口移しでいかがですか?

 ユニバンス王国・王都ユニバンス



「……もう一度報告をして欲しい」


 届けられた言葉に国王のシュニットは目頭を揉んだ。


 昼過ぎに帝国の方で確認された火柱に対し、国王シュニットはそれを調査するように命じた。

 調査の実行をしたのはノイエ小隊に所属している副隊長だ。彼女の祝福を限界まで使用し、どうにか微かに捉えた風景の様子から近衛の首脳陣が導き出した結論が……帝都の消滅だという。


「帝都が存在していた場所にその姿は無し。代わりに燃え盛る炎と立ち込める煙。そして光る大地が存在していると……そう報告を上げてきました」


 国王に報告を届けたのは近衛団長である王弟ハーフレンだ。

 彼も色々と思うところがあるのか、さっさと近衛団長の仮面を外したがっている気配を漂わせていた。


「近衛団長よ」

「はっ」

「遠慮することなく忌憚のない意見を許す」

「でしたら」


 一度首元に手をやり何となく気持ちを緩めたハーフレンはため息を吐いた。


「アルグの馬鹿が何かやらかして帝都を吹き飛ばしたと考えるのが妥当だろうな」


 弟の言葉に同じ結論を出していた兄は頭を抱える。


「……それでその馬鹿者たちは?」

「中庭の魔道具から姿を現してはいない。問題はあの馬鹿が別の場所に転移できるように準備しているということだろう」

「つまりは?」

「ほとぼりが冷めるまで逃げ切る気で居るということだ」


 弟の言葉にシュニットは深く深く頷いた。


「近衛団長ハーフレンに命じる」

「はっ」


 カツっと踵を鳴らしハーフレンは直立した。


「全ての人員を動員しあの馬鹿垂れな弟を捕まえて来いっ!」

「……畏まりました。陛下」


 流石の長兄も限度の上限を超したと見え……ハーフレンは苦笑するしかなかった。




 ブロイドワン帝国・元帝都郊外



「ひぃっ。ひぃっ。ひぃっ。ひぃっ……」


 息も絶え絶えで走る彼は、時折肩越しに背後を見る。

 自分に向かい突き進んできた炎はもう居ない。


 空から火の玉が降ってくるなど想像していなかった。

 迫り来る炎から逃れられたのは、生来の臆病な性格のおかげだ。


 帝都の傍に居るように“あれ”から命じられていた。

 けれど怖くてギリギリ騒がれない程度に離れていた。

 それが間違いで無かった。


 もう一度背後を確認し、彼は頬を滴り落ちる汗を拭う。


 乱暴に汗を拭ったせいか腕が鼻に触れる。ズキッと鼻の奥が疼いた。

 昔に折られて曲がった鼻は、こうして何かあると痛みを寄こす。

 そっと自分の鼻を指で押さえ込む。

 実際は痛みなど幻なのだと理解しているが、どうも気になってしまう。


《逃げないと……》


 炎からは逃げられた。

 けれど肝心な物からは逃げられない。

 きっと永遠に逃げられない。


《どうすれば良いんだ。もう嫌だ。嫌なんだよぅ……》


 ボロボロと涙を零し彼は走る。逃げ続けるしかない。


「はがっ」


 だが彼は左胸を掴んで苦しみだす。

 焼けるような痛みに顔を顰め、首元を緩めて中を覗き込む。


 目が合った。

 ジロリと目を動かしこちらを見つめて来た。

 左胸に張り付いた人の顔をした皮膚がこちらを睨みつけて来た。


「しっぱいした……」

「……」


 微かに開いた口が言葉を紡ぐ。


 魔女だ。

 自分を魔女と呼び、そして復讐に燃える女の顔だ。


「もう許してくれよぅ……」


 泣きながら許しを請う男にその人面は嗤う。


「まだよ。まだ終わってない」


 嗤う魔女は口を半月のようにする。

 すると男の皮膚が裂け、赤い血が彼女の顔を濡らす。


「もう一度二度は無理が出来る。だから私はまだ諦めない」

「許してくれよぅ……」


 流暢に人面が喋る度に、皮膚が引っ張られて血が流れ出る。

 その場に崩れ落ち泣き出す彼を無視して、その人面は嗤い続けた。


 赤い血の中で壊れたように……。




 ユニバンス王国・某所



「死屍累々だね」


 窓の外から半ばまで体を押し込んできたオーガさんが豪快に笑う。


「まあ酷い状態だよね」


 椅子に腰かけて休んでいる僕も笑うしかない。

 借り受けた大きな部屋にベッドを運び込み、それを使用しているのは身動きが取れない女性が4人だ。


 昨日ここに転移して来てから、オーガさんが色々と手配してくれたおかげでどうにかなっている。

 意外と働き者のオーガさんにビックリだけど、何より彼女の命令に従う部下という存在が居ることに驚きだ。どう見ても鬼上司だよな。文字通り。


 脱線した思考を元に戻して部屋の中を見る。


 白を基調とした清潔感溢れる部屋にベッドは3つ。


 パンを食べながら力尽きているのはノイエだ。

 何故かまた寝ながら食べる子に戻ってしまった。何かの企みかとも思ったが、アホ毛がヘナヘナなので間違いなく不調なのだろう。パンを口に入れておけば放置しておいていいので一番楽だ。


 赤い髪を団子にして横になるのに邪魔にならないようにしているのはアイルローゼ先生だ。彼女は魔力を限界まで放出し、その反動の疲労プラス筋肉痛で死んでいた。


 魔力による疲労は分かる。魔法使いが常に友とする拷問だ。

 筋肉痛は……引きこもりの彼女が昨日あれほど頑張ったことが原因だろう。いくら呼んでもリグが出て来ないので、筋肉痛と判断したのはオーガさんだが。


「弟子。紅茶」

「はいはい」


 腕も足も動かない先生は口だけ動く。

 故に弟子に対しての扱いが酷い。


「何よ。私が頑張ったから逃げられたのでしょう?」

「そうなんですけどね」


 このツンデレさんは、頑張ってツンをし続けるのだろうか?


「先生」

「何よ?」

「何でしたら口移しでいかがですか?」

「くちっ!」


 舌を噛んだのか先生がブルブルと震えながら僕を睨んできた。


「その気になったらいつでもどうぞ」


 軽く遊んでから部屋付きのメイドさんに紅茶を頼んでおく。


「元上司様~」

「お前にやる愛情は無い」

「ひどっ」

「私は何もいりません」


 セットでパックな売れ残り2人は、同じベッドで寝ている。

 腕の怪我だけなミシュはまだ良いが、全身色々とボロボロなリリアンナさんは王都の名医に任せる方向で僕の中で決定している。


「忘れてた。そこの馬鹿にワインだ」


 窓の外から体を押し込んで来ているオーガさんがワイン瓶を取り出した。


「それって高いの?」

「高いのはアタシの腹の中だよ。こっちは安物だ」

「ならば良し」

「良くない」


 1人だけ納得しない馬鹿者が居たので、封を切ったワイン瓶でその口を塞いでおく。


 どうせお前はそれを飲めれば文句はあるまい?


「それでオーガさん。キシャーラのオッサンは?」

「ウチの大将はアタシがここを出てからドラゴン退治に向かったらしくてね」

「退治できるの?」

「小型なら追い払うことぐらい出来るよ。あの馬鹿なら」

「そうっすか」


 おかげで領主の居ない領主屋敷を僕らが勝手に占領しているわけだけどね。


「とりあえずオッサンが戻ってくるまでにこっちの体勢を整えないとな」

「あん? まだ戦う気か?」

「違うって……違くないのかな?」


 落ち着いて考えると次の敵の方が厄介かもしれない。


「何とやる気だい?」

「国家権力?」

「知らないね」


 知っているでしょう?


 だって僕らは帝国の帝都を吹き飛ばした犯人にされても仕方ない。

 少なくともウチの国の貴族共はその事実を知っている。つまり帰国すれば何かしらの嫌がらせを受ける。


 ああ面倒だ。


「……そうか。帝都を吹き飛ばした理由を作ればいいんだな」

「何の話だい?」


 体をこっちに入れているオーガさんが指先でクルミを潰す。

 落ちた実は下で待機しているリスが拾い上げて頬袋へと……一番幸せなのはあのリスか?


 ロボは部屋の隅で待機状態だ。何故かロボットと言う物は部屋の隅が落ち着くらしい。


「キシャーラのオッサンに頼まれて帝都を吹き飛ばしたことにするか?」

「理由は?」

「……帝国を追い出された逆恨み?」

「あれはそんな小さい器の男じゃないよ」


 大きな器の男であれば、逆にこの話を受けてくれませんかね? 僕を救うために。


「まあとりあえず……少し休みたい」

「情けないね」


 煩いやい。

 何だかんだで昨日1日の密度が濃すぎたのが悪いんだと思います。




~あとがき~


 主人公、先生を揶揄うことを覚えるw

 問題は先生を追い詰めすぎると暴走するっぽい気がしますが。


 国の兄たちは大激怒です。

 まさか帝都を吹き飛ばすとか誰も考えていませんでしたから。


 で、みんなのアイドル鼻曲がりさんです!

 存在を忘れていた人は正直に手を上げて、その手で自分の頭を叩いておいてくださいw

 彼が殺されないでマリスアンの傍に居る理由は…まあ詳しいことは本編で。

 頑張れ鼻曲がり。君の名前はまだ決まっていないw


 帝国編は一応これでおしまいです。

 旅人さんの出し忘れで短くなったおかげで年内に終えられたw


 次回は恒例のあれを挟んでから、のんびり日常編をお送りします。

 やらかした後始末と…先生との結論が出たら良いなと思ってます。


 問題はその日常編が終わってからのルートが2つあって、どっちに進むか悩んでいます。

 結果として両方やるんですけど…どっちから消化しようかな…




(C) 2021 甲斐八雲

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