本気のファシーを相手にすれば間違いなく瞬殺されてしまう。

 ならば自分以外を警戒しているのかとも思ったが、魔眼の中枢であるこの場所には自分しか居ない。そんなことはこちらを覗き込むファシーが一番理解しているはずだ。


「ねえファシー?」

「……」


 声をかけると猫が顔を出した。


「どうかしたの?」


 改めて声をかけとみると、トコトコと彼女が歩いて来た。

 いつものように抱き着いて来ることはしない。二歩手前で足を止めて……何か考えている様子だ。


「ファシー?」

「……にゃん」


 ようやく猫が鳴いた。


「どうかしたの?」

「……セシ、リーン」

「なに?」

「……私が、セシリーンに、抱き着くのは、ダメなこと?」

「どうして? ダメなんかじゃないわよ?」


 意味が分からない。

 猫が言っていることが本当に分からない。


 セシリーンとしては迷うことなく甘えて欲しい気持ちもある。だってファシーはとても可愛らしく、撫でていると甘えてくれる。その様子が本当に愛おしくなる。


「貴女が嫌じゃないなら」


 座った姿勢で両手を広げ、セシリーンは愛らしい猫が来ることを望む。

 迷いながら猫が一歩近づいて来た。


「良い、の?」

「私は嬉しいけれど?」

「本当、に?」

「ええ」


 何故ここまでファシーが迷うのか分からない。

 ここ何日と魔眼の中を散歩していたはずの彼女に何かあったのか? 正直ファシーに悪さを企む者はそうは居ない。何故ならこの愛らしい少女のような存在は、あの『血みどろ』だ。笑いながら人を殺す凶悪な殺人鬼と呼ばれている人物だ。


「お願いファシー。母さん寂しいわ」

「……なぁ~」


 甘えた声を出して両膝を着いたファシーは、セシリーンの胸に飛び込んで甘えだす。背中に手を回してギュッと抱き着いた。

 その可愛らしい仕草に歌姫は微笑んで優しく抱きしめる。


「何かあったの?」

「は、い」

「それは言えること?」


 優しくセシリーンが声をかけると、胸に顔を預けていたファシーが頭を動かした。

 ゆっくりと顔を上げ……ファシーは目を閉じ微笑んでいる存在を見つめる。


「これは、」

「うん」

「ミャンと、同じ?」

「……」


 何故か一発で理解した。セシリーンは相手の言葉を瞬時で理解してしまった。

 一瞬抱きしめているファシーを引き剥がそうとした腕をセシリーンは精神でねじ伏せる。それは相手に対して絶対にやってはいけないことだ。だってファシーは愛情に飢えているのだから。

 ここで彼女の言葉に反応して引き剥がせば、ファシーの心に大きな傷が生じてしまう。


「……ファシー?」

「は、い」

「これは違うの。違うから」


 相手への言葉のはずが、それは何処か自分に対する言葉でもあった。

 セシリーンは言いようの無い感情に心を揺さぶれながら、必死に言葉を絞り出す。


「これはね? ……そうよ。私とファシーは親子でしょう?」

「親子?」

「そう親子よ」


 救いの何かを見つけた気がした。

 だからこそセシリーンは胸を張って『我が子』に言葉を綴る。


「母さんは娘を愛したいの。可愛い娘をギュッとしていたいの」

「でもミャンも、ギュッと」

「あれとこれとは違うから」


 断言した。セシリーンは断言することで自分の感情をねじ伏せた。


 何よりあれと一緒にされる方が腹立たしい。

 ミャンはただの同性愛者だ。自分の欲望を相手に押し付け……違うこれは違う。決して違うとセシリーンは自分に言い聞かせる。


 自分を母親のように慕うファシーを慈しんでいるだけだ。最も尊い行為のはずだ。

 これをあれと一緒にされるのは心の中で何かが許さない。


「ファシーはもう母さんは要らない?」

「……い、や」


 怯えた声を出してファシーが抱き着いて来る。


「私も嫌よ。だってファシーは可愛い娘だもの」

「……いい、の?」

「何が?」

「周りに、ミャンと、同じ風に、見られる、かも」

「……ファシーが私をお母さんと思って慕ってくれるなら良いわよ」


 こんなにも可愛い娘なのだから、多少の言葉になど屈したくはない。


「何よりファシーは娘だから……ミャンのように性の対象として見ていないもの」

「違う、の?」

「違うから」


 優しくファシーの頭をセシリーンは撫でた。

 絶対に違う。そう言い張れば大丈夫だ。

 自分とファシーの年齢が1歳差だとしても、『親子なら大丈夫』だとセシリーンは自分に言い聞かせた。


「ファシーは私の可愛い娘だもの。この場所は私の子供だけの特等席よ」

「なぁ~」


 胸に顔を押し付けて甘えた声を出す猫をセシリーンは優しく抱きしめる。

 しばらくずっと相手を抱きしめていたら、不意に外から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。


「な、に?」

「彼が外で呼んでいるの」

「にゃん」


 反射的に立ち上がり外へ出ようとする猫をセシリーンは抱きしめて制した。


「外に出ちゃダメよ」

「何、で?」

「今日はダメなの」


 国王陛下夫妻や名立たる人たちが待っている。

 そんな場所にファシーが飛び出せば色々と問題になってしまうのは間違いない。


「放して」

「大丈夫。彼が呼んでいるのはカミーラだから」

「師匠?」


 その言葉に改めてファシーは立ち上がった。


「呼んで来る」

「そうね。そうしてくれると助かるわ」

「は、い」


 トコトコと歩いて行くファシーの後姿を見つめ、そっとセシリーンは自分の胸に手を当てた。

 今後は迷うことなくファシーを自分の娘だと言い切ると決めた。そうすれば少なくともミャンと同列に見られることはないはずだ。


「大丈夫よ」


 何より今居る中枢に訪れる人物は数少ない。

 だから大丈夫なはずだ。大丈夫なはずなのだ。




 ユニバンス王国・王都郊外北側



 むさいオッサンから離れ向かう先は人の少ない場所だ。

 何故なら僕の禁じ手を使うからだ。


 足を止めて左右を確認する。ついでに前後と上下もだ。

 安全確保終了。


「ノ~イエ~」


 空に向かって叫んでみる。


 何故か大きなものを背負った、担いだノイエが走って来た。


「ノイエさん?」

「はい」

「その荷物は?」

「離れない」


 だからってオーガさんを担いで来るとは凄いな~。


「オーガさんや」

「何だい?」

「ノイエから離れていただきたい」

「あん? 断るよ」


 断られたよ。


「何故に?」

「決まっているだろう? アタシはオーガだよ」


 ニカッと笑ってオーガさんが僕を見た。


「強い奴と戦わせな。出来ないならこの娘と戦わせな」

「なるほどなるほど」


 オーガさんの気持ちは理解した。


「確認するからノイエを放してくれる?」

「確認ってなんだい?」

「だから確認ですって」


 手を振ってオーガさんにノイエから離れるように促す。


 だって一応カミーラは、グローディアの護衛をしているってことになっているからね。

 つまり雇用主に確認をしなければいけないんですよ。形だけでもね。


 ノイエを抱き寄せてその耳元に口を寄せる。


「セシリーン。ちょっとカミーラを呼んでちょ」




~あとがき~


 ファシーは自分の行為がミャンと同じでは? と不安に。

 セシリーンは何かを感じましたが、精神で自分の心をねじ伏せました。


 で、オーガさんが来たのでアルグスタのお金儲けスタートですw




© 2022 甲斐八雲

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