妹に負けるのならば仕方ないでしょう?

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



《私が何も考えていないと思っていたの? ふざけるなっ!》


 暴力的なまでに膨張して来る白い菓子に飲み込まれながらも、それは笑い続けていた。


 あの魔女は自分を甘く見過ぎている。

 自分がどうしてこの場から動かずにいたのか考えるべきだ。


 逃げるというのであれば間違いなく転移の魔法だろう。

 ただあれほどの人数が移動する大魔法となれば簡単には発動しない。魔力を注ぎ出してから時間を要する。


《それを逃さない。見逃さない》


 白い菓子に手足をもがれながらも笑う。笑い続ける。


 ふと感じた。菓子の外から魔力の高まりをだ。


《始めた。今よ!》


 残った魔力の全てを上へと放つ。

 背中から伸びて成長する蔦はお菓子に飲まれようとするが、それでも上へと伸びる。

 全部の魔力を費やし……魔女は自身の頭部をお菓子の外へと押し出した。


《魔力を注いでいる魔女を殺すっ!》


 押し上げる都合空へと向いていた顔を、目を動かし……それを見た。

 目の前に迫る銀色の玉だ。


《何がっ?》


 ぶつかったと感じた時点で一気に下へと押し付けられる。

 抗おうにも残された魔力はもう無く……それはまた白いお菓子の中へと沈んで行った。




「やはり出たか」

「「……」」


 僕を見る周りの人たちの視線が若干冷たいんですけど?


「あの手の敵は何度でも蘇るからね。うん」


 重力魔法を詰めた球をナイスコントロールで的中させてノイエも凄い。


 これであの残念な存在はお菓子の中で焼かれる運命だ。

 焼きマシュマロと死ねるなんて結構レアだと思うけどね。


「先生。続きをどうぞ」

「……ええ」


 何故か先生まで若干呆れた感じで作業を続ける。

 早く撤収しないと太陽が落ちて来ちゃいますから。


 まず先生がファシーと自分の魔力を注いで、今にも倒れ込みそうなほど疲弊する。

 抱きとめたノイエが迷うことなく僕の元へと運び押し付けて行った。


 次いでノイエがこれでもかと大量の魔力を流し込んで……魔道具が光り出した。


「本当にあの子は……」

「羨ましいの?」


 僕にその体を預けた先生がノイエを見つめて苦笑して居る。

 自分が必死に絞り出した以上の魔力を涼しい顔をして流し込んでいるのだ。本当にノイエは凄いと思う。


「嫉妬は結構前にしないことにしたわ」

「どうして?」


 少しだけ上目遣いで先生がこっちを見る。


「妹に負けるのならば仕方ないでしょう?」

「それはとても平和的で」

「ええ。それで良いのよ」


 完全に光り出した魔道具の上に立つ僕らの元へノイエが駆け寄って来る。

 次の瞬間……僕らは爆発的な光に飲み込まれた。




《まだよ。まだ終わらない》


 必死に残り少ない蔦を動かし、片目だけとなったそれは外へと這い出る。


 目の前では光の柱が天へと昇り……そして何も残さず消滅した。

 転移に使用したであろう魔道具ごと完全にだ。


《ふふふ……あはは……あ~~~!》


 絶叫しそれは見る。

 まるで転移が終わるまで待っていたかのようにゆっくりと降下して来ていた火の玉が、一気に落下してくる様子をだ。




 帝都周辺の帝国民たちは後にこう語った。


『ゆっくりと火の玉が落下して来て、そして光の柱が天へと伸びだと思ったら、火の玉が一気に落ちた。そして巨大な火柱が天を焦がさんとする勢いで立ち上ったのだ』と。


 ただ異変はそれだけで、地震の類が無かったので周辺の街などに被害は皆無だった。


 帝都で何かが起きたのだと周辺に領地を持つ貴族たちは急いで調査団を派遣した。

 結果として纏められた調査報告書によると、ブロイドワン帝国の帝都ブロイドワンは完全に消滅したと結論付けられた。


 帝都のあった場所は地中深くまで抉られ、高温で熱せられたのであろう地面はガラス化し光り輝いていたという。

 生存者は無く、完全に帝都は消滅してしまったのだ。


 帝都の消失という事件が発生し、その場で行われるはずだった皇帝陛下の葬儀は中止となった。

 帝都で行われる予定であった葬儀に参列するために向かっていた各国の代表たちは、誰一人として帝都にたどり着いておらず、全員が難を逃れたという。


 勿論その中にはユニバンス王国の代表とセルスウィン共和国の代表も含まれていた。




《死にたくない》


 天に浮かぶそれを見つめ、彼は胸の内で呟き続ける。


 生き残れたのは偶然などではない。保険が働いたのだ。

 暗殺を恐れ身代わりの魔道具を、プレートを体内に仕込んでいた。


 おかげで死を覚悟した一撃は体内のプレートが身代わりとなり引き受けてくれた。

 けれど自分に忍び寄る死は……まだ立ち去っていない。

 眼前に火の玉となって確実に迫って来ているのだ。


《死にたくない。死にたくない。死にたく……》


 自分はこんな場所で終わる人間ではない。

 これからも権力を握り人を支配して生きて行くはずだったのだ。


 それなのに……何を間違えた? どうしてこうなった?


「死に、たく……」


 ようやく声が出た。

 帝都に来てから間もなくしてあの魔女の手により自分の意識がおかしくなる。

 それからはもう自分が何なのであるのかすらよく理解できなくなった。


 苦しかった。本当に苦しかった。


「助け、て……」

「構わないが命の対価を支払って貰う」


 不意に掛けられた声にそれは反応できなかった。

 鎧の中に押し込められた肉体を自分の意志で動かせない。


 必死に動かすのは、目玉だ。唯一僅かにだがそれだけが動かせる。


 最初に飛び込んできたのは使い込まれてボロボロの外套だ。

 ゆっくりとそれが近づいて来る。

 これまたボロボロの布で顔を覆う人物だ。


「貴方は対価を払えるか? 実を言うと前回貧しい少女を救ってから、自分に課した決まりで苦しんでいる。だから貴方が私に大金を支払うのであればその命を救おう」

「払、う」

「そうか」


 近づいて来たそれは片膝を着いて横たわる鎧の上に手を置いた。


「厄介な魔法だね。でもこれなら多少どうにか出来る。でももう前の人間には戻れない。その肉体は人より強くなるが、寿命は半分というところか。あと10年か、良くて20年だろう。それでも貴方は生きることを望むか?」

「生き、たい」

「分かった。ならばその命をこの“旅人”との名乗る私が救うこととしよう。対価は忘れないで欲しい」


 微かに目で頷く相手に、『旅人』と名乗った者は立ち上がり……布で隠す唇を高速で動かす。

 鎧に向けていた右手から暖かな光が放たれ、鎧姿の相手を縮小して水晶のような玉に収めた。


「これでまた試練を越えられそうだ」


 視線を巡らせ、旅人は自分の顔に巻いている布を外しだす。

 スルスルと外された布の奥からは、透き通るような白い肌と整った美貌を誇る素顔が晒された。


 何より目を引くのは尖るように長い耳だ。


 ファンタジーの世界であるならば『エルフ』と称されるであろう人物であると推理できた。


「あの忌々しい刻印の魔女の魔法かと思ったけれど……あれは魔道具ね」


 またハズレを引いた彼女は完全に布を剥ぎ取り、黄金に輝く長くサラサラの髪を背中へ流した。


「何処に居るのかしら三大魔女は?」


 整った表情にはっきりと怒りの感情を浮かべ、彼女は近くの木を殴る。


「私をこんなふざけた場所に呼び出し捨てた貴女たちを殺す。殺してやる」


 もう一度同じ木を殴り、彼女は怒りを飲み込んだ。


《まずは逃げること。あれは厄介な魔法だから……》


 確認し旅人はその場から離れるように歩き出した。




~あとがき~


 へし折られたフラグと落下して来たメギドによって…ようやく帝都が滅びました。


 吹き飛ばされて退場していた彼が生きてます。

 当たり前ですが身代わりの魔道具を身につけていますから。


 姿を現した旅人さんは…エルフっぽいですね。

 どうも三大魔女に恨みを抱いている様子で。


 旅人さんを出し忘れていたのが原因で帝国編のシナリオが短縮しましたw




(C) 2021 甲斐八雲

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